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日記と小説の合わせ技、ツンデレはあまり関係ない。 あと当ブログの作品の無断使用はお止めください
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前回までのあらすじ
国枝実によってクスリの売人へと落ちた神楽坂恭治はある日ゴスロリ服を着た女性とサングラスにスーツを着た強面の男に追いつめられ反撃を繰り出すも一撃で気を失ってしまうのだった

 

「・・・・ぐっ、うんん」
意識が覚醒する。なんていうか酷い目覚めだ、身体中が痛み、倦怠感が酷い。
「ようやくお目覚めか?」
「え・・・・あっ」
けだるく顔をあげるとそこにはオレが気を失う前、無我夢中で殴りかかった 黒いサングラスの男がいた。
「う、うわぁぁぁぁぁ!」
思わず叫び声をあげ逃れようと体を動かすがすぐにそれは無理だという返答が全身から激痛となって返ってきた
「くぅ・・・・痛っ!」
「一応手当てをしたがまだ動かないほうがいい。それにそんなに取り乱すな別にとって食おうというわけじゃない」
サングラスの男はそう言うと懐から煙草を取りだし一本口にくわえ火をつける。
この人は一体なんなんだ?警察、ではなさそうだがかといって暴力団のようにも見えない。
辺りを少し見渡してみるがそこは木製のテーブルが並び、奥にカウンターとキッチン、店内にはコーヒーの良い香りが立ち込める・・・・どうみても喫茶店だ。
「あの、貴方は?」
「自己紹介が遅れたな、俺は天城仁。この喫茶店『リチェルカーレ』の店長だ。」
「え、店長?」
その言葉に思わずオレはなにかの冗談かと思った。いやなんていうか全然想像できない
「・・・・おかしいか?」
「い、いえ全然」
「ならいい。それで目が覚めたところ早速で悪いんだが聞きたいことがある」
警察でも暴力団でもない喫茶店の店主がオレに聞きたいことがるってなんなんだろう?そんなことを考えていると天城さんはスーツの内ポケットから一枚の写真を取り出しオレの前に差し出す。
「この写真の右の男に見覚えはあるか?」
 写真にはどこかの山をバックに肩を組む男性が二人写っていた。たぶん兄弟なんだろう、二人揃って髪を短く刈り上げお揃いの真っ赤なシャツにジーパン姿で満面の笑みを浮かべている。
「いえ見覚えはありません」
だがこんな男性の知り合いはいなかった。一体彼がオレとなにか関係あるのだろうか?
「そうか・・・・。こいつはな、少し前までちょうどお前が居たところでクスリの売人をやらされていたというのを聞いて探していたんだ」
「クスリの売人!?」
彼のことは全く知らないが、オレの前にクスリの売人のことなら確か国枝のやつが言っていたことがある
「天城さん、あの・・・・もしかしたら言い難いんですけどその人はもうこの世にはいないかもしれません」
「それはどうゆうことだ?」
「オレに売人をやらせている奴が言っていたのを聞いたことがあるんです『前に売人やらせていたやつは警察にチクろうとしたから海に沈めた』って」
「・・・・そうか」
天城さんは静かにただ力強い口調でそう呟くと煙草を口から離し灰皿に押し付ける
「それが本当なら仇をとってやらんとな」
「仇?」
「こいつは俺のダチの弟だ、少し前から家に全く帰っていなくてな。最近遺体があがって警察の捜査じゃ自殺なんて言っていたがやはり裏があったか」
吐き捨てるように言う天城さんの表情はサングラスを掛けていてもわかるくらいに憂いを含んでいる。胸ポケットから煙草を取り出すと火をつけ深く息を吸う。
「・・・・それでおまえはなんでクスリの売人なんてやっているんだ?自分からこうゆうことに手を染める質には見えねぇが」
「オレは・・・・」
真っ先に脳裏に浮かんだのは伊波早苗さん、そして国枝実の姿だった。少し前までは三人『リフレイン』で楽しくやれていた
のにどこをどう間違ってこんなことになってしまったのかそれを思い出すだけで胸が締め付けられる気分だった。
「・・・・まぁ言いたくなければいいがな。少なくともお前は罪の意識に苛まれているというのはわかった」
天城さんはオレの表情から察したのかそれ以上何も聞かなかった。殆ど吸っていない煙草を灰皿に押し付けると目の前のコーヒーを一気に飲み干し立ち上がる。
「とりあえず首謀者のところへ行くぞ、案内してくれ」
「は、はぁ・・・・えっ?」
あまりに唐突の展開に思わず生返事をしてしまったがあいつの、国枝のところへ行くってこの人大丈夫・・・・なのか?

 

喫茶店『リチェルカーレ』を出たオレと天城さん、そしてもう一人、オレに最初に話しかけてきたゴスロリの女性を含めた三人で国枝実のいるバー『リフレイン』に向かっていた
「・・・・ねぇ仁、あんまり本気出しちゃダメ」
「わかっている。というかだな、なんでついてきた」
「・・・・仁、一人だと心配」
オレの目の前を天城さんとゴスロリの女性がそんな会話をしている。ゴスロリの女性が天城さんの腕を抱き締めるようにして歩いているその様子はただのカップルにしか見えない。
オレはそんな二人の後ろを黙ってついていっているが正直不安で一杯だ。天城さんは確かに強いんだろうけど相手はあの国枝だオレの知らない私兵っぽいのも囲っているかもしれない。オレが役に立てるわけもないしましてや女連れの状態の天城さん一人でなんとかなるものなんだろうか。
「俺一人だと心配って言われてもな、こっちは一人の方が気が楽なんだが」
「・・・・だめ。クスリをやらされている女性はきっと酷い目にあってるから」
ゴスロリの女性の言葉に胸の奥がチクリと痛む
酷い目にあっている、か・・・・。その中には伊波早苗さんもいる、今も酷い目にあっている。オレは何度となくあそこで彼女の救いを求める声を聞いている、聞こえてきていた、でも・・・・なにもできなかった。
そんな後悔の念に苛まれつつしかし着実に足は進んでいきついには国枝実、そして伊波早苗さんのいるバー『リフレイン』の前まで来ていた。
「しかし灯台下暗しとはよく言ったものだな。よく見れば社会不適合者のようなのが湧いてきやがる」
「・・・・仁、くれぐれもあんまりやりすぎちゃだめ」
「わかっている」
店の前に着くなり天城さんはそう言うとゴスロリの女性の掴んでいた腕を強引に振り払う。一瞬なんでそんなことをしたかわからなかったが天城さんがそうした意味、“そいつら”はすぐにオレ達の前に現れた。
「おいおい、恭ちゃん。持ち場を離れてなにしてるんだぁ?」
「なんか変なグラサンのおっさんとゴスロリのカワイコちゃん連れてきてさぁ、なにしてんの?」
オレ達の周りを五人の不良が囲みニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。正直こうなることはなんとなくわかっていたんだ、国枝実をどうするとか伊波さんを助けるとかそんなことに辿り着くよりも前の障害。
「あ、天城さん」
「恭ちゃん?そう呼ばれているのか・・・・。そういやちゃんとした名前を聞いてなかったな。お前なんて言うんだ名前?」
狼狽えるオレにあくまで冷静によくわからないことを聞いてきた。いや今はそんなオレの名前なんてどうだっていいはずだ!
「いや、あの・・・・」
「まさか記憶喪失、なんてことはないだろ?」
いやわかっている!名前、それくらい言える!でも今このタイミングで言うようなことなのか?
「フヒヒ、おいおい教えてやれよ。どうせ騙して連れてきたんだろ」
不良の一人、上下灰色のスウェットの男がそう言いながらフラフラとした足取りで天城さんに近づいていく。
「グラサンのおっさんは金を毟り取られ、そこのゴスロリの子はクスリ漬けセックスだ。お前達は恭ちゃんに騙されてここに連れてこられたんだよ!なぁ?」
「ち、違う!」
「そんなことはどうでもいい!!」
オレの否定も不良の言葉も意を返さず天城さんをオレの方を振り返る
「それでお前の名前はなんて言うんだ?」
天城さんの眼光、そして言葉がオレを貫く。その威圧はサングラス越しだというのに身の毛がよだつほどで思わずオレは自分の名前を答えていた。
「か、神楽坂恭治です」
「そうか。なら恭治、今から俺が言うことを心に刻んでおけ」
そう言うと天城さんはゆっくりとサングラスを外し胸ポケットへとしまい込む。天城さんの鋭い眼光が俺の視界に入る、それはどこまでも真っ直ぐでオレはまともに天城さんの目を見ることはできなかった
「男だったら硬派に生きろ、今のお前の目は心が折れているぜ」
硬派に生きる?心が折れている?だがその言葉の意味を聞くよりも前に天城さんの背後に迫る不良の姿に思わず俺は叫んでいた
「天城さん、後ろ!!」
「さっきからなにくっちゃべって・・・・・・・・ごはッ!!!」
オレの言葉に天城さんがゆっくりと後ろを向くと突然殴りかかろうとしていた不良が吹き飛んだ。それはもう数十メートルくらい飛んだだろうか、壁に叩きつけられた不良は一瞬何が起きたのかわからなかったように目を見開いたまま気絶してしまってた。
「な、なにが起きたんだ!?」
「・・・・あれは寸勁。別名ワンインチパンチ、痛い」
天城さんに腕を解かれたのでいつの間にかオレの腕に胸を押し付けるように抱きついているゴスロリの少女が呟く。
そんなことよりも現実的に人があんなにも吹き飛ぶなんてことがあるということが驚きだった。
「どうした?弱いものにしか殴れないのは硬派とはいえないぜ、かかってこいよ」
「て、てめぇー!!!」
「ブッコロ!!」
天城さんの挑発に残りの不良達が一斉に襲いかかる。あの吹き飛んだ不良を見て天城さんと喧嘩しようなんてよく思う、それとも複数で殴りかかれば勝てると思ったのだろうか?
「がはっ!」
「ぐほっ!!」
「ぐぺぺぇ!」
だが天城さんの強さは複数で襲えば勝てる、そんなレベルではなかったんだ。まるで非現実、まるでゲームのように不良達は次々と宙に舞い激しく地面へと叩きつけられる。
そんな光景が現実にオレの目の前で繰り広げられていた。
「つ、強い!」
それしか言葉に出なかった。そしてその強さはオレがあの時欲しかったものだった。あれくらいの強ささえあれば国枝を止めることができただろうし伊波さんを助けることができた。
「なにをぼけっとしている?行くぞ恭治」
息ひとつ乱れていない天城さんはそう言い煙草をくわえるとバー『リフレイン』に入っていく。
その後ろ姿に、その強さにオレは一気に憧れてしまった。
目の前で起きた非現実なことも強さがあれば起こせるのだと


バー『リフレイン』の店内はいつになく暗く、空気が淀んでいるように見えた。最近ではこの煙草やクスリの臭いで通常の営業にも支障が出ているらしいがそこは国枝の奴が店長に金を支払うことで好き放題しているみたいだ。
「あーなんだてめぇ?」
店内で流れている激しくデスメタルのビートに体を揺らしながらスカジャンを着た茶髪の不良が天城さんに近づく。一般人なら嫌悪し近づきたくもなくなる男だが、天城さんは動じずスーツの内ポケットから写真を取り出すとその男の目の前に突きつけた。
「この男を殺したやつはお前か?」
「はへぇ?なにこいつら同じ服着てるの?あれかホモか!おホモ勃ちってやつか?」
クスリのせいなのかよくわからないことを言う男。天城さんはそいつの首根っこを掴むと写真を思いっきり鼻っ柱に突きつける。
「質問に答えろ。お前が殺したのか?」
「殺すとか~殺したなんてしてねぇ~よ。俺はただ海で浮かんでくるそいつを棒で突っついただけぇ、さっさと沈んどけばいいのを『助けて~助けて~』って言って面白いんだぜ、んだからあのときは生きてたから俺は殺してなんかないよぉ~~~~」
「そうか」
天城さんはそれだけ言うと掴んでいた手を離す。
「っ~首痛っ、あんたバカ力だねぇ」
男は首を押さえて呑気にそんなことを言う。だから男には見えていなかった、天城さんがゆっくりと腰を下ろし構えを構えを取っていたことに。
「・・・・やりすぎちゃダメって言ったのに」
オレの隣でゴスロリの女性がそう言ったとほぼ同時だっただろうか、轟音と共にその男は奥の客席の一つ、テーブルに乗っていた物全てを巻き込み更には奥にあるデスメタルを流していたジュークボックスまで破壊するほど吹き飛んでいた。
「ああーん?なんだぁ!?」
吹き飛ばされた男の様子を見て静観していた不良どもが一斉に立ち上がる。およそ20人ほどいるだろうかどいつもこいつも足取りがふらついていてまるでゾンビだ、だが数人はナイフを持っている者もいる・・・・正直普通なら死を覚悟してもおかしくない状況だろう。しかし天城さんも一歩も引く様子も内容で向かってくる相手に睨みをきかせている。
「おいおい、待てよ喧嘩なら俺を呼べって」
一触即発その状況に割り込むように一人の男が天城さんの前に立ちはだかたった。そいつはオレがおそらく知っている限りでは国枝実の私兵としては一番強い、スキンヘッドの大柄の男だった。そう、オレに“人間サンドバック”なんて非情なことをしたあいつがニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて立ちはだかったのだ。
「あんた強そうだな、その構え中国拳法か?」
「だとしたらなんだ」
「へへっ、一回異種格闘技戦ってのをやってみたかったんだよ俺。相手してくれよ」
軽快なステップとともにワンツーのシャドーボクシングをスキンヘッドの男は始めるが天城さんは全く動じる様子もなく構えたままだ。
「そっちが動かないならこっちから行かせてもらうぜ!」
スキンヘッドの男は一気にステップで近づくと左ジャブを繰り出す・・・・がそれを天城さんは顔を逸らすだけで簡単に避ける。
「甘いぜ!コッチが本命・・・・だっ!!」
だがすぐに前に出た左ジャブを引くと同時に右のストレートが天城さんの顔面を狙う。タイミング、スピードともに完璧の気がして思わず「危ない!」とオレが叫ぶが、それよりも前に乾いた音が店中に響きわたった。
「ぐっ、ぐぐぐっ!!」
「なにが本命なんだ?」
完全に当たったと思った右ストレートを天城さんはいとも簡単に受け止めていた。それだけではない天城さんが受け止めた拳に力をかけて握りつぶそうとしているのかスキンヘッドの男の表情は苦悶の表情で痛みを必死に耐えている。
「ぐぬがぁ、て、てめぇ!!!」
痛みに耐えかねスキンヘッドの男が左腕を大きく振りかざす、天城さんがこのタイミングを待っていたのかはわからないが動いたのは次の瞬間───
「う、うおっ!?」
左腕で殴ろうとするスキンヘッドの男の体勢を天城さんが掴んでいた右腕を後ろへ引っ張ることで崩す。
「・・・・それ以上、いけない」
ゴスロリの女性が小さく呟く。しかし止める間もなく天城さんは身体を沈めるとそこから一気にスキンヘッドの男の右脇、腕の付け根というべき部分を右肘で撃ちぬく。
「う、うががぁぁぁぁぁぁl!!」
スキンヘッドの男の叫び声とともにゴキリッと鈍い音が少し離れているオレの耳にも聞こえた。天城さんが腕を離すとスキンヘッドの男の腕はダラリと垂れ下がりそのままうずくまるように倒れこむ。
「い、いてぇぇぇぇl!!!」
「騒ぐな、ただの脱臼だ」
それだけ言うと天城さんはスキンヘッドの男の横を抜け、ナイフを持ち立ち上がっていた不良どもに近づいていく。圧倒的だった、あのまるで歯が立たなかったあのスキンヘッドの男をたった一撃で倒してしまった。
「ま、まじかよ」
「やべぇ・・・・」
「俺の邪魔をしたいなら面倒だ全員でかかってこい。」
天城さんが煙草をくわえ不良たちに睨みを利かせるが最初こそ威勢がよかった不良たちも目の前の光景を見て完全に戦意を亡くしていた。
「・・・・やれやれなんだよ騒がしい」
その沈黙を破るように店内一番奥の扉が開く。気の抜けたような声とともに現れたのは国枝実だった。上半身裸に白いワイシャツを羽織り気だるそうに髪を掻き上げる。
「全くコッチはお楽しみ中だったってのによぉ、騒がしすぎだぜ」
国枝はテーブルの一つに腰掛けると地面で痛みに唸っているスキンヘッドの男を、そして次に天城さんを、そして最後にオレを一瞥すると全てを察したようにニヤリと笑みを浮かべた。
「なるほどなるほど、ついに恭ちゃんは俺に反旗を翻したわけか」
国枝の言葉にオレは正直どう答えていいかよくわからなかった。実際オレはなにもしていない、天城さんがいなければきっと今までどおりクスリの売人をやらされ続けていたはずだ。
「お前がリーダーか?」
天城さんが国枝の前に立つと低い声で言い放つ。それに対して国枝は酒のボトルをラッパ飲みするとどっしりとソファにもたれかかる。
「リーダー?まぁそう言われればそうかな。あんたあれだろ硬派のカリスマ天城仁だろ、高校生で全国の番長全てを配下に置いたっていう」
国枝が天城さんのことを知っていたことにも驚きだが天城さんがそんな硬派のカリスマだとか言われている人だったなんて知らなかった。だからかなのかなにも反則的な強さをもっているのは・・・・。
「その硬派のカリスマさんがなんで恭ちゃんなんかに誘われてこんなところにいる?あーん、いくら積んだんだ?」
不敵な笑みを浮かべるとソファの脇から大きな黒色のボストンバッグを取り出すとテーブルの上にドンっと置く。
「なぁ硬派のカリスマさんよ、いくらで俺の私兵になってくれる?金なら出すぜ」
「えっ・・・・。」
一瞬、国枝が言うことが理解できなかった。まさかこの状況で国枝が天城さんを買収しようとするなんて思いもよらなかった。
「あんたの力を買って、そうだな・・・・」
国枝がボストンバックから札束を取り出すとテーブルの上に投げる。一束が百万だとしていくらだろうか、かなりの量だ。
「とりあえず契約金1000万でどうだ?」
「ダメだな」
天城さんは即答で答える。これはなんだもしかしたら天城さんの納得行く金額になったら天城さんは国枝の味方になってしまうのか?そんなあやふやな状況をオレも隣のゴスロリの女性も周りの不良どもも息をのんで見守るしかなかった。
「まぁそりゃそうだよな、それじゃ倍の2000万ならどうだい?」
国枝は予想通りといった様子でボストンバッグから更に札束を取り出し重ねる。
「まるで話にならないな」
それでも天城さんは動かなかった。正直オレが同じ立場だったらその目の前の金に手が伸びてしまっていたかもしれない。
「んー流石は硬派のカリスマというだけあるな、それじゃあ倍の・・・・」
「その必要はない」
ボストンバッグに手を伸ばし札束を取り出そうとする国枝を天城さんは制すると今迄積み上がっていた札束の山に一枚の写真を放り投げる。
「あ?なんだ・・・・写真?」
「お前等が殺したこいつを生き返らせてくれ、そうしたら仲間にでも配下にでもなってやる」
「クククッ、そうゆうことかよ。死んだ人間を生き返らせることなんてできないそれが答えってことか」
「あいにくと俺は恭治に雇われたわけではないんでな。俺はただその写真のやつの仇を取りに来た、それだけだ」
「はは、なるほどね。だがそれはどうかな?」
天城さんの睨みにも国枝は動じることはなかった。ゆっくりとテーブルの酒の入ったグラスを手に取る。
「残念だがこの件に関しては俺はなんにも関与してない、指示をしたわけでも実行犯でもない。そこにいるそいつらが勝手にやったことだから仇を取りたならそいつらを好きなだけ殴り飛ばすといい」
国枝は楽しそうにグラスを傾けながら周りにいる不良達を指さす。指差された不良達は怯えるように後ずさるが、天城さんは目もくれることなくポケットからなにかを取り出すとテーブルへと放り投げる。
それは間違いない、オレが売りさばいていたクスリだ。
「このクスリを売らせていたのはお前だ。お前はこいつや恭治にクスリの売人を強要していた。それは言い逃れはできないぜ」
「あーそれね、まぁ確かに言い逃れはできないな。しっかしまぁあんたみたいなのに目をつけられたら商売あがったりだよ。けどそれで俺を警察につきだそうったって無駄だぜ、俺の親父は警察庁長官だからいくらでも揉み消せる」
天城さんの追求にも国枝はどこまでも平然とし挑発すらして見せる。
「まして俺になにかあればどうなるかはわかるよな?一応これでも役者の卵なんだ、顔に傷なんかつけてみろマスコミが黙っていないし君の周りの人間になんらかの被害がないとも限らない」
「そうか・・・・だがな、俺はお前を法で裁くつもりは初めからねぇ!!!」
その叫びと共に天城さんは一歩踏み込むと拳を振り抜く。その拳はなんの躊躇もなく国枝の顔面を捉える。
「ふふふ、あははっ、どうした硬派のカリスマさんよ」
当たった、そう思った天城さんの拳は国枝の目の前で止まっていた。国枝はその止まった拳を前に一瞬表情を強ばらせたがすぐに笑い声をあげる。
「やっぱり硬派のカリスマとはいえ報復が怖いか」
「それは違うな、『天網恢恢疎にして漏らさず』。今、俺がここで裁きを下さずともお前が近いうちに死ぬのが見えた。」
天城さんはそう言うと拳を戻すと煙草を静かに吹かす。
「て、てんもう?」
「・・・・天網恢恢疎にして漏らさず。天の神様が張っている網は荒いけど悪人は必ず捕まる、っていう老子の言葉」
ゴスロリの女性が説明するその言葉、その言葉の意味を聞いて国枝が更に笑い声を高める。
「はっ、硬派のカリスマがそんなオカルトみたいなこと言い出すとはね。俺が死ぬだって?逆だよ、俺みたいなのがお前等ゴミクズの養分を吸って長生きするんだよ」
「そうか、それはよかったな」
ケラケラと国枝に対し、天城さんは先程までと打って変わって怒りというよりも哀れむような目で国枝を見ていた。
「せいぜい残り少ない人生を楽しむんだな、ただし俺の目の光っている所以外でな」
「なんだよそれ。まぁいい、見逃してくれるっていうのなら俺は素直に撤収させてもらうぜ」
国枝は呆れたような声とともに嘆息するとボストンバッグに札束を詰め直し立ち上がる。
「ああ、そうだ。お礼といっちゃなんだが恭ちゃんとそこの奥の部屋にいる女どもは解放してやるよ。俺にはもう必要のないものだからな」
オレはその言葉にもう二度と国枝とは友達に戻れることはないのだと確信した。国枝にとってはオレも伊波さんもただの道具にすぎないんだと・・・・それはずっと前からわかっていたことなんだがオレは心のどこかでまだ「国枝が改心してもとに戻ってくれる」なんて希望を抱いていたんだとおもう。
「国枝・・・・さよならだ」
オレはちょうど脇を抜けようとする国枝に別れの言葉を
かける。その言葉に国枝は一旦足を止めたが結局なにも言わずにバー「リフレイン」をでていった。
これでよかったのか、それはオレにはわからない。なんといってもオレには天城さんのような力はない。だがもしオレが天城さんくらいに強かったら国枝を殴ってでもなんとか改心させたかった。
「さて、後は残りの奴等だが」
天城さんが不良達を一瞥すると一歩踏み出す。不良達は完全に震えがっていて次に不良達ががどんな目に遭うかはもはやわかりきったことだった。
「・・・・仁、ちょっと待って」
するとオレの腕にしがみついていたゴスロリの女性が天城さんの元へと歩いていく。
「なんだ?」
「・・・・血生臭いことするまえに奥の部屋にいる女の子、助けてあげたいんだけど」
「そうか、わかった。恭治も手伝ってやれ」
「は、はい!」
言われるがままに天城さんの背後を通りゴスロリの女性の後を追う。奥の部屋には一度も入ったことはなかったがいつも女性が連れ込まれていることからどうなっているかそれはすぐにわかった。
「・・・・これは、酷い」
ゴスロリの女性は部屋の扉をそっと開け中を覗き込むと小さくそう呟く。少し離れていたところにいたオレのところにまで凄くベタついた嫌な臭いが届いてくる。
「・・・・とりあえず、男の人は入っちゃダメ」
ゴスロリの女性はそう言うと一旦扉を閉めこちらへと振り向く。
「・・・・ジャンバー貸してもらえる?いくらなんでも裸のまま外へは出せない」
「わかりました」
オレは着ていたジャンバーを脱ぐとゴスロリの女性に手渡す。
「・・・・ありがと」
それだけ言うと彼女は再び部屋の中へ入っていく。結局オレにできたことというのはそれだけで後は呆然とそこに立ち尽くすしかなかった。
しばらくして部屋の中からゴスロリの女性に連れられて数人の女性が出てきた。皆服はボロボロでその表情は暗い、なかには顔に痣ができている子もいる。それはこの部屋の中で行われた行為がどれほど酷いものだったのかを表沙汰にしていた。
「あっ・・・・」
最後にゴスロリの女性に支えられ出てきた彼女、伊波早苗さんを見て思わずハッとした。オレのジャンバーを肩から羽織り歩く彼女の姿は以前よりもかなり窶れきって顔自体が変わってしまったようにも見える、そこに以前の明るかったオレの知っている伊波早苗さんはいなかった。
「・・・・仁、私この子を病院に連れていくから先に帰るね」
「ああ、気を付けてな」
ゴスロリの女性は天城さんとそう言葉を交わすと伊波さんの肩を抱いてそのまま歩いていく。
「・・・・・・・・。」
オレとすれ違うその一瞬、伊波さんの虚ろな瞳がオレを捉える。なにか言わなくてはそう思ったがその虚ろな瞳を前にすると何を言っていいかわからず結局言葉は口から出ることはなかった。
きっとオレのことを恨んでいるんだろう、そんなオレが伊波さんにかけていい言葉なんてない。オレは伊波さんがあの部屋の中から助けを求める声を何度も何度も何度も聞いていた、聞こえていた。
伊波さんの背中が遠ざかっていく、そうだ結局今回もあの時も
オレにできたのはただ無力に、ただ強く自らの拳を握りしめることだけだった

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天城さんに初めて合った日、それはオレが国枝実と対峙して『友達』から『奴隷』になった数週間後のことだった
「・・・・・・。」
バー『リフレイン』のソファに座り、オレは目の前で札束を数える国枝実をじっと見ているしか出来なかった
薄暗い店内に淡く光る青いネオン、周りには国枝の私兵といえる不良たちが取り囲みニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている
「え、ちょっとあの話がちが・・・・」
「いいからいいから、楽しいことしようぜ」
時折脇の通路半ばを強引に若い女性を連れた男達が通っていき奥の部屋へと消えて行く。そこでなにが行われているのか、そんなことここにいる連中に聞かなくとも想像するに及ばない。そしてそこには伊波早苗さんもいるんだろう
でもオレはただそんな現状を目の辺りにしてももはや歯向かう気もなくなってきた
「んー昨日の売上214万か、なんだかんだで結構稼いでいるじゃないか。ほらこれが今回の取り分21万と今日売るクスリだ」
国枝はそういうとオレの目の前に雑な感じで万札とクスリを差し出す。今となってはなんで国枝がこうしていたのかはわからないが国枝は奴隷扱いになってなおオレにちゃんと薬の売人としての給料というものを払っていた。
オレは黙ってそれを受け取るとジャンバーの懐に入れ席を立つ、煙草と酒の匂い入り混じった匂いと時折奥の部屋から聞こえる女性の助けを求める声そんなのをいつまでも聞いていたくなかったんだ
「・・・・行ってくる」
それだけ言って足早にオレはその場を後にした
「くっ・・・・」
『リフレイン』の扉を開けると一気に眩しい光が飛び込み思わず顔をそむける、なにかその光は物凄く厳しいものに感じられた。目を擦りながら階段を降りるとクスリの売人の定位置である『リフレイン』の建物と建物の間、細い路地の入り口に身体を滑り込ませた
「ふぅ・・・・」
深く息を吐くと目の前の壁をじっと見つめる。別に売り込みなんてしなくていい、ここでじっとしていれば自然と客はやってくる。この街に国枝実が持ち込んだクスリというのはかなり広まっているようだ、いや他人ごとのように言っているが
オレだってその悪事に手を貸してしまっている
ただ国枝には「警察にでも駆け込んだらお前だけじゃなくて家族も魚の餌になってもらうからな」と脅しをかけられている以上やるしかなかった
「なぁアレ、分けてくれよ」
しばらくしてサラリーマン風の男に声をかけられた、見た目こそスーツを着てサラリーマンだがその瞳は暗く髪もボサボサでだらしない。人差し指と小指を立てお札を差し出す男にオレは黙って懐のクスリを渡し、金を受け取る。この指を立てるやり方は国枝が考えたクスリの種類を表すルールだ、その中でも今この男が出した人差し指と小指を立てるのはクスリの強度が一番高いものを表している
「へへへっ、ありがとよ」
男は不敵な笑みを浮かべながらクスリを懐にしまい込むとそれだけ言って辺りを気にするように立ち去っていく。きっとこの人もクスリなんて使わなければ真っ当な生活をしているんだろうけど・・・・だからってオレになにかできるはずもない
親友だと思っていた奴を止めることもできないオレに今更なにができるっていうんだ
「はぁ・・・・」
オレはフラフラと歩き去る男の背中を一瞥すると再び壁に背を付け大きく溜息をつく
あの一件から大学にだってまともに行っていない、一体オレはなにをやっているんだ?
「・・・・あのぉ?」
だからって国枝に反旗を翻した所で結果は見えている、じゃあなんだオレは一生あいつの奴隷ってことか?
何度となくそんなことを考える、その度に自分の無力さに打ちひしがれるしかない
「・・・・ちょっとぉ」
オレにもっと力があれば、国枝を改心させ伊波さんを救えるというのに
「・・・・聞いて」
「え、うわぁ!」
急に袖を掴まれて思わず呆けていた意識が戻る。いつのまにか目の前には物凄く特徴的な女性が立っていた
特徴的、それはもう特徴的だ。肩ほどまで伸びた玲瓏な黒髪に対照的な色白の肌、なによりもその服装・・・・黒を貴重としいたるところにレースやフリルが付いたゴスロリっていうのか実際初めて目にしたが兎に角なんとも目立つ服だった
「い、いきなりなんなんですか!」
「・・・・いきなりじゃないです、三回は話しかけました」
ギュッとオレの袖を掴んだまま答える彼女、可愛い子ではあるがちょっとこの状況はよろしくない
「いやあの、オレになにかようですか?」
とにかくこの彼女との会話を早く終わらせたかった、なにより彼女のその姿は目立つ。オレみたいなクスリを売っているような卑しい仕事をしている人間からすれば周りから目立つというのはいい状況なわけがないんだ
「・・・・えと、友達にクスリを買ってこいって言われて。でも名前とか覚えてなくてクスリ見たらわかると思うから見せてもらえますか」
「あ、ああ。ならもうちょっとこっち路地の奥の方で話しませんか?」
オレは辺りを気にしながら自分の背後、人一人がようやく入れるくらいの細い路地裏を指差す。人通りは少ないとはいえさすがにこの場でクスリを出すのは避けたかった
「・・・・わかりました」
オレの提案に彼女は少し戸惑いを見せたがしばらくして小さく頷いた。オレはこのとききっと彼女はいじめられてクスリを買わされているんだろうななんて思っていた、なんだろう初対面だけど友達と一緒になってクスリをやるような子には見えなかったんだ
「えっとそれでクスリの種類なんだけど」
路地の奥へ五歩ほど歩いて振り返る、手のひらには何種類かのクスリを乗せて。本当はこんな子にクスリを売るのは気が引けるんだがクスリを持ってこなけばいじめられるんだろう仕方ないな・・・・と、想像していた、けどそれはもう勝手な想像だった
彼女は無表情のままキラキラとデコレーションされた携帯電話を耳にあて誰かと話している
「え、あのちょっと?」
オレの言葉に反応したのか彼女は一度携帯電話を耳から離しオレの手のひらにあるものを一瞥すると
「・・・・間違いない、クスリ持ってる」
と、再び携帯電話を耳にあて喋りだす。それはもうあまりに淡々とした様子でなにを言っているのか理解するのに時間がかかった
「えっ、あ・・・・まさか!」
オレは本当に間抜けだった、気がつくのが遅すぎる。彼女はいじめられて嫌々クスリを買いに来た可哀想な子、なんてのじゃない!
踵を返し振り返らず一気に駆け出す、初めからこうするのが目的だったんだ。この狭い路地裏に入ったこともオレを追い詰めるため・・・・あの異様な格好、ゴスロリだって油断させるためだったんだ
薄暗くジメジメとした路地裏、今まで奥まで入ったことなんてない。抜ける道があるのか、それとも行き止まり?
そんな不安がよぎりながらもクスリを握りしめたまま必至に走るしかなかった。ここで捕まっちまったらそれこそ最悪な結末が待っている
「で、出口か・・・・!?」
入り組んだ曲がるとすぐ先に光が見える、路地裏から出て人ゴミに紛れてしまえばまだなんとかなるかもしれない
そんな細くて淡い希望の光、それに少しでも近づこうと手が伸びる───
でもそれは今のオレには眩しすぎる光だったんだ
「残念ながら、そうはいかねぇんだよ」
何者かの声と共にその光が遮られる。一人の男がそこに立っていた、黒いスーツに黒いサングラス口元には煙草を咥えオレの進行を阻もうと構える
きっとあのゴスロリ彼女の仲間かなんかだろう。けど止まるわけにも行かなかった、他に道はない!
「どけぇぇぇぇぇぇっ!!!」
オレは大きく振り上げるとその男に殴りかかる。そのときはオレまだ知らなかった、目の前に立つその男が高校時代に全国制覇をし硬派のカリスマと呼ばれるものすごく強い人だってことに
「がはっ・・・・!」
当然、オレの拳なんて当たるわけなかった。というよりも自分がなにをされたかもよくわからなかったんだ
気がついたときにはオレの体は、まるで蹴られたボールのように宙に舞い上がっていたのだから
・・・・ああ、人間ってこんなに高く飛べるんだな
そんなどうでもいいことが頭を過ってオレは意識を失った。

「いやぁなんともこんなところでお二人に会えるとは偶然でございますなぁ」
そう言いながら真赤なセーターに黒縁眼鏡の小太りの男───陸奥啓介はどこぞのアニメキャラの描かれた扇子を仰ぎながら満面の笑みを浮かべている。うん、正直止めてほしいっていうか別に知り合い見つけたからってそんな全速力で走ってこなくてもいいだろうに
「陸奥さんも桜陵大学に通ってたんですねー陸奥さんは何学部なんですかぁ?」
「五葉さん、よくぞ聞いてくれましたですぞ!ミーは経済学部でござるよデュフフ」
五葉の問いに奇妙な語尾と共に含み笑いをする陸奥、うんはっきり言って気持ち悪いな
「お前何時からそんなテンプレみたいなオタク喋りしてるんだよ」
「冗談でゴザル、いや冗談ですぞ!でも経済学部ってのは本当ですぞ!お金のことなら任せて欲しいですぞ!」
「経済学部って思ってたより頭が良いんだな、方向は間違ってる気もするけど」
陸奥はオレと五葉の働いてるメイド喫茶“リチェルカーレ”でも常連中の常連のお客さんであの天城さんともオタク関係の方面でやたらと仲が良く、店に来るたび両手にアニメグッズを抱えてくるからどう見ても金の使い方が経済学部とは思えないのだが・・・ともかくなにかと謎を秘めた男である
いやでもよくよく思えば“リチェルカーレ”に来る客でオレとまともに会話するのはこいつくらいだ、他の奴らはもう店で五葉や四葉さんとちょっと離しただけでも嫉妬の目で「コロス!」とか「ノロウ!」みたいな感じに見つめてくるからな
「ところでお二人は何ゆえ桜陵大学に?」
「ああ、そろそろ復学しようと思ってな」
「おお!そいつはめでたいですぞ」
オレの言葉に陸奥はポンと手を叩く
「ということは五葉ちゃんも?」
「いえ、私は神楽坂さんに携帯電話買いに行くのついてきてもらったんです」
そう言って五葉は例の984TGミラージュ田中モデルを自慢気に陸奥に見せる
「おお!これが以前言ってたミラージュ田中モデルですか!」
「そうなんですよ、あっちょうどいいですから陸奥さんの番号教えてもらってもいいですか?」
「私のでよければいくらでもいいですぞ!」
五葉の突然の誘いに陸奥は小躍りするがオレとしては釈然としない展開だ。いや別にいいんだけどな五葉が誰と電話番号を交換しようと、だけどあれだろ店員と客であって友達じゃあないんだからそうゆうのは控えるべきだろ
喉元までその言葉がでてオレは自分の愚かさに気がついた
これはあれか、もしかしてオレは嫉妬しているのか?それを友達じゃないからとか店員と客だからとか難癖つけて正当化しているだけじゃないのか
こんなこと考えてしまうなんて全くもって硬派じゃない
「ちょうどいい陸奥、オレは事務所に復学届け出しに行くからその間五葉を大学案内してやってくれないか?」
だからだろうか思わずそんな言葉がでてしまっていた。あの夢を見たせいもあるだろう、少し一人になりたかった
「それは構わないですぞ」
「五葉もいいよな?事務所なんか見ても面白くないし」
「はい、いいですよ」
陸奥は五葉と居れるのか相当嬉しいのか手に持った扇子を世話しなく開いたり閉じたりし、五葉は五葉で携帯電話片手に微笑み返す
「それじゃ五葉、終わったら連絡するから」
「わかりました連絡待ってますね」
軽く言葉を交わしオレは踵を返そうとした、その時
「ちょっと待ったですぞ神楽坂殿!」
陸奥の奴が無駄に大きな声を張り上げた
「な、なんだよそんな声だして」
「神楽坂殿に言わないといけないことがあったですぞ!」
妙に興奮し早口で捲し立てる陸奥に本当にこいつに五葉任せて大丈夫なのかと急に不安になるがそこはグッと堪える
「言わないといけないことってなんだ?」
「至極簡潔に言いますと神楽坂殿を探していた美女がいたのですぞ!すっかり忘れていましたですぞ」
「オレのことを?」
「美女ですぞ!美女!!心当たりないですか?」
やたら美少女を強調する陸奥を無視して考えを巡らせてみるが
これといって思い当たる節がない
「美少女はわかったから他に特徴なかったのか?」
「んーそうですねぇ、背の高さは五葉ちゃんと同じくらいで青いレインコートにオペラグラスを持ってましたぞ!そしてかなりの美女!」
思わず聞いてて頭が痛くなりそうだった。なんなんだその格好は、雨が降っているわけでもないのにレインコートを着てオペラグラスってあれだろ舞台とかを遠くから見るときに使う棒のついた双眼鏡みたいなのだよな
それでいて美女?にわかには信じがたい話だ
「神楽坂さんの変わったお友だちですか?」
「いやそんな変な友達いないから」
ちょっと興味ありげに聞いてくる五葉に嘆息すると言葉を返す
大学でオレのことを知ってる人間なんてそうはいないはずだ
「それでその人はどうしたんだよ」
「美女だったんで「神楽坂殿ならリチェルカーレにいますぞ!」と教えておきましたぞ!」
しつこく美女を強調する陸奥にちょっと苛つくがそういう対応しているのなら問題ない
「それなら、まぁ店に戻ればわかることか。それじゃオレは事務所にいくことにするから五葉のこと頼む」
「了解ですぞ神楽坂殿!」
「いってらっしゃいませ神楽坂さん」
軍隊のつもりなのか無駄に足を揃え敬礼をする陸奥、そして何故か仕事中みたいな口調で手を振る五葉に見送られオレは踵を返し足早に事務所へと歩き出した


「それじゃ神楽坂君、こちらの書類にも判子を押してくれたまえ」
そう言うとオレの前にこれで何度目かという書類が山のように積まれる。それももう復学とは関係無い書類ばかり、気がつけばオレは桜陵大学の事務所でよくわからない書類に判を押す羽目になっていた
「いやぁ助かるよ、君みたいな人が来てくれて」
オレの目の前にいる黒縁の眼鏡に白衣を着た男───草薙剣さんが楽しそうに笑う
事務所内は閑散としている、会議中かなにかなのかわからないがオレが事務所に来たときにいたのは草薙さんだけだった
「でもいいんですかこんな重要そうな書類にオレが判子なんか押して」
「いいよいいよ、どうせ学長だってそんなのちゃんと見ずに判子押しているんだから。それにこれ学長が遊んでばっかりのせいでで提出期限ギリギリなんだ」
草薙さんはそう言うとコーヒーカップに口をつけ豪快に飲み干す
「・・・・・・っぱぁ!かといって学長に近い人間が判を押すとなにかの拍子でバレたときに危ない」
「ということはバレたらオレに罪をおっかぶせようってことですか!」
あまりの言葉にオレは思わず大きな声を発してしまった
とすればなんでオレはこんなことしているんだと今更ながらに思う、ようやく復学したってのにわけのわからないことで除籍になったらたまったものじゃない
「いやいや大丈夫だよ、そのときは僕がこう言うから『これはこの大学の学生達の総意です』ってね。」
 そう言うと草薙さんはオレが判を押した書類の中から一枚を取る
「本来大学は学びの場だからね、学生により良く勉強してもらうためには必要なことなんだよ。腰の重い学長に任しておいたらいつになっても決まるものも決まらないさ。ま、本当に重要そうなのは避けてあるから気にしないでいいよ」
「はぁ、なるほど」
オレは納得したようなしてないような煮えきらない言葉を返す
言っていることはまともだけど実際やっていることは誉められたものじゃない、ただまぁオレも最初から断れば良かったんだがもう山ほどあった書類の半分以上消化しているんだ腹をくくるしかないだろう
「わかりましたやりますよ、でも今ある分で最後にしてください」
「オーケーオーケー、わかったよ神楽坂君。それじゃ張り切って頼むよ」
草薙さんは手に持った一枚を戻すとゆっくりと立ち上がる
「あ、そろそろ僕は出かけてくるからさ終わったら帰っていいから」
「他に人が来たらどうするんですか」
「大丈夫、大丈夫。来ないよう手筈は整えておくからさ。全く心配性だなぁ神楽坂君は」
そう軽く笑いながら颯爽とオレの横を抜け草薙さんは出ていってしまった、いやこの状況心配にならないほうがおかしいと思うんだけど
「はぁ、やるしかないか」
今のオレにできることはさっさとこの書類に判子を押して足早にここを去ることだろう、草薙さんのことだからやってもやらなくても後から脅してきたりはしないと思うけど引き受けた以上仕事はきっちりとこなさないと
閑散とした事務所でオレは黙々と書類に判を押していく。
単純作業、こと単純作業をやっているときほど色々な考えが頭をよぎるものだとおもう
陸奥がオレのことを探しているという謎の美女てのは一体誰なんだろうか?二人の前ではリチェルカーレに戻ればわかるからいいかなんて言ってみたが気にならないかと言えば嘘になる
電車を待っていたときに思い出したあの出来事もあってその人が伊波さんじゃないか、って淡い期待を持ち出しているんだ
「いや、さすがにそんな話はないか」
言葉に出して否定してみるも心のどこかでそれが憶測じゃなくて願望に変わっているのが自分でもわかっていた
「けど『リフレイン』、覗いてみようかな」
かつて伊波さんが働いていたバー『リフレイン』、もしかしたらそこにいけば会えるかもしれない
よくよく考えればそんな都合よくいるはずなんてないし、もしいるとすれば陸奥が案内したリチェルカーレのほうだ
自分でもよくわからない、けど多分「オレを探している人が伊波さんじゃない」ってのを確信させたいってのと「やはり伊波さんであって欲しい」って感情が入り交じっているんだと思う
オレは携帯電話を取り出すとメール画面を開く
『すまない五葉、ちょっと用事ができて時間かかりそうだから先に帰っててくれ』
手早く指を動かし五葉へのメッセージを入力すると少し躊躇いもあったが送信した
なんとなく電話で話すのは後ろめたかった、硬派硬派って言っておきながらこんなことを気にしているオレを五葉に見せたくなかったんだ。
 
───十分後、書類の判押しという雑用を終えオレは事務所から出た。事務所の入り口には『ただいま誰も事務所内にはおりません、日を改めてどうぞ』と辛うじて読める張り紙がしてあった。なるほどこれが草薙さんの言う手筈ということか
「よし、行くか」
小さく呟き歩き出す。結局五葉から返信メールは結局無かった、まぁ陸奥の奴が一緒なんだ心配はないと思う
静かに周りを見渡してから俺は駆け出す、勿論行き先はバー『リフレイン』だ
オレは全力で走る、もしこの姿を五葉達に見られたとしたらなんて言えばいいんだろうな
そんなことを考えながら大学の校門を抜け一気に路地裏に入る、するとすぐに見覚えのある青いネオン管が視界に飛び込んできた
「はぁ、はぁ・・・・」
切れる息を整えながらオレはバー『リフレイン』の煉瓦造りの建物を見上げる。その変わらない佇まいはあの一件から時間が止まっているか錯覚しそうになる
ただ現実は閉店してからそのままというだけなんだがな
「やっぱりそんな都合よくいるわけないよな」
別に落胆なんかはしてはいない、むしろここにいるって方が確率的に低いんだしリチェルカーレの方にいっているかもしれないんだしな
「帰るか」
最初からなんとなくわかってはいたけど結局は無駄足だった。先に一人で帰らせた五葉にはちょっと悪いことをしたな、なにか買っていってやるかな・・・・なんてそう思い踵を返そうとしたその瞬間だった
「だーれだ」
女性の声と共にオレの視界が真っ暗になる。状況がわからなかった、いや女性が後ろから目隠ししているってのはわかるんだが
「えっ、いやあの・・・・ええっ?」
あまりに突然の出来事にしどろもどろになってまともな言葉がでてこない、一体誰がこんなことをしているんだ
「・・・・だーれだ」
答えないオレに催促するように女性が復唱する。誰だ、と言われてもその声は五葉でも伊波さんでも知っている他の女性でもない、ということはだ
「ごめんちょっとわかりません」
人違いかなんかだろう、後ろ姿が似てたとかそういった感じの
オレの答えを聞いた女性は小さい声で「それはちょっとショック」と呟くとその手を外してくれた
多分オレの顔を見た瞬間「あ、ごめんなさい人違いでした!」
てな感じになるんだろうと予想しつつオレは振り返り
「あ、ああっ!!!」
彼女の姿を見た瞬間、オレは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
雨でもないのに青いレインコートを着て、手にはオペラグラスの美女・・・・間違いない陸奥が言っていたオレのことを探している美女ってのだ
「・・・・思い出した?」
オレの素っ頓狂な声を自分のことを思い出したのかと勘違いしたのか少し抑揚のついた声をあげるが正面からまじまじと彼女を見ても彼女が誰なのかわからなかった
肩ほどまで伸びた髪はまるで雨に濡れたかのようにウェーブがかかり、大きくくっきりとした双瞳に整った顔立ちはちゃんとした格好をしたらさぞもてるんだろうなぁっとは思うが見覚えはない
「いや、ごめんなさい本当にわからないです」
「・・・・恭治君は酷いです、それじゃあ最後にヒントをあげます」
謎の美女はそう言うとオペラグラスをレインコートのポケットにいれゆっくりとレインコートのボタンを外していく
「・・・・この場所は私が恭治君が初めて会った場所」
青いレインコートがどさっと地面に落ちる
「あ、あああっ!」
彼女がレインコートの内に着ていた服装、それを見た瞬間それまで忘れていた記憶が一気にフラッシュバックする
「・・・・やっと思い出した?」
「あ、ああ今はっきりとな」                                                     
オレの答えに黒いロリータ服に身を包んだ彼女が満足そうに頷く。そうだあのときも彼女はこの服装だった
オレが初めて天城さんにあったあの時も


「神楽坂さん、神楽坂さん!」
五葉の声にオレの意識は一気に覚醒する。五葉の顔が物凄い近い距離で思わずビックリして後ずさった
「あ、ああ五葉どうした?」
「どうした?じゃありませんよ!神楽坂さん、急にぼうっとしちゃって」
「ええ、ああごめんちょっとあれさセイバークエストやりすぎで睡眠不足な感じでちょっと眠ってたみたいで」
五葉の問いにオレは咄嗟に嘘をついた。くそ、まさかいつの間にかあんな昔のことを思い出すなんて思いも知らなかった
「そうなんですか?でも───」
ふと五葉の右手がオレの頬に触れる、十月の寒さが感じられる冷めた手の感触
「なんで泣いているんですか?なにか悲しいこと思い出したとか」
「なんでもない、なんでもないさ。ただ欠伸がでただけで」
オレの心の中を見透かしたような五葉の言葉に思わずオレはまた嘘を───、一つ壁を作ってしまった
五葉に素直に今の気持ちを吐露すればどれだけ楽になれるんだろう?
だがそれは許されない、それはオレが硬派な男であるために
「大丈夫ですか?別に大学行くのが苦痛ならまた今度の機会でも・・・」
「いや本当に寝ちゃってただけだからそんなに心配しなくても大丈夫だよ、ほら電車来たし」
オレがホームの奥を指差すとちょうどタイミング良く桜花線の真赤な鈍行電車がホームへとゆっくりと入ってくる
「大学でなにかあったとかですか?」
「違うよ、いや本当大丈夫だからさ」
五葉の心を見透かしたような言葉に胸が締め付けられるが平静を装いベンチから立ち上がると電車に乗り込む
「早く乗らないと置いてくぜ五葉」
平日の昼間ということもあってか誰も乗っていない車両、オレは座席の真ん中に座ると五葉に声を掛ける。電車の発進を知らせるアナウンスが流れる寸前のことだ、五葉は「あっ、もう待ってください神楽坂さん」と少し不満そうな声をあげながらも駆け足で電車に乗り込んでくる
「別に神楽坂さんに思うところがないのなら私はいいんですけど、なんでしょうか私だって地味かも知れませんけど女の子です。一緒にいるのにぼーっとされたら私と一緒にいるのつまらないんじゃないかと思っちゃうじゃないですか」
チェック柄のスカートを押さえながら座ると五葉は口を尖らせ不満を漏らす
「それは本当ごめん、あとでジュース奢るから機嫌直してくれよ」
「あ、別に怒ってはないんですけどね。でもジュースは奢ってもらおうかな」
五葉が少し意地悪っぽくそう言うのとほぼ同じタイミングで電車がその扉を閉めゆっくりと動き出す
オレと五葉の二人しかいない車両の中、急に会話が途切れた
横目で五葉を見やると五葉はなんだか楽しそうに外の景色を眺めている
なんだか邪魔しちゃ悪い雰囲気だな
そう思い、オレはふと手に持っていた自分の携帯電話に視線を動かす。そういえば五葉と隣にいるのにメールでやりとりしてたんだっけな
携帯電話はメール着信を知らせるエメラルドグリーンのシグナルが煌々と光っている、開いてみると『新着メールが三件あります』の文字が目に入ってきた
携帯電話のボタンを操作してメール画面を表示させる。
一通目『件名:RE:RE:RE:RE:RE:五葉です、送信テストと恭治さんに質問です♪』
『恭治さんは大学で好きな人とかいましたか?』
好きな人、その文字が目に入ってすぐに脳裏に浮かんだ人は伊波早苗さんだった
いやでもそれは正確には違う、オレが好きなんじゃなくて伊波さんがオレのことを好きだったんだ。なんでこんなオレを好きでいてくれたのかはよくわからなかったけどな
でもオレには彼女の気持ちに答える事も彼女を守ることも出来なかった
これはメールなんかで五葉に簡単に答えれることではない、オレは携帯電話を操作し他のメールに目を通す
が二通目は『あれ?どうしたんですか?』で三通目は「ぼーっとしてどうしたんですかぁ?」といったもので思わず息を吐き携帯電話を閉じた
今、彼女はなにをしているんだろうか?そんな気持ちを抱えオレと五葉を乗せた鈍行電車はゆっくりと景色を流しながら進んでいく。時折五葉が「あれ見てください!」なんて言って視線を動かすがそれもあっと言う間に過ぎ去ってゆく、見ようと思っても見ることができなかった

『まもなく桜陵大学前、桜陵大学前。お出口は右側になります』
それから十分ほどして視界には灰色のホーム、そして車内にアナウンスが流れる、たった二駅とはいえなんだかオレには物凄く長い時間が経ったように思えた。
「神楽坂さんの大学って近いんですか?」
「まぁここから五、六分ってところかな」
改札に切符を通し先を歩く五葉にそう言うと並ぶように歩を進める
「うわぁ、なんか都会みたいですね」
「まぁ桜花町に比べたらどこだって都会だろうな」
久しぶりではあるが大して様変わりしていない町並みを見てオレは言葉を漏らす。確かに桜花町とは違って駅前はそこそこ大きなデパートなどが立ち並ぶが本当それだけ桜陵大学と駅前から少しでも離れたら田んぼだらけの田舎な所は大して変わりない
駅から歩いてほどなくしてオレ達は大学へ続く並木道へとでる。黄金色の銀杏の葉が絨毯のように敷き詰められて美しい、そしてそれを楽しそうに五葉はオレの目の前で踏みしめながら歩いていく
「綺麗な銀杏ですね、こんな綺麗な銀杏初めて見ます!!」
「もしかして五葉ってあんまりこうゆうところに来ないのか?」
「そうですね、あんまり桜花町から出たことないですから。あ、もしかして私はしゃぎすぎてましたか?」
オレの言葉に五葉はチャック柄のスカートをフワリと翻し少し恥ずかしそうに振り返る
「そんなことはないけど、いや大学にまだついてないってのに楽しそうだなって思ってさ」
「でもあそこに見えるのって大学の講堂ですよね、あれみてたらなんだかワクワクしちゃって」
そう言う五葉の様子は本当に大学に行くのが楽しいようだ、確かに見上げると年代のいった古臭い茶色の講堂が目に入る
「なんだったらオレの代わりに五葉が大学行くか?」
「え、行ってもいいんですか?」
「いや、普通に考えていいわけないだろ」
「まぁそうですよね。あ、でも合格した受験生みたいに校門前で記念撮影してもいいですか!?」
五葉はオレが返答するよりも早く携帯電話を取り出しカメラモードに切り替えるとオレに押し付けるようにその手に握らせる
「可愛く撮ってくれないとダメですからね!」
オレに携帯電話を渡した五葉はニッコリと微笑むと大きな講堂をバックに指でピースをつくりポーズを決める。まさに『大学に入学しました!!』な感じを全く入学と関係ない秋にやっている五葉に、携帯電話のカメラで撮る現役の俺、そしてそれを校門から出てくる正真正銘の桜陵大学の生徒達に見守られ正直恥ずかしさで一杯だった
「よ、よし撮るぞ!」
携帯電話のカメラを覗き込んでオレは恥ずかしさを吹き飛ばすように意味もなく宣言するとカメラモードになっている携帯電話を覗き込みそこに映る五葉の様子を捉えたのだが───
「・・・・・・なんであいつがいるんだよ」
オレは思わずその光景に溜息をついてしまった
講堂をバックにポーズを五葉、それは問題ない全然問題なんだが問題はその後ろ。なにかどこかで見たことのある真赤なセーターに黒縁めがねの小太りのお男が物凄く笑顔で手を振りながらこちらに駆け寄って来ているのだ
これはまたなんか一悶着ありそうな気がするよ、本当



                                                       つづく

その日以来オレは孤独ではなくなった。国枝実はやはり仕事だとかレッスンなどで毎日大学に来るわけではなかったがそれでも会えば必ず遊ぶ仲になっていた
遊ぶ所と言えばクラブやダンスホール、バーなどどこもオレにとっては生まれて初めての場所だったがそれがまた大人になったようなそんな錯覚を抱かせていたんだ
まぁそんな大人の社交場で国枝が語る役者の仕事やレッスンでの話はあの頃の何も目標、目的がなかったオレには凄く羨ましく聞こえていた
「それじゃいつもの時間にいつものところでな、恭ちゃん」
「おう、仕事頑張ってな」
夕方大学前で国枝と別れた後、適当にブラブラしながら国枝の仕事が終わる夜まで待つ
それから遊ぶってことで家に帰るのも当然遅くなっていたな、まぁ女の子でもなかったし二十歳も過ぎてるし別に親になにか言われたりはしなかったがな
適当に時間を潰すといつも待ち合わせに使っていた店へと向う。場所は桜陵大学前の駅の近く、路地裏に入ったところにあるバー・・・店の名前は『リフレイン』
ダークブルーのネオンが光る落ち着いた雰囲気の店で初めて国枝に連れられてきたときは流石に緊張したがそれも今となっては国枝と一緒じゃなくても入り浸るくらいに常連になりつつあるくらいだ
「八時半、ちょっと早いけどまぁいいか」
携帯電話で時間を確認するとオーク材でできた重々しい店の扉を開ける。
「あら恭治君、いらっしゃい」
「こんばんわです伊波さん」
「今日は随分と早いのね」
リフレインのバーテンダーである伊波早苗さんに出迎えられカウンターに座る。
伊波さんはオレよりも一つ年上で桜陵大学の三年生、ポニーテールが良く似合い大学ではテニスサークルの主将を務めている言わば皆の憧れって人だった
けれども本人は落ち着いた女性に憧れているらしくこのリフレインでその“落ち着いた女性”ってのを目指してバイトをしているらしい
店内は薄暗く、いつもムーディな曲が流れているがそんな中・・・正直伊波さんが落ち着いた雰囲気を持っているかといえばこれが全くそんな感じはしない、いやむしろ今のままのほうが彼女にはあっていると思う
「今日はゼミが早く終わったんです、国枝も仕事終わったら来ますよ」
「そうなんだそれじゃ先に飲んでおく?いつものでいいよね」
「あ、うんお願いします」
オレがが頷くと伊波さんは慣れた手つきで“いつもの”であるジンバックを手際よく作っていく。二十歳になって酒が飲めるようになったとはいえこのリフレインにくるまで大して飲んでなかったオレが国枝に薦められたのがこのジンバックだった、まぁそれからというもの飲むのは決まってこれだ
「はいおまたせしましたいつものジンバックね」
「ありがとうございます」
伊波さんからグラスを受け取るとゆっくりと口に運ぶ。ほのかな苦味に混じってレモンの香りが口の中から鼻へと抜けていく・・・この感じは家で何度か試したことがあるが伊波さんでしか出せない味だ
「やっぱり違うなぁ」
「ん?なにが違うの?」
「あ、いやこの前伊波さんが作るジンバックを見様見真似で作ってみたんですけどどうも一味違うんですよ」
酒を飲むようになって古本屋でカクテルの本を探し出し、ここででているメニューを色々と試してみたが、けれどもここで飲むジンバックと家で作ったジンバックではなんか一味足らない気がするんだよな
「ははーん、なに恭治君それは簡単なことよ」
伊波さんは一人腕を組んでなにかに納得するように頷くとぐぃっとカウンター越しに体を乗り出す
「一味違う理由恭治君知りたい?」
「そりゃまぁ・・・なにか隠し味があるとしたら知りたいですよ」
「ふふーん、それじゃ恭治君にだけ教えてあげようかな。それはねー愛よ!!」
「・・・はい?」
今、伊波さん愛って言ったのか?思わず聞き返してしまった
「あのー今、伊波さん愛とかなんとか仰いました?」
「そうよ・・・愛、愛が味を美味しくするのよ!」
「いやなんていうか流石にそれはないでしょ」
伊波さんはどうもたまにそうゆうことを真顔で言うから困る、真面目にそう思っているんだからなぁ。
そんな純粋というか世間知らずというかそんな伊波さんは子供っぽく頬を膨らませて反論する
「そんなことないわよ、ほら水に優しい言葉を掛けると綺麗な結晶が出来てそうじゃない悪い言葉を掛けると汚い結晶ができるってこの前テレビでもやってたのよ!だからさっきのジンバックにも私が美味しくなーれ美味しくなーれって願いを込めたから美味しくなったんだから」
「いや伊波さん、それエセ科学ですから」
オレは呆れて深く溜息をつくとグラスを一口傾ける、まぁ伊波さんがこんな感じなのは今に始まったことじゃないから気にはしてはいなかったがな
そんな他愛のない話を伊波さんとしながら一時間ほど経ったころだったろうか、リフレインに国枝実がやってきたのは
「いやぁ悪い悪い、恭ちゃん仕事押しちゃって」
仕事後の国枝はいつもの真っ白のダウンジャケットにサングラスを掛けて口振りの割りには特別悪びれた様子もなくオレの隣に座る
「国枝君には何を作ろうか、いつもの?」
「そうだなブラディメアリーで頼むよ、それよりも二人ともこれを見てくれよ」
そう言うと国枝は身を乗り出して持っている携帯電話の待ち受け画面をオレ達に見せた、そこに写っていたのは笑顔でピースサインをしている国枝と青いドレスを着た顔立ちの美しい女性だった
この女性どこかで見たことあるような、いやでもどこで見たのかさっぱりとわからなかった
「ん、誰だっけこの女の人」
「誰って恭二君、この人アイドルの高杉遼子だよ。やだなに国枝君高杉遼子と知り合いなの?」
伊波さんがアイスピックを持つ手を止め驚きの声を上げる。高杉遼子って名前を聞いてもオレにはなんていうか「ああ、そういえばそんなアイドルいたな」くらいにしか聞こえなかった、なんていうか疎いんだそうゆう芸能人関係の話ってのは
「いやそれが今度さドラマで競演することになったんだよ高杉遼子と!」
「へぇ本当かよ、それは凄いな」
「おいおい恭ちゃん、高杉遼子って言ったら国民的アイドルだぜ?もっとこう飛び上がるくらい驚いてくれよ」
「いやこれでも本当驚いているんだって、どっちかというと───」
アイドルと写っているとかそうゆうことよりもどっちかというとオレには役者になるって夢があってそれを着実に歩んでいっている国枝に驚きを隠せなかった
「え、じゃあもしかしてテレビでやるの?って、ごめんはい、ブラッディメアリー」
「どうもっと、まぁね。まぁチョイ役だからそこまで出番はないんだけどさ」
「でもそれ凄いじゃない!ついに国枝君がテレビで観れる日が来るのね!」
「いや、別にテレビで観なくてもここでいつでも観れるぜ?」
真っ赤なカクテルを口にしながら楽しそうに話す国枝は本当に楽しそうにオレの目には映った
それに比べたらオレは夢もなければ誇るものもない、それが少し疎ましく歯がゆくもあってどうにも素直に喜ぶことができなかったのかもしれない
これではいけない、そう思って飲んだ
ジンバックの苦味はさっきと違いすこしきつく感じで喉元を過ぎていった

「それじゃご馳走様、また来るよ」
「うん、二人ともまた来てね」
深夜二時を周った頃、オレと国枝は伊波に見送られバー「リフレイン」を後にした。
元々オレは多く喋るほうではなかったがそれでも今日は特に口数が少なかった方だと思う、まぁ結局国枝が終始今度やるドラマの話で一人盛り上がっていた
国枝が一人も盛り上がるってのはいつもののことではあるんだがな
「来週から撮影か、緊張するな」
表通りまでの道を二人で歩きながら国枝がぽつりと言葉を漏らした
「緊張って、国枝から珍しい言葉がでるな」
「珍しいって、一応俺だって人間なんで緊張くらいするっての」
「そりゃわかるけどさ、なんていうんだ?国枝って緊張をものともしないというイメージだからさ」
オレの言葉に国枝は深く息を吐くと空を見上げる
「ま、恭ちゃんの言うとおり俺は緊張とか弱音は吐かない主義だけどさ。今回ばかりは俺の野望への一歩となる大事な仕事だからな、あれさ武者震いみたいなもんだ」
「なるほどね、なに大丈夫さ国枝なら」
オレは国枝と同じ空を見上げて呟いた、その言葉は嘘偽りなく本心だ
オレの目には星一つも見えない空でも国枝には見えるものがある
「そりゃもう当たり前じゃないかよ!」
そう国枝に肘で小突かれながらふらつきながらそう思っていた
「そういやさ来週の水曜日って恭ちゃん予定開いてる?」
「まぁ開いてるけどどうした急に?」
唐突な国枝の質問にオレは少し驚きつつ答える
「ああ、恭ちゃんちょっと前にバイト探しているって言ってたじゃないか。それでささっきは俺のドラマ出演のことで忘れてて言い忘れてて今思い出したって訳」
ああ、そういえばそんなことを言っていた覚えはある。今までずっと親からおこづかいを貰っていたがオレもいい歳だ、リフレインで酒を飲むのもただではない。かといって今までオレはバイトの経験もないしなにかいいバイトでもないかと国枝に話したことがあったんだ
「水曜日ならまぁ開いてるけど、そのバイト紹介してくれるのか?」
「まぁそうゆうこと、それじゃ来週の水曜日の夜九時にリフレインに来てくれないか?」
「リフレインに・・・?」
その言葉を聞いて一つ疑問が沸いた。単純な話だ、オレが知っている限りリフレインは水曜日休みだったはず
「水曜日ってリフレイン休みだろ?」
「なに場所を借りるだけさ、鍵なら店長から借りて持ってるしね」
そう言うと国枝はダウンジャケットからキーホルダーの付いた鍵を取り出すと指にかけてクルクルと回してみせる
何故国枝がリフレインの鍵を持っているということをオレは疑問に持っていなかった、漠然と惚けて国枝の話に納得していたのだ
「なるほど、それならわかった。けどどんなバイトなんだ?」
「それは来てからのお楽しみさ、ああついでに履歴書とかいらないからなバッチリ俺が話しつけてあるからさ任しておいてくれよ」
そのときはニッと白い歯を見せながら親指を突き立てる国枝がじつに頼りがあるように思えたのだ

───それから日は過ぎて、国枝と約束した水曜日はあっと言う間にやってきた。
「ふぅ、なんとか時間には間に合ったな」
オレは一呼吸置くと、携帯電話を開く。携帯電話のデジタル時計の表示は午後八時五十分を照らしている
あの日以来国枝とは大学でもリフレインでも会うことはなかった、電話で話しても良かったんだがあいつの仕事の邪魔はしたくはなかったので結局掛けずじまいだ、こんなことは前々からもあったことだったので別段に気にしてはいなかった
当然リフレインは休業日ともあってダークブルーのネオンも光っておらず薄暗い。いやそれだけではないなにか心の奥から不安を煽るような雰囲気を醸し出している気がする
それに関わらず少なからず不安は抱いていた、国枝が紹介してくれるというバイトに対してのことだが詳細を全く知らないんだからな
「・・・こ、こんばんわぁ~」
赤錆びた金属の螺旋階段をあがるとオーク材でできた重々しい扉を開け声を放った、しかし返事はない
店の中はいつもの薄暗い様子よりも更に暗く、普段付いている間接照明すらついていない。オレは恐る恐る店の中へ歩を進めていく
「あ、奥の方が明るいな」
店の一番奥、真赤なソファとテーブルが配置されたところだけ明かりが燈っているのが確認できた。思わず安堵し席へと近づく、しかしそこにいたのは───
「あ、きょーじくんだぁー♪」
「伊波さん!?」
そこにいたのは国枝ではなく伊波さんだった。今日は休みだからいないとおもっていたのだが彼女の様子は少しおかしかった。伊波さんは表情はだらしなく頬を赤らめいつも結んでいるポニーテールもバーテンダーの服装も乱れきっていた
「どうしたんですか伊波さん、そんなに酔って」
正直こんなに泥酔している伊波さんを見るのは初めてだ、よくお客さんから勧められてきつそうなお酒を飲んでいるのを見るがいつも平然としているというのにこの酔い具合は異常だ
とはいえテーブルにあるのは見た目ただのオレンジジュースのグラスくらいしかない
「きょーじくん、そこのグラス取ってぇ」
「どうぞって、大丈夫ですか?」
頭を揺ら揺らとさせながら言う伊波さんの腰を支えると彼女の口元にグラスをそっと運んでやる
「うんダイジョウブだよぉー、そうだきょーじ君にも飲ませてあげる」
そう言うが否や伊波さんはオレンジジュースを一口口にすると身体を起こしオレの首に大きく腕を絡ませる
「え、伊波さんちょっ・・・」
「んっーくちうつしー♪」
オレの静止の言葉は伊波さんの柔らかい唇で塞がれた、そしてそのままオレの口内にジュースが流れ込んでくる
口元から零れたジュースが首元を伝ってたころ我に返り
「ちょ、ちょっと伊波さん、止めてくださいっ!」
「いやぁん!」
思わずオレは伊波さんを力任せに突き放してしまった、伊波さんはソファに背中をぶつけると小さく声を上げる
「・・・・・・だって ・・・きなんだもん」
「えっ??」
突然の言葉に脳が理解を示す前に舌の上にオレンジジュースに溶け切らなかったザラリと残っているモノのが口の中で渇き、それとともに強烈な苦味が口の中に広がっていく
「うっ、これは・・!?」
なにかはわからない、けど少なくともこれが良くない物だということはわかった
「おいおい、女の子を突き飛ばすなんて酷いことするじゃないか恭ちゃん」
突然した背後からの声にハッとなり思わず振り返る。
「なにキョドってるんだよ恭ちゃん?」
「な、なんだ国枝か驚かすなよ」
伊波さんからの突然のキスに動揺していたのは間違いない、国枝はいつもの真っ白のダウンジャケットにサングラスを掛けて不敵な笑みを浮かべていた
「お前もそれ飲んだのか?」
そう言うと国枝は先程伊波さんが飲んだオレンジジュースの入ったグラスを指差す、オレはその言葉に頷き応える
「なにが入っているんだよこれ、なんかの薬みたいな味がしたけど」
「飲んだんなら話は早い、この間話したバイトってのはこいつさ」
国枝がジャケットの懐から取り出しオレの目の前にチラつかせたのは白い粉の入った小さなビニールの袋だった。それはドラマとかでみたことがあるモノ、ドラマでなんかでしか見たことのないもの
「それって覚醒剤じゃないのか?」
「ああ、そうだよ」
「そうだよって、なにしてんだよ国枝!」
平然とした様子の国枝に対して思わず声を荒げて叫ぶ
・・・いやそんなことよりも国枝がやっていること、それが彼自身の夢を壊してしまうんじゃないかという不安の方が先にたっていた
「こんなこと止めろよ、お前には夢があるんだろ!」
「おいおい、なに怒ってるんだよ?これ凄い効果で気持ちよくなれるんだぜ、しかもかなりの稼ぎになる」
「犯罪行為じゃないか!しかも伊波さんにそれを飲ませたな!」
伊波さんの様子がおかしかったのは酒のせいじゃない、この覚醒剤のせいだということはすぐにわかった
オレは目の前をチラつくビニールの袋を腕を払い弾き飛ばす。その行動に国枝は今までと違う荒っぽい言葉を吐いた
「ってぇな、仕方ねぇだろカクテルの練習だとかでまさか休みの日にいるとは思わなかったんだよ。でもいいじゃねぇか恭ちゃん、この女お前のこと好きなんだってよ。これを気に抱いちまえば?」
「ふざけるな!」
あまりの言い振りにオレは怒りに任せて国枝のジャケットの襟元を掴む
「なんだよ恭ちゃんその手は俺を殴るつもりか?」
「どうしちまったんだよ国枝!お前はそんなやつじゃないだろ!?」
もうなにがなんだかわからなくなっていた、あの口移しされた覚醒剤のせいもあるだろうが錯乱していた。
けれどもオレの悲痛な叫びは全く国枝には届いていなかった、ただ口元を歪ませ笑いを堪えるように言葉を返してくる
「そんなやつじゃない?クククッ恭ちゃん・・・いや神楽坂恭治、お前俺のことなに知っているんだよ。大体なんで俺がなんで大学でお前に声を掛けたと思っているんだ?」
「な、なんでってそれはお前が友達が欲しいからって自分で言って───」
「アーッハッハッ!!!とんだお間抜け野郎だな」
オレの言葉を避けぎるように国枝が高々と声を上げる、オレはそれに呆気に取られるしかなかった
「友達だってぇ?俺はこの薬の売人をやらせるために声を掛けたんだぜ」
「なんだって!?」
「ちょうど以前に売人やらせていた奴がさ、これがやり方が下手糞で警察にマークされちまって警察はともかくマスコミにチクられたら面倒だったんで自殺に見せかけて殺してやったのよ、だからさ売人やらせる奴いなくてそれを俺は探していたわけ」
「・・・・・・。」
国枝の淡々と吐く言葉に閉口するしかなかった、だが聴きたくない耳をふさぎたくなる言葉は続く
「弱そうで友達のいなそうな奴をな、しかしまぁちょっとこっちから声掛けたら簡単に擦り寄ってきたのにはちょっと笑ったけどな」
「もういい、止めてくれ聞きたくない!!」
国枝の服から手を離し後ずさりながらがなるように叫ぶ
「おいおいショックだからってそんなに取り乱すなよ、俺はこれでもお前のことを信頼しているからここまでネタばらししたんだぜ?確かに薬の売人は危険な仕事だけどさそこいらのコンビニで何時間も縛られて貰う金なんかよりも遥かに多い給料が短時間で貰える、なんだったら現物支給でもいい金で女を買って薬使ってやりまくれば楽しいぜ?こんなチャンス二度とないんだよ、やろうぜ恭ちゃん!」
そう今までの友達のだとオレが思っていたときのように“恭ちゃん”と呼んだ時オレの中でなにかが切れた、ぐっと拳に力が入り国枝の瞳を睨み返す
「オレはそんな犯罪行為に手は貸さない、今日見たことは忘れるからオレの前から消えてくれ!」
「消えてくれ?おやおやどうやら立場を勘違いしているようだな」
「なにがだよ!」
おどけてみせる国枝に怒りをぶちまけるが、その意味はすぐにわかった
国枝の背後、暗闇から数人の男がぞろぞろと出てきたのだ
「うっ・・・」
「神楽坂恭治、お前の選択は『黙って俺の言うことを聞く』か『力で屈服されて俺の言うことを聞くか』の二つだ。そしてお前は選択を誤っちまった」
「クックックッ」
「ヒッヒッヒッ」
国枝が指を鳴らすと男達がオレの周りを逃げられないように囲い込む
「うっ、近寄るな!!」
「人間サンドバックだ、十回殴るごとに俺の言うことを聞くか確認してやる。その糞弱っちい正義感を調教し直してやれ」
それだけ言って国枝は伊波さんがぐったりと身体を寄せているソファに腰掛けオレンジジュースの入ったグラスを手に取る
「パーティの始まりだ」
「へへ、そいじゃ俺が殴らせてもらおうか。安心しろ顔だけは殴らないで置いてやるよ」
男達の中でも一際背の高いスキンヘッドの男がそう言いながら指を鳴らしながら近づく
「いきなりあいつかよ、こいつぁワンパンで終わりじゃね?」
「かもなー確かアマとは言えボクシングやってたんだろあいつ」
周りの男達が口々に言う中スキンヘッドの男はじわりじわりとこちらへの間合いをつめてくる
「殴ってきてもいいんだぜ?万が一勝てるかもしれないぜ、くくっ」
「く、くそう!!」
オレは無我夢中で拳を振るったが大きい図体にも関わらず巧みなフットワークでスキンヘッドはいともたやすく避けると一気に踏み込み
「素人のパンチが当たるかよ、喰らえ!!」
強烈な拳での一撃が腹に突き刺さる
「がはっ・・・・・・」
胃に穴が開いたんじゃないかっていうくらいの激痛に両膝から崩れ落ちる
胃液が逆流し激しい嘔吐感が襲う、それでも倒れることも許されず他の男達がオレの両腕を掴み無理矢理身体を起す
「まだ一発だぜ?こんなんじゃ先が思いやられるなっ!!」
「ぐあぁっ!」
スキンヘッドの男の一撃が更に加わる
「んー今の一撃はダメだったな、それじゃ最初からやりなおしだな」
「なっ・・・」
「人間サンドバックとかまじ面白いこと考えるよな、十回で終わるって期待を持たせておいてこれだからな。絶望に堕ちたときのこいつの顔笑えるぜ」
ギャラリーの男が声を上げ笑う、オレは微かな希望すらも失っていた
それからどれくらい殴られただろうか?
繰り返される殴打、終わらない殴打、全身が軋むように痛みの叫び声を上げている
「そろそろ死ぬんじゃねぇのこいつ?」
「大丈夫、国枝の親父は警察の上層部だからよ死んでももみ消してくれるってよ。前に売人やってた奴も自殺ってことで処理されたらしいぜ」
「ハァハァ、さてさっきので十回目ってことにしておいてやる」
取り囲む男達が口々に言う中、一人殴り続けていたスキンヘッドの男が息を切らしながらソファにどっと倒れ込む
「なんだたった48発でへばるとはね、そんなんだからアマチュア止まりなんだよ」
「う、うるせぇよ」
国枝は煽るようにその辺にあったボトルを飲み干すとゆっくりとした足取りで俺に近づく
「お前のちっぽけな正義感なんてこんなもんだ、気分はどうだい?」
「・・・・・・っ」
当に声など発することなどできない、床には何度と吐いた吐瀉物に塗れそれでも立ち上がることも出来ずに男達に上半身を無理矢理引き起される
「さぁ言えよ、「僕は負け犬ですゆるしてください助けてください」ってな!!これが最後のチャンスだ、第二ラウンド始まったら間違いなく内臓破裂で今度は死ぬぜ」
助かりたかった、生きていたかった、それがどんなに惨めだとしても死にたくなかった、死ぬのが怖くて怖くて怖くて怖くて
夢も未来も自分にはなかったがそれでも死にたくないという想いだけで口が動く
「ぼ・・・くは・・・」
「あ?なんだって聞こえないぞ」
「僕は負け犬です、許して・・・ください、助け・・・てください」
その言葉を呟いたとき、オレのなかでなにかが間違いなく失われた
身体の痛みよりもずっと痛い癒えることのない心の傷を負ったんだ
「クククッ、これからお前は俺の奴隷だ。おい、こいつの携帯を取り出せ奴隷には必要ないからなぁ!」
オレが屈服したことがよほど満足な様子の国枝は男達に指示させオレのポケットから青い携帯電話を取り出させると
「下手にどこかに連絡取られても困るからな!」
そう言い携帯電話を力一杯にへし折った
「それじゃあこれからもよろしくな“恭ちゃん”」
国枝は高笑いとともにわざとらしく“恭ちゃん”とオレの名前を呼ぶ
オレはバラバラと国枝の手から携帯電話の破片が零れ落ちていくのをじっと見つめることしかできなかった




                                                      つづく
プロフィール
HN:
氷桜夕雅
性別:
非公開
職業:
昔は探偵やってました
趣味:
メイド考察
自己紹介:
ひおうゆうが と読むらしい

本名が妙に字画が悪いので字画の良い名前にしようとおもった結果がこのちょっと痛い名前だよ!!

名古屋市在住、どこにでもいるメイドスキー♪
ツクール更新メモ♪
http://xfs.jp/AStCz バージョン0.06
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