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『オリオン座に誓いを』
夜がまだ明けきらず、暗かった。
「あれは夢じゃないよな・・・・」
彼女と別れてまだ数時間、あの事は実は夢なんじゃないかと思うくらい不思議な出来事だった。
とぼとぼと歩き、ボンヤリした頭を掻きながら考える。
俺はあの子に救われた。
けど俺はあの子を救えただろうか?
それはよくわからない、よくわからないけど。
「楽しい一夜だった」
それだけははっきりと分かっていた。
その日、俺はオリオン座を見ていた。
一昔はもっと他の星座も見えたもんだが今や工場や車の排ガスに覆われオリオン座ですらぼんやり薄くしか見えない。
しかしそれは本当に工場や車の排ガスのせいなのか?
涙で滲んでいるだけじゃないのか?
まぁもうどっちだっていい、今日俺はここで死ぬんだから。
オリオン座を見ていたのは
「下見たら怖いから上を見て落ちよう」
そう考えていたからってだけだ。
五階建ての廃ビルの屋上、その縁に立って数時間。俺、桐谷隼也は人生最後の一歩に戸惑っていた。
「くっ、寒いな」
正月が開けてまだ一月とちょっと、スーツを着ていても冬の夜風は冷たく厳しい。
「なんでこんなことになったんだ」
ポツリと呟く。去年までの俺からしたら全くもって考えられない状況。若くして起業し社長と呼ばれ、美人な嫁と可愛い娘に囲まれて生活する勝ち組だったじゃないか。
「大凶って恐ろしいなぁ」
年明け初詣で引いたおみくじが大凶だった。「大凶って逆にレアだよな」なんてその時は笑っていたがそのせいなのかなんなのか仕事が始まってすぐに不幸って大津波に飲まれ俺の会社は倒産した。
部品の設計ミスに気がつかないまま社運を賭けた製品を販売、使って一定日数経つと不具合発生、最悪爆発するなんて爆弾を世に送り出してしまった。
もう額面なんて見たくないくらいの賠償請求、それとほぼ同時に優秀な仲間達がここぞと大企業に引き抜かれた。
『前からあんたのこと気にくわるなかったんだ』
『せいぜい頑張って借金返してくれよしゃちょーさん』
これが一緒にやってきた仲間からのありがたいお言葉だった。
どうやら俺はお山の大将を気取っていただけらしい、それに更に追い討ちをかけるように家から嫁が娘を連れて出ていきやがった。
年が明け早々結局俺に残ったのは借金と判子の押された離婚届、それと脱力感。
「もういいや、死んでしまおう」
その結論に至ったのは早かった。早かったが履き潰した革靴と『生きることに疲れました』とだけ書いた遺書を置いたまでは良かったが最後の一歩が踏み出せない。
足が震えている、冷や汗が滝のように出る、痛いんだろうなぁ、「あの~」、血がたくさん出るんだろうなぁ、下に人いないといいなぁ、 次々と脳裏に過っていく言葉。
「あれ?今実際に声がしたような・・・・」
「もしもーし、そこのおじさん」
はっきり聞こえたその言葉に俺は振り向くとそこにはいつの間にか一人の女性が立っていた。
茶色の長髪に紺のブレザー 、スカートはそんなので寒くないのかってくらいに短くて黒のニーソックスを履いている典型的な女子高生といったその姿はあまりにもこの場に似つかわしくない。
なんとなく「ああ、あれが絶対領域ってやつか」なんて思ってると彼女は屈託のない笑顔でこう言ったのだ。
「おじさん、どうせ死ぬんだったら私と不純異性交遊しませんか?」
「は・・・・?不純異性って、うわわっ!」
その言葉の意味を理解する前に突然の横風が俺の体を揺らし思わずバランスが崩れる。
「やばい、落ちる・・・・!!」
視界がぐるりと回転しまるで定点観測された星空のようにオリオン座が傾く。ちょっと待ってまだ心の準備がなんにもできてないっ・・・・!
そう思った瞬間、誰かが俺の手を掴み引っ張られ───
「痛ってぇ!!」
圧倒言う間に冷たいコンクリートへと叩きつけられた。
けどコンクリートの上ってのは同じだが俺が落ちたのは屋上の縁から数十センチ下、つまりはまだ屋上。
「ふぅ、もう危ないなぁ」
俺の腕を引っ張ってくれたのはさっきいきなり現れた女子高生。
「ねぇねぇ痛かったでしょ?飛び降りたらもっと痛かったよ?」
微笑を浮かべながら言う彼女に俺は打ち付けた肩をさすりながら立ち上がる。
「そう、だな。助けてくれてありがとう」
なんていうか今から死のうとしてた人間の言う言葉じゃないが助けてくれたのは間違いない、ここは素直に礼を言っておくべきだろう。
「いえいえ~♪それでどうかな私と不純異性交遊。私結構可愛い方だと思うんだけど」
「いやなんていうかいきなりそう言われても」
この彼女さっきはいきなりだったから外見しかわからなかったが近くで見るとどっかのアイドルグループにいてもおかしくなさそうな綺麗な顔立ちにクリっとした大きな瞳、こんな可愛い子から「不純異性交遊」なんて言葉を聞いたらどんな男でもホイホイとついて行ってしまいそう、だけどさっきまで死のうと思っていた僕はそんな気分じゃない。
「そうゆうのはさ、もっと繁華街とかに行ったほうが・・・・」
「もう、据え膳だよ据え膳!行くって決めたら行くの!」
「ちょっとおい待てって!」
俺の腕を問答無用でおもいっきり引っ張ってくる彼女、一体何者なんだ?まさか本当に不純異性交遊したいだけの女子高生なんてことはないと思うけど、まぁとりあえず今そんなことはどうでもいい。
「・・・・とりあえず靴を履かせてくれ」
情けない言葉で呟き、よくわからないまま俺の自殺は未遂に終わった。
「えっとぉハンバーガーでしょ、てりやきでしょ、チーズバーガーにえっとナゲットとシェイクと・・・・」
この謎の女子高生に連れられてやってきたのは高速道路沿いにあるお城っぽいホテルなんかではなく駅前のハンバーガショップだった。
「んとあとチーズバーガーにぃ」
「チーズバーガー二回目だぞ、いったいいくつ食べる気だよ」
「じゃチーズバーガーは二つ、それとポテトは塩抜きでコーラはカロリーゼロのやつで!」
おいおい、そこまで食べるのに今更カロリー気にするのかよ。なんてツッコミたくもなったが俺をここにつれてきた手腕といい結構強引なんで注文を減らすなんて行為は止めておいた。
「オジサン、支払って♪」
「はいはい」
言われるままに財布から諭吉先生を一枚取り出すと店員に渡す。
「んじゃお釣りもらっておいて、俺あそこに先に座ってるから」
「了解だよ!」
俺は角のテーブル席を指差してから歩き出す。なんていうか『了解』は目上の人に使う言葉としては不適切だぞ、とか言ってやりたかったがそんな気力もなかった。
とぼとぼと席まで歩きどっしりと腰かけると思いっきり息を吐く。
「なにやってんだろ俺」
死のうと思ったら気がついたら女子高生とハンバーガーショップにいる、なにか夜にスーツで女子高生といると周りから奇異の目で見られそうなのでできるだけ人目につかない隅の席を選んだがどうやら正解だったようだ。席につくまでにもチラチラとこちらを不審な様子で見られていたからな。
「お待たせおじさん」
そんなことを考えると変な目で見られている原因ともあろう謎の女子高生がこれまたたんまりとトレイにハンバーガーを乗せてやってきた。なんていうかその量はさっき注文したときよりも増えている気がする。
「はいおじさん、お釣り」
「ああ、どうも」
受け取ったお釣りもなんかどうも少ない。しかしまぁ諭吉さんなんて渡した俺が悪いな、渋々それを財布にしまいながら声をかける。
「もしかして追加注文したのか?」
「だっておじさんも食べるんだったらあれじゃ足りないでしょ?それじゃいっただきまーす」
そう言ってハンバーガーを美味しそうにかぶりつく彼女。もしかしてさっきの注文は自分一人で食べる量だったのか?
「どしたのおじさん、食べないの?」
「ああ、食べるよ・・・・というかその“おじさん”ってのやめてくれよ。俺には桐谷隼也って名前あるしなによりまだ二十八歳だ」
ハンバーガーの包装紙を外しながら言う。正直まだ二十代だし見た目だってまだ若いつもり、おじさんなんて呼ばれるのは心外だ。
「ふぅん、思った以上に若いんだね。まぁでも十歳も離れていたら充分おじさんだよ」
「さようですか」
「そうだよ~あ、でも桐谷って名前格好良いからこれからは『桐谷のおじ様』って呼んであげようか?」
「すいませんでした、おじさんでいいです」
結局折れたのは俺の方だった。なんていうか言い合いする気力も残ってない。
「んじゃまぁおじさんが自己紹介してくれたから私も自己紹介しようかなぁ。うんと私の名前は白石美玲。見ての通りの女子高生だよ」
そう言って美玲は食べ終わった包装紙をぐしゃりと潰すと次のチーズバーガーを手に取る。
「それでなんでおじさん死のうとしてたの?遺書には『生きることに疲れました』としか書いてないし」
チーズバーガーを齧りナゲットを口に放り込みながら美玲はブレザーのポケットから俺の遺書を取りだしテーブルに置く。
「ちょ、お前俺の遺書見たのか」
道理で屋上で靴を履いたとき見当たらなかったがこいつが持っていたのか。
「というか遺書って他人にしか見せないじゃん」
「いやそれはそうだけど・・・・」
なんていうか今日初めて会ったしかもなにやらやたらと幸せそうな奴に見られたってことがなにか嫌だった。
「それでどんな理由なの?」
「まぁその仕事とか家の事でな」
だからなんとなくはぐらかした。別に美玲に事細かに説明したとしてもなにかが変わるわけではないし。
「ふぅ~ん、まぁ生きてると色々あるよね」
美玲はさっくりとそう言う。まぁ案の定そっちが聞いてきたってのに特に気に止めることなく髪の毛の毛先を指でクルクルと回しながらシェイクを啜ってた。
「それじゃさ、そろそろ次の場所行こ」
そして突然なにかを思い付いたのかのように美玲は立ち上がるとどこからか取り出したエコバックを広げそこにハンバーガーを次々と放り込んでいく。
「ポテトとシェイクは持って、ナゲットは今すぐ食べて」
「おいおいどこ行こうって言うんだよ」
そそくさと店から出ていこうとする美玲を言われるままポテトとシェイクを手に持ち追いかける。
「ちょっと待てって、そんなに急がなくてもいいだろええっと白石さん」
美玲の隣に並んで歩き横目で顔を見るとなにかとっても不機嫌そうなふて腐れているような表情をしている。
「おーい、聞いてるのか白石さ・・・・」
「み・れ・い!ちゃんと名前で呼んでくれないと返事しないんだからね!」
美玲は俺の言葉をそう言って遮るとエコバックにさっきいれたばかりのハンバーガーを取り出し一口かじる。
「それとさん付けも禁止なんだから!ちゃんと美玲って呼び捨てで呼ぶこと!私もちゃんとおじさんって呼ぶから」
「おじさんはちゃんとした呼び方じゃない、ってまぁいいか。とりあえずそのバック持つよ美玲」
「えっ本当?ありがとうおじさん、優しいなぁ」
俺がそう言うとさっきまでの不機嫌そうな顔がすぐに笑顔に変わる。
「それでさ今からどこ行くの?」
「え?そんなの決まってるでしょ、不純異性交遊だよ?」
美玲はなにか口元でゴニョゴニョ言いながら顔を赤く染めている。なんていうかコロコロ表情が変わる奴だな。
「あんまり女の子の口からそうゆうこと言わせないでよ、ほら手を繋いで行くよ」
「お、おい!」
ぎゅっと俺の手を握ると美玲は照れ隠しなのか走り出す。そ、そうだよな不純異性交遊で行くところと言えばもう一つしかないよなぁ。
すっかり冷え込んだ美玲の小さな手に掴まれながら俺はもうどうにでもなれ、そんな気持ちだった。
『それじゃ次は変顔して両手でピースサインぷす♪3・2・1・・・・』
「おじさん、早く早く!」
「お、おう」
美玲に言われるまま指定の格好をする。こんな感じで写真を撮られ続けて数分、馬鹿じゃない俺は流石にここがお城っぽいホテルじゃないことくらいはわかった。というかここは駅裏のゲームセンターにあるプリクラコーナー、じゃあさっきのあの美玲の照れ隠しとかはなんだったんだよ、嘘、大袈裟、紛らわしい!
『撮影終了ぷす!次は表の画面でお絵描きするぷす!』
「はーい」
画面内で踊る時期外れのハロウィン人形に美玲は元気よく返事をすると外へ飛び出していく。
「おじさん、お絵描きするよ」
「はいはい」
ペンを持たされ画面の前に立つがもう既に美玲によって沢山のお絵描きがされていて俺の書く隙間なんて見当たらない。しかしまぁ最後のポーズとっている俺、酷い顔してる。全然笑えないじゃないか。
「どうしたのおじさん。元気無さそうだよ?」
「ああいや、なんでもない」
「あーっ、わかった!ホテルじゃないからガッカリしてたんでしょ?」
「してないっての!ちょっと酷い顔してるなぁって思っただけだよ」
まぁ死のうとしていた奴の顔なんて大体生気の無さそうな顔しているよな。目は真っ赤で頬は痩けてるし酷いものだ。
「そっかなぁ?そこそこ素材は格好良いと思うけど。あ、でも!」
美玲はこちらを向くと俺の頬っぺたを力一杯掴んでくる。
「いたた、ふぁにするんだ」
「無精髭、剃った方がいいよ。余計おじさんに見えるから」
髭か、そういえば会社が潰れてからそんなことも気にしたこともなかった。
「ああ、わかった明日ちゃんと剃るよ」
明日か、自分で言っておいてなんだけど美玲に会うまで俺は今日死のうとしてたんだよな。それが気がついたら明日の事を考えている、これってなんなんだろう。美玲は好き放題やっているだけだけどそれに振り回されながらも少し楽しんでいる自分がいた。
「よし、それじゃ次はクレーンキャッチャーにいくよ~」
「はいはい、もうどこにでもついていきますよ」
出来上がったプリクラを手にはしゃぐ美玲の後ろ姿を見ながらこのよくわからない出会いも良かったのかなぁとしみじみ思うのだった。
『終わったら次の人のためにさっさとどきなさい!Go to HEEEEEEEEELL!!』
銃を持ったカボチャ人形の声(なぜかやたらと大音量)を背中に聞きながらプリクラコーナーを後にした俺達は今度はクレーンキャッチャーコーナーにやってきた。
「ええっと、あれだ!」
着くなり美玲は一台のクレーンキャッチャーの前に駆け寄ると
「おじさん、あれ取って!」
と一つの人形を指差す。
「あの黒猫か」
「そうあれ!」
大量にある眼鏡をつけたハロウィン人形とミニシルクハットを被ったハロウィン人形の山の中にポツリと一人転がっている三十センチほどの大きさの黒猫のぬいぐるみを美玲は御所望のようだ。
「これくらいなら俺に任せとけ、俺はこれでも学生時代は台の人形根こそぎ取ったこともあるんだからな」
「そうなの?なんか嘘臭いけど私、おじさん信じるよ!」
俺は財布から百円玉を取り出すと硬貨投入口に放り込む。
「まぁ見てなって」
目標捕捉、横に転がっている黒猫をじっと睨め付けながらボタンを押す。クレーンがフラフラと振り子のように揺れながら俺の視界に入ってくる。
「そしてここ!ボタンを離した後ちょっと滑るからな」
「本当だ、おじさんすごい!」
俺の言う通りクレーンはボタンを押してから少し滑って止まりちょうどその奥には黒猫のぬいぐるみが見える。あとは奥行きを考えてボタンを離せば問題なく取れる!
「これで、完璧・・・・だ!」
タイミングよくボタンを離すとクレーンはゆっくりと開き下降、黒猫のぬいぐるみをがっちりと挟み込む。
「おじさんやったね!」
「まぁざっとこんなもんよ」
ここまでくればもう勝利は確定、後は美玲に俺のクレーンキャッチャー武勇伝を熱く語るだけだな・・・・と思った矢先
ぼとっ・・・・と俺たちの目の前でクレーンからぬいぐるみは落ちた。
「くっ、もう少し左なら穴に落ちてたのに!」
勝利は既に手中にあったと思ったのにまさかほんの少しの間ぬいぐるみを掴んでいる力もないほどクレーンが弱いとは思わなかった。
「うわ、このクレーンの挟む力・・・・弱すぎ」
「ま、まぁ次は取れるよ。そんなに落ち込むなって」
しょげかえってる美玲の頭をポンと撫でると俺は財布からもう一枚百円玉を取り出し投入口に放り込む。
あとちょっとなんだ、すぐに取れるだろうと思ってやり出したのが運のつきだった。
・・・・五分後
「すまない美玲、野口先生を百円玉に変えてきてくれ」
「はーい」
・・・・更に十分後
「美玲、悪いけど樋口さんを百円玉にしてきてくれ」
「う、うん」
・・・・一時間後
「美玲、諭吉さんを・・・・」
「もういいよおじさん、無理しなくても」
「いや、いやいやいや!無理なんかしてないぞ俺は」
無理はしてないけど意地にはなっている。どうやら最初のぬいぐるみを掴み持ち上げるところまで行けたこと自体がかなりの奇跡だったようでそれからは掴みはすれど持ち上がる前にクレーンからこぼれ落ちてばっかりだ。しかも運の悪いことにぬいぐるみが壁の隅に転がっていったせいでクレーンの片一方が壁で完全にブロック、もはや手としてはぬいぐるみについている吊り下げ用の輪にクレーンの片一方を引っ掻けて持ち上げると言うなんだか高度なテクニックが必要になってきた。
「おじさん、店員さんに言って位置変えてもらおうよ。私みたいな美少女が言えば一発だと思うよ?」
「いやダメだ。そんな邪道俺は認めないからな。とりあえず千円だけでいいから両替してきてくれ」
「はいはい、んもぅ面倒なおじさんだなぁ」
ちょっと呆れた様子で俺から一万円を受けとると美玲は両替機の方へ歩いていく。
ここまできて諦めるなんて考えがでるほど消費した金は少なくない、こうなったら意地でもとってやるんだからな。
ゆらゆらと動くクレーンを凝視ながらそんなことを思う。
しかし俺はなんでこんなことに一生懸命になってるんだろう、さっきまで死のうとしてたのにな。
思わず苦笑してしまう、だが多分これで良かったんだろう。
「おじさん、両替してきたよ」
「ありがとな、でもその必要なかったかも」
今日だけでいくら使ったのか思い出したくないが今回の操作は完璧に上手くいった。ゆっくりとクレーンが下に降りてきてぬいぐるみの頭についている紐に引っ掛かると今度こそしっかりとぬいぐるみはつり上がり落とし口に辿り着いた。
「おじさんすごい!」
程なくして景品払い出し口に落ちてきた黒猫のぬいぐるみを拾い上げ美玲に手渡す。
「ざっとこんなもんよ」
「ありがとうおじさん!これね、ずっと欲しかったんだ」
なんていうかとんだ散財だったけどそれでも黒猫のぬいぐるみを大事そうに抱いて笑う美玲を見れたのならそれで満足だ。
「それじゃそろそろおじさんのおまちかねの場所、行こ?」
「おまえちかねの場所ってどこだよ」
わざとらしく俺の腕に身体を寄せてくる美玲に冷たく言い放つ。
「えーそれ言わせる?だってお金欲しいもん、ホ別苺でどう?」
「お前そんな台詞言うの初めてだろ」
俺はさらっと言ってのけると美玲の額を軽くツンと指で弾く。
「あれ、なんでわかるの?」
「本当に金欲しいだけの奴があんな廃ビルの屋上になんて来ないだろ」
俺が自殺しようとしていた廃ビル、あんな場所に美玲みたいな子が不純異性交遊のためになんて来るはずがない。
俺が考えるに、美玲ももしかしたら・・・・。
「あはは、やっぱりわかっちゃうよね」
ばつが悪そうに笑う美玲。わかってしまったらわかってしまったらその笑顔を見るのがとても辛くなった。
「ちょっと公園にでも行こうか、コンビニで飲み物でも買ってさ」
「うん、いいよ」
少し暗い表情でそう言う美玲にこれから俺は辛いことを聞くんだろうなと思うと少し心苦しくもあったけど
俺でも、こんな俺でもなにか美玲の力になってやりたかったんだ。
「あーあ、私もビールが良かったなぁ」
深夜の公園、小さな街灯だけが照らすベンチに俺と美玲は座るとすぐさま美玲が愚痴をこぼす。
「文句言うなよ、大体美玲は未成年だろ」
「えーでもいいじゃんちょっとくらい、女の子には酔いたい夜もあるのよ~」
物欲しそうな顔でこっちを見てくる美玲に俺はコンビニ袋からノンアルコールのビールを取り出し手渡す。
「これで我慢しろって」
「それアルコール入ってないじゃん」
「いやだから未成年だろって」
呆れた感じで俺は言うと自分用のビールのプルタブを開けて一口喉に流し込む。正直言えば普段から酒なんて飲む方ではないのだが美玲のことを聞くのに素面ではどうも聞きづらかった
「あのさ美玲、ちょっと聞いていいか?」
「スリーサイズ以外ならなんでもいいよ」
ビールの苦味に顔をしかめながら俺は天を仰ぐ。真っ暗な空にオリオン座だけが薄ぼんやりと光っている。
「美玲もあそこに死にに来たんじゃないのか?」
俺の問いに美玲は黙ったままだった。黙ったままノンアルコールビールをちびちびと口にする。
それからしばらくして美玲はなにを思ったのかビール缶を地面に置くと
「ん~・・・・ねぇおじさん、膝枕して?」
「お、おい」
俺の静止も聞かずに美玲はベンチに寝転がり俺の右腿に頭を乗せ天を見つめる。
「おじさん知ってる?オリオン座のリゲルは『足の裏』、ベテルギウスは『腋の下』って意味なんだよ」
「いや、そんな豆知識いいから俺の質問に答えてくれよ」
美玲はじっと目を閉じて「しょうがないなぁ」と呟くいた後、意を決したように言葉を紡ぐ。
「私、後天性免疫不全症候群なんだ」
「えっ後天性免疫、なんだって?」
聞きなれない言葉に思わず聞き返すと黒猫のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた美玲がはぁと小さく息を吐く。
「後天性免疫不全症候群、わかりやすく言うとエイズだよ」
「エイズ・・・・」
その病名は大して学のない俺でも聞いたことのある病名だった。
「私ね、彼氏がいたんだけどちょっとしたことで喧嘩して今日みたいにフラフラと夜の街を歩いてたんだ」
小さい声、でもはっきりした口調で美玲は続ける。
「そしたらね、イケメンのお兄さんに声をかけられてさ・・・・凄く優しかったし彼氏に当てつけてやろうと思って付いて行っちゃったんだ」
「もしかしてそいつが・・・・」
俺の言葉に美玲は静かに頷く。
「エイズ感染者だったみたい。一夜限りの関係だったしその人、自分がエイズ感染者って知っているのかも今となってはわからないけど」
「でも今は薬とかで大分抑制できるんだろ確かエイズって」
小さい頃はエイズと言ったら死の病みたいなイメージだったが今では医学も進歩して完治とは言わないが発症を長引かせたり症状を抑制できると言うのは聞いたことがある。
「うん、ちゃんと薬を飲んでれば死ぬことはないって・・・・。でもね、それを彼氏に言ったらね・・・・『そんな奴と付き合えない』って言われちゃって」
何も言えなかった、俺だってもし同じ状況だったらそう言っていたかもしれないから。
「理解なんてしてもらえなかった、所詮は学生の恋愛だよね。ただやりたいだけなんだもん、気遣いとか全然なかったし。しかも酷いんだよ、あいつ私がエイズだってことを学校に広めてね・・・・おかげでいっぱいイジメられたよ」
「美玲・・・・。」
「こんな格好してるけど今はもう学校になんて行ってないんだ」
薄っすらと美玲の目尻に涙が溜まっている。
「誰にも相談できないし、もう一生普通の恋愛とかできないのかなとか思うと辛くて・・・・。あれ、いやだなぁ上を見てたら涙こぼれないと思ったのに」
「もういい、もういいよ美玲。もう何も言わなくてもいい」
俺は美玲の身体を引き寄せると強く、強く抱きしめる。ああもう誰にどう思われようがそんなことどうでもよかった。
「わわ、おじさん積極的だよ」
「美玲は凄いよ、俺なんかより辛い目にあっているってのにあんなに楽しそうに笑って俺を慰めてくれたんだよな」
「辛さなんて人それぞれだよ、それに私だってあそこにおじさんがいなかったら多分そのまま自殺してたと思うし」
「そうか・・・・」
俺だってあそこで美玲に自殺を止められてなかったらこんな感情を抱くこともなかっただろう。
「美玲はこれからどうするのかは知らないけど俺はもう少し頑張ってみようと思うんだ。美玲のあの楽しそうな笑顔を見ていたらなんか俺もまだやれそうな気がして」
「えへへ、それじゃおじさんが頑張るなら私も頑張ってみようかな。たぶん辛いこと、泣きたいこといっぱいあるんだろうなぁ」
「そうだな・・・・でも俺はあのオリオン座に誓って頑張るよ」
俺が天を見上げると美玲も同じように天を仰ぐ。
「オリオン座?」
「オリオン座だけはこの都会でもちゃんと見えるからな」
工場や車の排ガスが溢れる都会の空だけどオリオン座だけはぼんやりと輝いている。どんなに周りが暗かろうと瞬くその星達を見ればどんなに辛くても頑張れそうな気がしたからだ。
「そっか、じゃ私もオリオン座に誓って頑張る。でもね、どうしてもどうしても辛くて死にたくなったら」
美玲は俺から身体を離すとニッコリと笑顔を見せる。
「あの廃ビルの屋上に来て・・・・そうしたら私がおじさんと一緒に死んであげる」
「そんな日は来ないといいな」
「そうだね・・・・」
それから俺達は日が昇りオリオン座が見えなくなるまで抱き合い空を見上げ続けた。
美玲と別れてからしばらく経った。
俺を取り巻く環境は一切変わってはいないがあの日美玲と出会えたことは本当に良かったと思う。
俺は今、莫大な借金を返すために昼は工場、夜はコンビニでバイトとがむしゃらに頑張っている。
慣れない仕事に精神、身体の疲労もたんまりと溜まるが仕事終わりの帰り道、ノンアルコールのビールを飲みながら天に瞬くオリオン座を見るとなんだか心が落ち着く。
別れて数日は美玲に会いたくてふとハンバーガーショップやゲームセンターに立ち寄ったこともあったが結局美玲にはあれから一度も会えずじまいだ。
「あそこの廃ビル、今度潰して新しくビル立てるんだって」
そんなある日、ふとそんな噂を聞いた。
俺が自殺しようとして美玲に会ったあのビルが無くなる・・・・。
「死にたくなったらあの廃ビルに来て」なんて美玲が言うからあえて行かないようにしていたがそれが無くなるとは。
あそこは俺と美玲を繋ぐ最後の場所、気がつけば俺の足はそこへと向かっていた。
美玲に会えるかもしれない、そう思うと居てもたってもいられず足早に廃ビルの階段を駆け上がる。
真っ暗で何度も壁にぶつかったがそんなこと気にしない。
「美玲っ!」
勢い良く屋上の扉を開ける、だが・・・・そこに美玲はいなかった。
「ま、そりゃこんな夜にいるわけないよな」
わかってはいた、いるわけないじゃないか。けど少しだけ希望を持っていたのも事実だ。
「ははっ、帰るか」
そう呟いて踵を返し帰ろうと思ったその視線の端にとあるものが映る。
「あれは、美玲にあげたぬいぐるみ!!」
思わず俺は駆け寄りぬいぐるみを拾い上げる。忘れもしないゲームセンターで美玲のために取った黒猫のぬいぐるみだ。
見たところ最近置いたばかりなのか汚れも大してなく綺麗な状態だ。
「これって手紙、か?」
黒猫の首輪の部分には小さく折りたたまれた手紙が挟まれていた。俺は慌ててそれを引っ張りだすと広げて見る。
小さく綺麗な文字で書かれたその手紙、名前こそ書いてないがそれは紛れも無い美玲から俺への手紙だった。
『なになにおじさん、またここに来たの?』
「また来ちまったな」
『もしかして私がいるかもと思って来たのかな?』
「ああ、ちょっとは期待した」
『残念でしたぁ~私はここにはいません~眠ってなんかいません~♪(なんちゃって☆』
「なんだよ、それ」
『・・・・っていうのはちょっと嘘、本当は一回だけ辛くなってここに来ちゃったことあるんだぁ』
「そうなのか?」
『ちょっとおじさんにぎゅーっと抱き締めてほしかったんだど甘えちゃダメだよね』
「俺はいつでも抱きしめてやるぞ、一人身だしな」
『おじさん、借金大変だからって危険な仕事とかしてない?ダメだよそうゆうのは』
「危険はないよ、至って普通の食品加工の工場勤務さ」
『それに死にたくなったらここに来てなんて言ってるからここでおじさんと会っちゃったらダメダメ、私はまだ頑張れるよ』
「でも俺はちょっとは会いたいな、美玲に」
『おじさんがここに辛くて苦しくて死にたくて来たんだったら、このぬいぐるみを私だと思って頑張って』
「いつかまた会えるか、美玲?」
『つらくなったらオリオン座を見て「美玲も頑張ってるんだから俺も頑張らないと」って思って、ね?』
「オリオン座か・・・・」
手紙から目を離し空を見上げる。とても冷たい風が吹き抜けていくが俺の心はいつもよりずっと温かい。
星なんて殆ど見えない都会の夜空にオリオン座だけが綺麗に瞬いていた。
おわり
ただ今現在まだ掲載されてはおりません(;´Д`)
お題でた次の日には投稿したんだけどね・・・・・・
冬の陽と似た感じだけど狙った感が半端ないです、半端ないですぅー↑
まぁなんていうか、うん・・・・・こんな感じ
特に語ることもねぇ!!!!
なんかいつもだと小説書き終わった後、色々語りたくなるんだけどねぇ、印象薄いわこの作品
「もしかして不純異性交遊?」と読者が想像する余地を奪っている気もした……
が、出だしから勢いがあっていいと思う。
美玲も自殺しにきたって分かった後は、すごい。
それまでのくだらない会話・食事・ゲームが突然別の意味を持ってくる。
逢わなかったら死んでいた二人なんだと思ったら「くだらない日常が奇跡」という反転した状況が見えた。
「私がおじさんと一緒に死んであげる」というセリフは最高!
何とも言えないヤバさと美しさがある。
ラスト、直接会えず手紙と会話するのも切なくていい。
前半のMCのカボチャが出てくるのは、知ってる人には嬉しい遊びだね。
これ一日で書けるってすげえ
印象薄いってのは何だろう?
キャラ小説的じゃないとは思った。
本名が妙に字画が悪いので字画の良い名前にしようとおもった結果がこのちょっと痛い名前だよ!!
名古屋市在住、どこにでもいるメイドスキー♪
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