日記と小説の合わせ技、ツンデレはあまり関係ない。
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夜風楓
「それじゃそこの豚さん強行隊に火スペル『マジックアロー』を使用するよ」
巨大な炎の魔神と頭からすっぽりとローブを被ったオークの兵隊達を前に私の戦乙女がカード
から小さなホログラムのように浮かび上がり弓をひく
「むむ、えーとじゃそれにレスポンスしてスルトちゃんでレーヴァティンの能力を使用して、それに更にレスポンス、強行隊の能力を使用するでするよ~これでどうでする?」
同じようにカードの上にホログラムとして現れている炎の魔神がその手に持つ魔剣レーヴァテ
ィンを振り上げるとそれに呼応するようにオークの兵隊達が魔神の前に布陣をつくる。
きたよぉ、いつもこの連携に苦い思いをしてたんだよね・・・でも今回はちょっと違う!
私は手に持ったカードから一枚を引き抜くとテーブルの上に勢いよく置く。
「残念無念・・・・・・と、思いきや~ここで残ってる風のスペルで『エンジェルブレス』を使ってひめちゃんのスルトの能力を封じてっと」
戦乙女の背後からの強い追い風が魔神の持つレーヴァティンの炎を吹き消そうとする、瞬間ひめちゃんは大きく目を見開き自分の持っているカードとテーブルを何度か視線が往復させるが
しばらくしてうなだれるように肩を落とした。
「あう、ということは通っちゃうでするね・・・それで強行隊がやられて戦乙女さんパワーアップ
するから、うー陥落でするね」
テーブルの上ではホログラムの戦乙女が魔神の剣を軽々と避けそのまま袈裟斬りを繰り出して
いたが私もひめちゃんももうそれは見ていない、ホログラムの演出を待たなくても結果はもう
わかってしまってるからだ。
「ようやく五回に一回くらいは勝てるようになったなぁ」
「今の戦い振りなら大会でもいい所いけそうですよね瑞穂っち」
テーブルのカードを片付けながら楽しそうに話す私達をよそに瑞穂さんが相変わらずの仏頂面
で答える。
「私は下等生物同士の醜い争いなんかに興味は無いですね」
私達はハームステインを出発してちょうど一週間でシェイクランドに到着した、ここから出る
魔動力の船に乗って西の大陸タート村までいきそこで記憶を操る能力者のジ-ク=ダットリー
さんに会うのが今の目的。でも船の出港まではかなり時間があるので街の一角にある喫茶店の
オープンテラスでだらだらとカードゲーム『コンフリティックタロット』に興じていた。
喫茶店に関してはハームステインで失敗したから今回はちゃんとしたところ、おかしなパンが
でるような店じゃないから安心、安心っと。
「後七時間も先でするね・・・・・・・流石にずっとここにいるのも退屈でする。まさかお祭りのせい
で船の出向数が減ってるなんてタイミングが悪かったでする」
ひめちゃんが自分のカードを整理しながら呟く。お祭りというのはシェイクランドの第一皇女
であるフレア=シェイクランドさんの生誕十周年祭のことで祭りの内容にはフレア皇女のパレ
ードも含まれていているから安全面の対策として入国に関する事にはかなり厳しい警戒がされ
ているみたい、実際私達がこの街に入るときも物凄く厳しい入国審査があったくらいだ。
「それじゃせっかくのお祭りだしどこか行きます?」
「私は結構です、ただでさえ貴方達下等生物の争いで騒がしいのにこれ以上騒がしいところに
など行きたくありませんから」
私の提案を瑞穂さんは顔も合わせず無下に断る、まぁ瑞穂さんの返答は予想してたことだから気にしない。
「ひめちゃんはどう?」
「んーそうでするね、ちょっとデックの修正もしたいでするからもう少し後でよかったら一緒
に行けるでするけどかえちゃんシェイクランドの街は初めてでするよね?だったら先に観光してきたらどうでする?今の私が一緒に行くとずっとカード屋さんに篭っちゃいそうな勢いです
るよ。」
どうもひめちゃんは先程の勝負で私に負けたのが悔しかったのかテーブルに再びカードを並べ
難しそうな顔でそれを見つめている。冗談っぽくカード屋さんに篭っちゃうとか言ってるけど
この感じだとあながち冗談じゃない気もする
「じゃ私一人で行ってこようかなぁ、ちょっとお祭りの様子も見てみたいし」
私はどちらかというと瑞穂さんとは逆でお祭りみたいな騒がしい所が好きなほうだしじっとし
ているのが苦手なタイプだと思う、だから流石に喫茶店で後七時間も過ごすなんてことはでき
そうにもない。
「よし!やっぱり私一通り街をくるよ」
私は立ち上がると椅子に掛けてあった朱天月刃を背負う
「了解でする、お祭り楽しんでくるといいでするよ~」
「余計な厄介事は起こさないでくださいね下等生物さん」
「わ、わかってますよぉ!!」
まったくもう瑞穂さんは私をトラブルメーカーだとでも思ってるみたい、どっちがトラブルを
起こす性格してると思ってるんだか・・・でもそういうことは言わないでおこう。
「ふぅ~なんか変な感じだけど新鮮だな一人って」
ウェイトレスさんに外出の意を伝えると一人店の外に出る、よくよく考えてみれば記憶を失っ
てから今までまともに一人になることなんてそう多くなかったんだよね。
「さてっと、どこから見ようかな?」
軽く背伸びをしてとりあえず歩き出す、確かシェイクランドは水晶が名産だって言ってたから
クリスタルのアクセサリーとかからでも見て回ろうかな?
流石にフレア皇女の誕生祭ということもあって町の賑わいはハームステインのときよりも多い
感じ、ただ道は石畳で整備されているしあの暑苦しいかがり火もないのでそれほどの熱気は感
じさせない、どちらかと言えば大人の街って印象だ。
私はそれからしばらく出店を物色しながら歩き渡った。やっぱりどんな店でも面白そうなアイ
テムが並び私の興味を引く、虹色の煙をだす香炉とか変な猫の灰皿とかなんだろうこう絶対に
つかないでしょーって無駄な置物ほどなにか欲しくなるんだよね。
まぁでも今は見るだけで資金的にそんなものを買っている余裕は無い。私達の資金はそれぞれ
三等分してもっているんだけど西の大陸へ行く船代でそのほとんどが消える、ここで変な物買
って「船代、足らなくなっちゃった~てへっ♪」なんて瑞穂さんの前で言えるわけないじゃない!
けどまぁ手ぶらで帰るって言うのもなんだか忍びない、私は胸ポケットに直接入れている紙幣
の束を取り出しそこから船代を引く計算をしてみる。
「んーえっと、これが千の単位で、これがえっとなんだっけ十?」
異世界のここでは普通に文字を見ただけではただの幾何学的な模様にしか見えない、まぁそれ
は当然といえば当然なんだけど実はちょっと集中してみると何故かそれが読めるようになる。
読めるだけじゃない、集中して書こうと思えば別にこの世界の文字を勉強したわけでもないの
に頭にひらめいてくるから不思議だ。なんだろう?世界が自動翻訳してでもしてくれてるのか
な?
「えっとだから結局いく──ひゃぅ!!」
そんな事を考えながらぼけっとお金を数えていると突然なにかにぶつかった、よく見ると私の
腰ぐらいの高さで金髪のツーテイルに妙に高級そうなドレスを着た女の子が鼻を擦っている
「あ・・・ごめんなさい、大丈夫?」
とりあえずぼけっとしてた私が悪いのでとにかく謝罪をする・・・って、よく考えたら私が前見て
なかったのも悪いんだけど立ち止まってたんだから向こうがぶつかってきたような気もする
「いったぁ・・・・・・ちょっとどこ見てるの!ってそれどころじゃないわ、ちょっと背中借りる
よ!」
え・・・・・・あ、なにこの子?
私の返事を待つ前に女の子は少し涙目で言うとすぐに私の後ろに隠れてしまう。
なんだろう喫茶店を出る前に瑞穂さんに厄介事を起こすなって言われたのにこれはもう巻き込
まれモード?
「白い兵装の奴らが来たら適当にごまかして!大体ただの応援スタッフなのにしつこいのよ」
「え、あ・・・はい」
よくわからないまま生返事で答えてしまった、ううっ・・・・・・完全に変な事に巻き込まれてるな
女の子の言う白い兵装の人達はすぐに現れた。辺りを見渡すように来たのは左胸にシェイクラ
ンドの紋章をつけた女の子。ちょっとシェイクランドの兵士に追われてるってなにをやったの
よこの子は!
「きー全くっ!躾がなってないですわあの娘っ子は!見つけたら一から躾け直しっ!」
スレンダーな長身に緋色の長髪の子が甲高い声を上げて息巻くと後ろからもう一人の女の子が
かなりふらふらな足取りでやってくる。
「ちょっとシャオ・・・待ってよぉ、あ、歩くの早いよぉ」
だいぶ走ってきたのか肩で息をしながら藍色のショートボブの女の子が言う。
後ろで人の服を引っ張りながら隠れている女の子が言ったように確かにこの二人応援スタッフ
みたい、即席の物を着ているのだろうか服のサイズが合ってないようでシャオって呼ばれてた
子は胸がきついのか前のホックは閉じられておらずスカートもかなり短い、後からやってきた
もう一人の子に関して言えば服が大きすぎるのか袖から手がちゃんとでていなかった。
「いいポア?とりあえず我等ビックバードの基本理念、サーチアンドデストロイでいきますわ
よ!ここでばっしっと仕事をしてビックバードの名前を東の大陸に広めるのですわっ!」
「そ、そんな理念ないよ・・・・・・それにデストロイしちゃダメだって・・・」
デコボココンビといった感じの二人がそんな話をしている隙に私は女の子と気づかれないよう
ゆっくりと後ずさる、木を隠すなら森の中人を隠すなら人ごみの中って感じでこうまぎれてし
まえばそう簡単に見つかりはしないと思う。けど冷静に考えたらこの子を匿う理由も無いんだ
よね、なんか下手に匿ってこのシェイクランドの兵士さんたちに捕まったりしたらそれこそた
だじゃすまないような・・・・・・
「ねぇ、なにをやって追われているの?兵士に終われるなんてただ事じゃないんじゃ」
何か悪い事でもしたのなら説得して自首させるのが一番だとは思うので一応聞いてみる。
「それは当然自由のためよ、祭の主役が祭を楽しめないなんておかしいでしょ?」
女の子はそう頬を膨らませて言う、祭の主役?なにか今聞いちゃまずい言葉が出たような!
「あの主役ってことは──」
「わわ、ちょっとレガツィまできてるじゃない!!」
私の質問も途中でいきなり体を振り回される、あまりに突然の事に思わずバランスを崩して倒
れそうになった
「ちょ、ちょっとなにするのっ」
「黙って!あっちからも来てるの!」
女の子が目配せする方を見ると碧髪の若い兵士がこちらに向かって歩いてきている、正規の兵士なんだろうしっかりと制服を着こなしていて手には長い槍を持っている。碧髪の兵士さんは
シャオさんとポアさんの姿を確認すると周りを確認しながら二人に近づいていく。
「シャオさん、ポアさん見つかりました?」
「見つかってないから今こうしてサーチアンドデストロイしてるのですわ」
「あのっ、だからシャオ・・・・・・デストロイしちゃだめっ・・・・・・!」
うーむこれはまずいなぁ・・・・・・。
今ちょうど三人は私達の数メートル前で立ち止まっていて私は出店と出店のちょうど間にいる状態で後ろには下がれそうにないし出るには確実に三人の前を通らないといけない。
「流石にそろそろ本隊に出動してもらわないとパレードに間に合いませんよ」
「ほ、本隊なんかに連絡する必要はありませんわ!出ないと手柄が・・・じゃなかった騒ぎを大き
くするとそれを嗅ぎつけてくる奴らが必ず現れるものですわ、それを防ぐためにもここは少数
精鋭で早急にことをしゅらしゅしゅしゅーな感じで片付けるのよ」
三人の話を聞くにどうやら私の嫌な予感は当たってるみたい、パレードに祭りの主役・・・・・・こ
れはもう今後ろで私の服をぐいぐいと引っ張ってるこの女の子がシェイクランド皇国第一皇女
フレア=シェイクランドだということの確定を意味してるようなものだ。
これはもう素直にフレア皇女を引き渡した方が絶対にいいんだろうけど、それはフレア皇女が
絶対に許してくれそうにないしなぁ、ようはフレア皇女はこの祭りを楽しみたいがために城を
飛び出したって感じなんだろうね・・・・・・ってことはフレア皇女にある程度祭りを楽しませて自
主的に帰るように仕向けるしかないか
ああまったくなにやってるんだろう私
「ちょっとどうにかしないと見つかっちゃうじゃない!えーっと」
「私は夜風楓ですよフレア皇女様」
「え、あ・・・うー」
自分の正体がばれたことにいささか動揺している様子のフレア皇女を尻目に私は思考を巡らせ
る、かなりの至近距離とはいっても私自身はシャオさん達と面識はないんだからええっと・・・
「ちょっとお嬢さんお嬢さん!!」
思考を遮るようにすぐ隣で声がする。それは私達のいる横の売店の体格の良い割烹着を来たおばさんだった。店頭に出ている林檎飴と手に持った林檎をみるからにそれ専門で売っている人
みたい
「えっと・・・・・・」
「なんとなく状況はわかってるからね、ほら私の後ろを通っていきなよ」
そう言って手招きをするおばさん、見ると他のの露店の店主も状況をわかっているのか促すように後ろを通るよう指示する。それを後押しするようにセトラ皇女が急かすように言う
「なにぼけっとしてるの楓!さっさと進みなさい」
「え、あ・・・なんで私まで?フレア皇女様一人で行けば・・・」
「ついてきなさい、ボディガード役よ!ほらさっさといくー♪」
そのまま私は背中を押されるがまま路地の方へ歩く事になった、いやもうどうにでもなっちゃ
え!
「ふぅ・・・ご苦労、さすが私が見込んだ人ね」
大通りから一本離れた路地にでるとフレア皇女は小奇麗なスカートを払いながら言う、勝手に巻き込んでよく言うよ
「で、これからどうするつもりなんですかフレア皇女様」
「もちろんお祭りを楽しむのよ」
楽しむといっても大通りの方にはシャオさん達がいる、もしかしたら応援が来て大捜索な感じ
になっている可能性だって・・・・・・そう考えると今から大通りに戻ってもとても楽しめる状況な
んかじゃないと思う、かといって大通りから一本外れたこの通りは出店も出てなければ人通り
もほとんどない、あるとすれば通りに沿って流れている川くらいだ
「やっぱり戻った方がいいと思いますよ」
「やーだっ!」
私は何度目かとも思える台詞を言ったがそれを遮るようにフレア皇女は言葉を重ねすごすごと
歩き出す
「そんなことできないわ!どうせ怒られるなら楽しむだけ楽しんでからよ、だいたいあのまま
お城になんて篭っていたらパレードやらダンスパーティだけでお祭りが終わっちゃうじゃない、主役がつまんないってのが納得できないのっ」
パレードやダンスパーティ、それはもう物凄く豪華だというのは想像に耐えない。しかしなが
らそんな庶民には一度たりとも出る事が出来そうに無いイベントでもフレア皇女にとっては退屈でつまらないもののようだ、これだから世の中は難しい。
「だから私を説得して城に戻そうなんて無駄なんだからっ」
「はぁ・・・・・・」
やはり一国のお姫様ともなると我侭というかなんと言うか、とりあえず説得できそうにないってのはわかる。でもだからってこの現状どうすればいいんだろう
それからしばらく二人で歩く、静かに流れる川や遠くで聞こえる街のにぎやかな音とか人通り
の少ないこの路地を耳を澄ましながら歩くのもなんかいいなぁっとおもったんだけど
・・・・・・フレア皇女の不満は程なくして爆発した
「ちょっと楓!全然面白くないわ!なんにもないじゃない!!」
「面白くないって言われても困りますよぉ、お祭りは大通りだけなんですから」
「そこをなんとかするのが楓の役目でしょう?」
「い、いつからそんな役目になってるんですか私は」
「いいから何か面白そうな事ありませんの?」
なにがいいのかわからないけど仕方なく辺りを見渡してなにか面白そうなことをやっている所
がないかを探してみる
「あ、あそこ・・・・・・」
ちょうど向こう岸に渡るための大きな橋が掛けられているところの川原で若い男女が二人にか
なりの人数の子供達が集まっているのが見えた
「ほらなにかやっているみたいですよ」
「本当!何か面白そうなことやって・・・・・・ってちょっとまった!」
さっきまで人が居ない事をいい事に私の横を歩いていたフレア皇女があわてた様子で再び私の
背中に隠れる
「な、なんでこんなところにいるのぉ?」
皇女は思わず愕然と呟く
フレア皇女の行動を見るとなんとなく何が見えたか予想はついた。
「そりゃまぁこの国のお姫様なら知らない人のほうが珍しいんじゃ」
「そうじゃなくてこんな人通りの少ない川原になんの酔狂で貴族がいるのよってこと!!」
それはフレア皇女も同じなんじゃないかな?とも思ったがあえて言わないでおこう
「ともかくあいつに見つかったらお城に連れ戻されてしまうわ、素通りするわよ」
背中に隠れたままフレア皇女は言うがこの状態で歩くのは逆に目立ってるような気もするしか
なり滑稽な姿なんだけどどうやらわかってないみたい
「あー今度は五回も跳ねた!」
「もう少しで向こう岸だよー」
栗色の髪を短めに揃え同じ栗色のトレンチコートを着た爽やかそうな青年に子供達が集まる
「お上手ですね、御主人様」
そんな青年の様子を後ろから黒いメイド服に銀色の長髪、そして特張のある青い瞳をしたメイドさんが軽く微笑み拍手を送っている。
う~ん、まさにお金持ちの御曹司とそのメイドさんって感じだ
余計な事を考えながら私と皇女は滑稽なカニ歩きでその横を通り過ぎるのだが
「・・・・・・まさか気付いてないと思ってましたかフレア皇女」
後ちょっとという所で爽やかそうな青年が屈託ない笑顔で振り返って言う、まぁあんな歩き方して見つからない方がおかしいんだけど
「うむむむっ!やるわねデュラン=フェンバート!こうなったら仕方ないわ楓やっちゃいなさい!!」
私の背中からひょっこりと顔をだすと思いっきり指を突き出し命令するフレア皇女
「って、やりませんよ私は!!」
全く無茶を言うんだからここで私が戦ったりしたらそれこそまさに皇女誘拐犯みたいじゃない!
「楓のその背中の剣が大きすぎるから見つかったのよ!ほらその責任を取ってやっつけちゃって!」
「そ、そんな無茶を言わないでくださいよぉ」
「フレア皇女様、あまり人を困らせてはいけませんよ」
困惑顔の私に爽やかそうな青年───デュラン=フェンバートさんが助け舟を出してくれるがその様子を見てフレア皇女の機嫌は更に悪くなる
「絶対に戻らないわよデュラン、まだ全然祭りを楽しんでないんだからっ!」
そう言うとフレア皇女は離れまいとギュッと服を掴む
「困ったなぁ。エイミス、パレードまで後どれくらいだい?」
「二時間弱ですが衣装の準備の時間も含めると一時間半位ですね」
銀髪のメイドさん────エイミスさんが懐中時計を見ながら告げる。それを聞いたデュランさんは少し考えるような仕草をすると次に意外な答えを出す
「しょうがない、一時間ほど見逃がしてあげますよ。フレア皇女の気持ちもわからなくはないしね」
「えっ!本当に!?」
デュランさんの言葉に先程とうってかわってフレア皇女は笑顔を見せる、まぁ私にしてみればかなり困った答えなんですけど・・・・
「し、しかし御主人様」
「大丈夫だよ、見逃すといっても表通りには今も兵士達が探してるだろうから行けないし裏通りには出店はない、結局ここで遊ぶ他選択はないんだから」
心配そうにたずねるエイミスさんにデュランさんは表情穏やかに答える。その言葉の本当の意味にフレア皇女は気づかずにはしゃいでるが私にはなんとなくデュランさんの意図が読めた気がした
「それに僕達と一緒なら見つかってもお叱りも少ない、これはもう姫様ならおわかりですよね?」
「ん、それって遠まわしにここで 遊んでいけってことかしらデュラン」
「いえいえ“遊んでいけ”なんて命令はしていませんよ、ただ聡明なシェイクランドの皇女様ならいわずもがな最良の選択をしてくれると思い軽い助言をさせていただいたまでですよ」
デュランさんは微笑み軽く頭を下げるとそう告げる。なんていうんだろうかなデュランさんは
人心掌握が上手いというか言葉巧みに人を操る術を知っているというか・・・・・・渡世術?こうゆうのが上手だからお金持ちなんだろうなって思う。
「ま、まぁそれくらいの事言われなくてもわかってましたわ!」
・・・・・・フレア皇女ほど操られやすい人も珍しい、かな
「さて楽しませてもらうわよ貴方達」
軽い足取りでフレア皇女は川原へ降りると子供達輪に割って入る。子供達とフレア皇女は見た感じ歳は同じくらいだけどやっぱり一国のお姫様の相手ともなるとやはり先程デュランさんと遊んでいた時よりも表情固い。
「はは、ほら皆フレア皇女と遊べる機会なんてめったにないんだからこうゆうときは楽しまないと」
そう言いながらデュランさんもフレア皇女と子供達の輪に混じっていく、子供達の緊張をとるための行動なんだろうけどそれを見て私の緊張も解けた
「はぁ~っ、なんとかこれで皇女誘拐犯として捕まらなくてすみそう」
「おつかれさまです、今紅茶を淹れますので楓さんもよかったらどうぞ」
エイミスさんは妙に高そうなシートを広げると大きなバスケットからこれまた高級そうなティーセットを取り出し準備をする。
「う~ん、じゃお言葉に甘えて」
このまま帰っても良かったんだけどせっかくエイミスさんが淹れてくれるというのを無下に断る理由もないのでいただくことにした
「ちょっとまってくださいね、温度調節が難しいんですよこれ」
赤い宝玉のようなものがついたポットを眺めながらエイミスさんは言う。多分あの宝玉から熱が発生して中の水を温める仕組みなんだろう、かなり便利そうだ。
「そうだ、楓さんその間に茶葉を選びましょうか」
湯が沸くまで結構かかるのかエイミスさんはバスケットから茶葉の缶を取り出す。
「この茶葉もいいですし、あ・・・・これも結構オススメですね」
・・・・・・って、もの凄い数なんですけど
次々と並ぶ茶葉の缶の量に唖然となる。というか茶葉ってこんなにも種類があるんだ。
缶の一つを手に取ってみる、紺色の円柱状をした缶に金色のラベルが貼ってあり“ホワイトリーフ”と書かれている、これが茶葉の名前なんだろう。
ん~いつもならここいらで“接続”して変な知識が流れてくるんだけどな、こうゆう知りたい知識の時には“接続”が起きないから困る
「いつもこんなに茶葉を持っているんですか?」
「え、ええ・・・・・・御主人様はそのときの気分で紅茶をお選びになりますからできるだけそれに答えられるようにしているのですよ」
ティーカップの上にストレーナーを置きエイミスさんは答える。穏やかに輝く銀色の髪に宝石のように綺麗な青い瞳、こんな人に想われているなんてデュランさんはつくづく人格者だなぁって思う。
「茶葉の方決まりました?」
「あ、じゃこれでお願いします」
結局最初に手に取った茶葉の缶を渡した、いやだって茶葉の種類なんて知らないから選びようがないのだもの。
「ホワイトリーフですね、かしこまりました」
エイミスさんは私から缶を受け取るとバスケットから温度計や砂時計を取り出し紅茶を淹れる準備をしだした。まるでなにかの実験みたいだよ・・・・・・
「はい、それではこちらがホワイトリーフのストレートティーです」
ほどよくして目の前にティーカップが差し出される、お湯の量を測ったり気温を測定したりと素人の私にはよくわからない行動をしてから出された紅茶に以前のラナさんのときのような不安を覚えたが出されたとき香ったこう鼻がすぅっと通る感じのいい香りにその不安もすぐに取り除かれた。
「それではいただきます」
軽く香りを楽しんだ後、口をつける。口に含んだ瞬間さわやかな香りと控えめな甘味が広がる、紅茶というよりハーブティーに近い味だが結構私好みの味だ。
「凄く美味しいですこの紅茶」
「そう言ってもらえると嬉しいです、ホワイトリーフは低発酵の茶葉ですからお湯の温度の調整が難しいのですよ」
エイミスさんの難しい解説を聞きながらしばし談笑する。こんな美味しい紅茶でもまだエイミスさんの納得いったものではないみたい、それはなんとなく表情から見てとれた。
「なるほど、こう言ってしまってはあれですけど災難でしたね」
私は一通りフレア皇女につかまった経緯を大まかに話した、自分の身の潔白だけは証明しておかないとトラブルになるからね。
「そういえば楓さんは旅の途中なのですか?」
「えっ、あ・・・・・・はい西の大陸まで、でもよくわかりましたね」
ん~自分でいうのもあれだけど見なれない謎の少女風の格好のせいかな・・・・・・っと思った所でエイミスさんがティーカップをすっと上げた
「なんとなくそうかなとカマをかけてみたのです」
「ああ、なるほど」
「どちらからいらしたのですか?」
「あ、え~と・・・・・・」
本当にどこから来たのだろう私は
思わず答えに困ってしまい視線を川のほうへそらす
「ちょっとデュラン!あなたの言われたとおりにやっているのに全然跳ねないじゃない!」
「もっとこう叩きつけるんじゃなくて水平に滑らす感じで投げるんですよ」
川の方ではデュランさんとフレア皇女、そして子供達が楽しそうに石を投げ水切り遊びを楽しんでいる。そんな様子を一瞥して再び手元のティーカップに写った自分の姿を見つめなおした
「私、記憶がないんです。気がついた時にはハームステインの砂漠にいてそれ以前の記憶はまったく」
あまり人を巻き込みたくない、デュランさんやエイミスさんのような人なら助けを求めれば力を貸してくれるとおもうけど私の中にはもう一人のわたしがいる。一週間前姫奈と戦った時のような事がまた起こってしまう可能性だってないわけじゃないし、そう考えると本当は記憶の事言いたくはなかったのだけど
「あ、でも西の大陸に記憶を呼び戻せる人がいるみたいなので大丈夫みたいです」
・・・・・・だけど嘘もつきたくなかった、こんな嘘ついた所で大した事ではないけど別のわたしの意思がそうさせたのかも───
───別のわたし
「っう・・・・・・」
頭の中が揺れ強烈な嘔吐感に襲われる。私は思わず紅茶を喉へ一気に流し込む、ホワイトリーフの清涼感でかなり嫌な気分は拭われた。
「どうかなされましたか?」
「い、いえ別にちょっとむせただけです」
心配そうな顔をみせるエイミスさんに笑顔で答える。
考えてはいけない、そしてエイミスさん達を巻き込んじゃいけない!
「あ、私そろそろ行かないと」
船の出港まではまだ時間はある、名残惜しかったが至しがたない
「・・・・・・エイミスさん紅茶とっても美味しかったです。あと───」
横目にフレア皇女を見やる、どうもまだ水切り遊びに悪戦苦闘をしているみたいだ
「フレア皇女の事お願いします」
「はい、楓さんも大変でしょうがお気をつけて」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
フレア皇女に気付かれないように控えめに言うと踵を返しまるで逃るように走り出した。
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夜風 楓
──私は本当にお姉ちゃんが好きだったのかな?
私はあのときなにを考えていたのだろう…?私のことだ、きっと浮かれていたのだとおもう
──本当はお姉ちゃんなんて嫌いだったのかも
私はずっと大好きだったあの人と手をつないで夕刻の街を走る
その人はお姉ちゃんも好きだった人…
知識も体力も人徳もすべてが完璧で私なんかがどうやっても辿り着けない領域の人
そのお姉ちゃんから何かを奪った優越感で一杯だったのかもしれない
なんて醜い、けど私にできるささやかな抵抗
赤い、赤い、赤い……
夕焼け、あの人の顔、赤い靴──
「……でも全部そういう設定、なのよカーレア」
記憶という渦に巻きこれている自分に言い聞かせる、だがその渦は決して私を放そうとはしな
い、むしろより深いところに引きずり込むように流れが激しくなる
そしてその日の最後に見たのは大好きなあの人の顔でも、お姉ちゃんの顔でもなかった
目の前に広がっていく真っ赤な血と温もりが消えていく自らの体
────!!
「うぐ…っぅ……ぅ」
気持ち悪い嗚咽とともに覚醒した、悪夢の中でも最悪な目覚め。両手両足を鎖につながれてい
るせいで体のあちこちは痛いし、喉もガラガラに渇いてしまっている
カーレアは今多分転寝をしているのだろう、自分の運命も知らずに暢気なものだ
だがカーレアが転寝だったおかげであまり深いところまで見ることなく済んだのだからある意
味感謝してもいいのかもしれない
「…なにを考えているんだろうわたし」
わたしがどんな事を思おうがわたしにあるのは冷たい大理石の上で目隠しをし鎖につながれて時がくるのを待つだけの世界しかない、そこにわたしの意志、わたしという存在すらもない
大体それは私の記憶であってわたしの記憶ではない……そんなものを悪夢に見るなんてなにか
おかしい
ふとこちらに近づいてくる足音があった、足音の数からおそらく四人ほどで音の間隔からする
と三人は身長180ほどある男性で残りの一人は間隔の狭さからおそらく女性……女性はわた
しの食事係をしている紗希だとおもう、なんとなくだけど
足音がちょうど私のいる部屋の前で止まる、すぐにカチリという鍵の外れ重々しく扉が開いて
いく
……食事の時間?いやまだそんな時間じゃないはず、そもそも時間なんてわかんないんだけど
食事はいつもは紗希が一人で持ってくるはずだし今の今までそれ以外のことでこの扉が開いた
ことはない
──ただただなにか嫌な予感だけが過ぎる
静かにこちらに向かってくる足音が聞こえる。食事係の紗希ではない、男性の足音だ
「んーあの子が今回の目玉の子か~あんなに鎖で縛って大丈夫なのかねぇ?」
この声聞いたことがある、確かいつも紗希を迎えに来る危険な男だ
「いわば人であり、また神でもあるのですよ彼女は、この程度のことでは死のうにも死ぬことはできませんよ」
近づいてきている男はそう言うと私の目の前まで歩いてくる。わたしを神というこの人、間違いない私がずっと待ち焦がれていたあの人だ
「その子は死なないかもしれないけどよぉ・・・こちとらまともな情報をくれないと命が危ないんだぜぇ、そこんところわかってるのーかなぁ?」
「グレッグマン、リスティア=リースリングのことについてはこちらでも予想外のことだったのだ、致し方ないことだろう」
危険そうな男が大声を張り上げるがすぐに落ち着いた年配風の声色の男がそれを制する
「ブラックフォンのおじじには聞いてないってばぁ~雇い主のイグジットさん、あんたにきいてるんだよねぇ~」
会話からわかるのはあの紗希を迎えに来る危険な男がグレッグマン、おそらく暗殺者かなにか
だろう。そしてもう一人いるのはブラックフォンという人物、多分この人はあの人の部下だと思う。
そしてあの人の名前はイグジット…
何故私はあの人の名前をいままで忘れていたのだろう?私をここに連れてきた私の愛する人の
名前を…
「リスティア=リースリング、彼女の後ろにはサイル=イージスがいるからね。おそらくもう
僕達のことにも気がついているんじゃないかな?だからこそ凄腕の暗殺者である君にお願いし
たんだけどこれくらいの事で仕事を降りるなんて言い出さないですよね?」
男性なのに透き通ったように部屋に響くソプラノの声、あの人──イグジットの声は自然と心を落ち着かせ身をゆだねてしまうようなそんな不思議な声
「降りるとは言ってないんだねぇ~でも二度目ともなると向こうも警戒してくるだろうしねぇ」
「いいでしょう、成功報酬を二倍にします。」
軽く嘆息するようにイグジットが答える。だがその嘆息もなにか飾り気のある感じの嘆息
こうなることをとっくの昔にわかっているかのようだ
「んーやっぱり物分りのいい依頼主はいいねぇ~んじゃまぁ早速準備にはいるとしますか、行くよ紗季たん」
二つの足音がそのまま遠ざかる。前のグレッグマンの口振りから退場したのはグレッグマンと
紗希の二人だろう、そして二人がいなくなってしばらくして今度はブラックフォンの声がした
「いいのですか成功報酬二倍などと言って、ただでさえ奴の成功報酬は破格の値だというのに」
「問題ないさ、“成功報酬”としか言ってないからね。成功しなければ受け取れない金、サイルやリスティア相手にそうだな彼は五分の勝率といったところ、そして彼は本当に命を賭けることはしない、命を奪うか奪われるかの僅差の戦いになれば必ず彼は逃げを選ぶそういう人さ」
そう静かに言いながらイグジットは手でわたしの髪を梳く。
「……!」
髪を梳いた瞬間全身の力が抜け時が止まってしまったようにイグジットに身を任せてしまって
いた、猿轡だとかはされていないので喋ろうと思えば喋れるのだがなぜか声にならない
「けど別に彼が悪いわけではない、人間として当然の考えだよ。金は無くなってもまた手に入れることはできるが命はそうはいかないからね、五割の戦いに命は賭けるのはリスキーさ」
イグジットはそこまで言うとわたしの髪を梳くのを止め今度は軽く顎を引き寄せた
「…でもその五割の勝率を十割にすることも勝つ人間を変えることも君なら可能だ、覚醒
はまだ先のようだがね」
覚醒?覚醒とはなんのこと?ただそれを聞こうにも声が擦れまともに声が出ない
けど覚醒という言葉を聴いたときなぜか体の奥が熱くなっているのだけを強く感じた
「だがいつか君は運命を操れるようになる、そうセドナの女神のように」
セドナの女神?そう思った瞬間に私の唇に暖かいものが触れる
「───っ!!!」
──唇、あの人の唇だ
だがそんなずっと好きだった人の口付けもなにか無機質で無感情に思え、そして私は悟ってし
まった
ああ…イグジットは本当にわたしが待ち焦がれたあの人だったのだろうか?
多分違う、本当は私が待ち焦がれていた人なんだ
そう無理に決めつけたところで突然わたしの意識は闇に落ちた
すべてを逃げるかのように
私はなにかに促されるように目を開く
またあの夢、記憶を失ってから二度目の夢。今回も大理石の冷たさ、誰かよくわからない人と
キスをした感触だけはしっかりと残っていた
「ファーストキスが夢の中…っと、ファーストキスかどうかもわからないんだけど」
目の前の焚き火をぼんやりと見ながら唇を指でなぞり呟く、どうやら私は火の番をしている途
中で転寝をしちゃってたみたい
姫奈ちゃんの師匠という水栗妖花さんと別れた私達一行はそのまま大陸を東へ少し進み小さな
森の中で野宿することになったの
「はぁ…やっぱりあの火の番の決め方納得いかないなぁ」
真っ暗で静まった中夢の事なんてそうそうに忘れておもわず一人で愚痴る。
野宿をする上で火の番は重要だって瑞穂さんが言うものだからその火の番の時間を昼間に姫奈
ちゃんが大量に購入してたあのカード“コンフリテックタロット”で決めることになったんだ
けど、私ルールも大して理解してない初心者だよ、そんな状態で上級者の姫奈ちゃんや瑞穂さ
んに勝てるわけがないんだよぉ
結果もちろん最下位は私、二連敗…一応姫奈ちゃんに重複してるからってもらったレアカード
の戦乙女だかなんだかで頑張ったんだけどね
二位は瑞穂さん、「こんな下等生物がやるようなゲーム、私には似合いませんわぷんすかぷん」
とか言いそうなのにちゃっかりマイデックなんて持っていて、まぁプレイスタイルは性格が表れてるといったらいいのか嫌らしくかつ堅実な感じだった、でも意外なことに姫奈ちゃんには
手も足も出せずあっさりと負けてしまう、なんでも昼間姫奈ちゃんがでたレアカードが戦況を
大きく変えるものだったらしい
そんなわけで一位の姫奈ちゃんが一時間、二位の瑞穂さんが二時間、それで最下位の私が三時
間火の番をするという時間配分になったのだ
「もしかしてこれからずっとこんな感じなのかなぁ、だったら明日に備えてデックつくりを」
そう思ってデックケースを取り出した瞬間急に辺りが真っ暗になった。そしてすぐに焦げ臭さと煙が充満する
こ、これってまずくないですかぁ?
私がぼけっと考え事してるから焚き火はもう燃やすものもなく燻っている状態になっていた。火起こしなんてやったことないからおそらくやったとしても燻っている火を消してしまうのが
目に見えてるし。ああ、こんなところを瑞穂さんなんかに見つかったら
(全くまともに火の番もできないんですかこの下等生物は)
言われるな、確実に言われる…
そうなるともう私が助けを求められる人は一人しかいない、確か姫奈ちゃんなら火を発生させ
る魔法の道具を持っていたはず
「瑞穂さんを起こさないように姫奈ちゃんを起こす!これしかないね」
私は腹を決めて慎重に近くに立ててあるテントまで歩く。事なににつけても敏感に反応する瑞
穂さんを起こさないように鈍感な姫奈ちゃんを起こすなんて無理な話なんだけどやるしかない
「そぉっと…失礼しまぁす」
小さなテントに顔だけ覗かせる。
「あれ、姫奈ちゃん…?」
薄暗いテントのなかをじっと目を凝らして見るが中にいるのは瑞穂さんだけで姫奈ちゃんの姿
は見えない、トイレかなにかかとも思ったがきっちり寝袋が畳まれているのを見るとどこかに
出かけたって感じだけどいったいこんな夜中にどこへ行ったんだろう?
「ん~?」
頭を小突いてなにか行きそうな場所を考えるがこんな森の中これといっていくような場所もな
く、唯一あるとすれば───
「ここから南にあるとか言ってた湖くらいか」
あの姫奈ちゃんが私達を置いて先にシェイクランドへ進んだり、ハームステインに戻ったりは
しないだろう、だとするならその湖闇雲に森の中を探すよりかは圧倒的に行きそうな確率は高
い…気がする
「と、とにかく私の次の火の番は瑞穂さんなんだから急いで姫奈ちゃんを探さないと」
テントから静かに自分の刀を引っ張り出すと背中に背負った、重くてやたら長くいけどこ
んな真夜中の森の中に松明もなく進むってのはなにと遭遇するかわかったものじゃないしないよりかはましだと思う
「待ってても姫奈ちゃんの火の番はもっと先だから帰ってくるのだいぶ後かもしれないし、よ
ぉーし姫奈ちゃん捜索隊出動よ!」
私は大きく息を吸い込むと一気に森の中へと駆け出した
駆け出した、駆け出したのはいいんだけど…
教訓、よい子は真夜中に森の中に入らない!!
「…はぁはぁ、疲れた」
なんとかして湖までついた頃にはもう息も切れ切れしていた、湖まではさほど距離がなかった
んだけど明かりもない森の中を走ったものだから何度となく木の根に足を引っ掛けて転んだり
正面から木にぶつかったりと…ううっ、ぶつけたおでこがまだ痛いよ
こ、これで姫奈ちゃんがいなかったりしたら泣けるなぁ
おでこを擦りながら少し小高い位置から湖全体を見渡す、湖は結構広くまた夜空に浮かぶ月?
が水面に映っているため森の中よりは大分明るい
「いるかなぁ~ひーめーなーちゃん、いたっ!」
ちょうど私のいる丘から湖をはさんで反対側にかすかに赤い袴が見える、顔までははっきりわ
からないけどもうこんな異世界の森の中に巫女って言えば姫奈ちゃん以外にありえない
「よぉーし!」
丘を滑り降りると全速力で駆け出すが、勢いがつきすぎて止まれなくなる事に気がつけるほど
私って頭の回るほうじゃないみたい、姫奈ちゃんと目が合った途端にまたつんのめって転んだ
これって物凄く恥ずかしいような
「あ、楓ちゃん?どうしてこんなところへ…っというか大丈夫でする?」
「う、うん…なんとか。姫奈ちゃんにちょっと用事があって」
さっきから本当全くなにやっているんだろう私、ドジもいいところだよ。
「用事ってまだ楓ちゃんって火の番じゃないでする?もしかしてなにかあったんでするか?」
「確か姫奈ちゃんって火を発生させるアイテム持ってましたよね?あれ貸してほしいんです」
「火を発生させるって、これでする?」
姫奈ちゃんが袖口から取り出したのは手の平に入るくらい小さい真っ赤のガラス玉のようなもの、あの中に火の魔力を閉じ込めていて魔法を使えない私達でも覆っているガラスを割ること
で魔法のように火を発生させれるっていう便利なアイテムって話だ
これさえあれば瑞穂さんに怒られずにすむ!
「そう!それですっ!」
思わず手を伸ばすが何故か姫奈ちゃんは見計らったようにアイテムを持った手を引っ込める
なんだろう、姫奈ちゃんがこんなことをするなんてちょっと意外というかなんというか予想外
「あれ?姫奈ちゃん?」
「なんとなく楓ちゃんがここに来た意図が読めたでする、楓っち火を消しちゃったでするね!!」
「うっ!」
思わず後ずさる。図星なだけに言い返すこともできずに私は罰が悪そうに後ろ首を掻くしかないかった
「は、はは……まぁその、はい……消しました。それで瑞穂さんに言うとまた怒られるだろうから姫奈ちゃんを頼りにここまで来たんです」
「だったら勝負でする」
「うんうん、じゃ勝負って……勝負っ!?」
思わず耳を疑うその言葉、勝負って私と姫奈ちゃんとで?
「師匠に言われたでする、強い人と組み手をするのが上達の秘訣だって。だから私と勝負して
欲しいでする、それで楓ちゃんが勝ったらこのアイテムをあげるってのはどうでする?」
「つまり真剣勝負にするために何かを賭けて戦うってことですか、ええっと私が負けた場合は?」
「んー楓ちゃんが負けるなんてことはないとおもいまするが、じゃもし私が勝ったらわたしの
言うこと一つ聞いて欲しいでする」
しょうがないな、無下に断るわけにもいかないしこの勝負受けるしかないか
私の次の火の番は瑞穂さんだ、そう時間はかけていられない……速攻で勝負を決めないとここ
までわざわざ出向いたことが水泡になる
「わかった姫奈ちゃん、その勝負受けます!」
「それじゃ決まりでするね~」
姫奈ちゃんは軽く笑顔を見せると踵を返して私から距離をとる、夜中だってのにいつも元気だなぁ
「よぉし……!」
私は軽く息を吐くと背中の刀に手をかける。こんなことをするために刀を持ってきたつもりじゃなかったんだけどこうなってしまったからにはしょうがない
中程に更に持つ部分が存在する異形の刀。細身だけど私の身長よりも更に長いためその分ずっ
しりと重い、そして記憶を失う前の私はよくこんな刀を使ってたと感心するほどに使いづらい。
「いくでするよ楓ちゃん!!」
言うが早い、姫奈ちゃんは刀を上段に構え一気にこちらに走り出す、間合いとか読み合いとか
は完全に無視した猪突猛進
「えええぃっ!!」
「……っ!!」
勢いのまま姫奈ちゃんが振り下ろす刀を受け止める。受け止める、受け止めるの分にはこの刀
は使い勝手はいい、なんていったって刀の中程を持てることで受け止める部分には一番力を掛
けやすいんだから、だけど──
「私だって負けません!!」
刀を前へ押し出すように踏み込み一気に距離を離すがすぐに姫奈ちゃんは距離をつめて刀を振
り下ろしてくる、これでは防戦一方だ
そう私はこの刀、防御には有利だとわかってはいるが攻撃にはいまいち感覚がつかめていない
両手で持っても重い刀を振り回すって事は明らかに攻撃をはずした後体勢を戻せず、隙も大き
くなる、その隙をなんとかするにはこの刀の異様な長さを利用した遠距離からが考えられるん
だけどこの無策とも思える姫奈ちゃんの猪突猛進の近距離戦がそれを封じていた
それをなんとかして攻撃に転じないと守るだけでは勝てないよ
「せいっ!!!」
姫奈ちゃんの連続攻撃の最後の一撃が両腕に重くのしかかる
刀の重みがそのまま腕を伝わり疲労が蓄積する、おそらくこのままじゃ攻撃している姫奈ちゃんよりも先に私の方が力尽きちゃう
────姫奈の攻撃は粗いが隙というもの自体は少なく繋がっている、けど私とこの朱天月刃
を封じるには水栗流剣術では足りないわ
「…………えっ?」
また頭の中が一瞬切り替わった、この感覚砂漠で瑞穂さんと戦ったときやハームステインで買
い物をしてたときに時々あった感覚と同じ
「どうしちゃったでするか楓ちゃん!守ってばかりでは勝てないでするよっ!」
姫奈ちゃんの叫ぶ声で思考が戻るが体までは戻ってこれておらず上段の構えから放たれた強烈
な一撃に体勢が崩れる
「隙ありでするよっ!」
「っ!」
水平に放たれた斬撃をなんとか朱天──刀で受け止める。やはりなにかまたおかしくなってき
ている、姫奈ちゃんの攻撃による一撃一撃の揺れが体で受けている衝撃以上に頭の中に響く
ドクン、ドクン、ドクン
自分の耳を疑うほどに自分の鼓動が大きくなっている
──それは私の内側にいるナニカが「わたしを出せ」と扉を叩くかのように
なんなの?何が起こっているの?
私の疑問に答えてくれる人はいない、ただ見た目は変わらずとも私の内側で何かが変わってい
くのだけがはっきりと感じられる
一撃受けるごとに体の先からなにか別の者に書き換えられていくように力が抜けていく、だけ
ど体は私ではない誰かが動かし攻撃を防いでいる。
いつの間にか私はただ傍観者のように見ていることしかできなくなっていた
「そこでするっ!!」
続けざまに攻撃を繰り返していた姫奈ちゃんがこれで何度目かという強烈な一撃を放つ、受け
止めるだけでも腕に響いた一撃だがそれを今のわたしは紙一重で避け次の瞬間には一気に後方
に跳び姫奈ちゃんとの距離を離していた
(今の見切り、凄い……それに後ろにあんなにジャンプできるものなの?)
自分の体がしたことに思わず感心してしまう、なんだろう変な感覚
そしてわたしは私の意志とは反して勝手に口を開く
「カーレアには教えなければならない、朱天月刃は立ち止まって振るう刀ではないことを」
紛れもない私の声、いやまぁ私の体なんだから当然なんだけどいったい誰の意思で声がでてるのかそれは全くわからない
それにカーレアって誰?私のこと?
朱天月刃って…私の持っているあの刀のこと?
私の知らない事知ってて私の中に存在するこのもう一人のわたし……彼女は一体?
「今度はこちらからいかせてもらいます!」
一気にわたしが走り出す。けど私はただ見ているだけでなにもしてはいない
「……腕だけでは駄目、朱天月刃は遠心力をもってして真の力を生み出す」
そう言うと重心移動とかそんな感じの違いなんだろうか?とにかく物凄い速さで姫奈ちゃんに
接近する、息も切れてない……同じ体のはずなのに操っている人が違うだけでこうも変わるも
のなのかと…操っているってのもなんか変だけど
「いくわよっ!『連牙』っ!!」
軽く跳躍すると体を軸に独楽のように回転し刀を振り下ろす。
「お、重いっ!」
なんとかこの一撃を耐えた姫奈ちゃんだったが足元がふらついている、そしてわたしはすぐに
また軽く跳躍する
(これって……)
今の私は何故か見ているだけの状態で乗り物にのっているような感覚だけどなんとなく理解し
た。あの刀───朱天月刃とかいったっけ───は剣先の方が重くなっているんだ、そしてそ
れを腕の力だけでなく回転させることによる遠心力や高いところから振り下ろすことによる自
由落下の力を合わせることで本当の力が発揮されるんだ
確かにそう考えると腕だけでは駄目だ、体全体でこの武器は扱うものだというのはわかる
「まだよ!『連双牙』!」
先程の勢いのままもう一度旋回する、足で地面を蹴るステップで一気に姫奈ちゃんのすぐ前ま
で接近し刀を力一杯ぶつける
「うっ……きゃぁ!」
姫奈ちゃんの持っていた刀は簡単に弾き飛ばされ後方の闇へ消える、さっきの攻撃の勢いがそ
のまま加わった攻撃だ、最初の一撃よりも当然重い
「『朱牙』!!」
「くぅっ!!」
姫奈ちゃんは咄嗟に二本目の刀を抜くがそれさえも三回目の回転による攻撃で刀の刃が闇夜の
森の中に飛ぶ
(こ、これ以上は駄目っ!)
私はなんとか叫び全身の力をこめるが全く変化がない、なんとか力を入れて抵抗しようとするもその間にもわたしは姫奈ちゃんに近づいてく。攻撃の回転は止まったが姫奈ちゃんを追い詰めようとするのは変わっていない
(・・・・・・止まって私の体!!)
あれは………は私ではない、このまま姫奈ちゃんと戦ったら姫奈ちゃんを傷つけてしまう
──それどころか殺してしまう可能性だってある
「はぁはぁ、やっぱり楓ちゃん強いでする・・・・・・私の負けでするね」
木に凭れ掛かるようにして折れた刀を持ったまま姫奈ちゃんは座り込む、多分気がついていないんだ、今のわたしに
「勝者だけが生き残る世界、その世界で負けるものがいつまでも生きながらえる必要あるのか
しら?やり直しなさい、今度は勝者になるためにね」
そんな状況も知らない姫奈ちゃんの首元にわたしは冷たく言い放つと朱天月刃の剣先を当てる。
「あ、あれ楓ちゃん?どうしたでする?」
ようやくわたしの異変に気がついたように姫奈ちゃんが顔をあげるが次にわたしが呟いたのは
本当に短い言葉
「死になさい!」
右腕一本で軽々と朱天月刃を振り上げる、姫奈ちゃんはなんとか折れた刀を構えるがそんなも
ので朱天月刃の一撃は止められるわけがない
(止めて、止めて、止めて、止めて、止めて!!)
必死に止めようとしてもやはりどうにもならなかった、これから始まるであろう惨劇から目を逸らそうとしても目をつぶろうとしてもそれすら叶わない
──終わる、姫奈ちゃんの命が!
「ぐぁっ!!!」
瞬間、激しい腹部への痛みとともに体全身に感覚が戻ってくる、地面を激しく転がってそれが充分にわかった
「え、あ・・・・・・私」
「最後まで諦めちゃ駄目ってことでするねっ」
何故か妙に笑顔な姫奈ちゃんVサイン、そして折れた刀を持つ方とは逆の手に持った鞘が視界
に入る。なんとなくそれでなにが起こったか理解した、姫奈ちゃんは最後の最後で鞘で攻撃し
てきたんだ・・・起死回生の一撃、これがなかったら今頃私の目の前には姫奈ちゃんの崩れ落ちた
姿が写っていたのかもしれない
「はぁ~~っ」
姫奈ちゃんを傷つけずに済んだことと体の自由が利くようになった安堵感で仰向けになって目を閉じ大きな溜息を漏らす
けど一体あれはなんだったんだろう?
記憶が戻ったような感じだった、刀の名前や使い方それを知っていたわけだしでもそれだった
らもうちょっとましな戻り方とかあるじゃない、まるで別の人格が操作しそれを見せ付けられるような戻り方なんて異常だよ
それにもう一人のわたし、「教える」って言っていた、ということはなに?もう一人のわたしは
私のことを知っている前提で戦っていたということ?
・・・・・・多分もう一人のわたしと話が出来れば私の記憶に関することはわかるのかもしれない
しかし体を支配されてしまったらまた姫奈ちゃんや瑞穂さんを傷つけることになる可能性もあ
るし・・・・・・
「楓ちゃん大丈夫でするか?」
目を開けると心配そうな姫奈ちゃんの顔が見えた。ああ、動かないで目を閉じてたから何事かと心配させてしまっていたみたい
「あ、大丈夫だよ、これくらい平気平気」
上半身だけ起こすと体を捻って無事なところを見せる、でも本当は体を捻ったときに姫奈ちゃ
んに最後受けた鞘での打撃が響いてきたんだけどそこはなんとか我慢
「咄嗟にだったでするから加減もなく攻撃しちゃってごめんでする」
「気にしないでいいよ、私も本気でやったんだから」
・・・・・・まぁ本気で戦ってたのは別のわたしなんだけどね、それはまぁ言わないことにする
「でも姫奈ちゃんも強いじゃないですか、さっきの勝負も私の負けですし」
「そういえば私が勝ったら言うこと聞いてくれるって話でしたでするね」
「そ、そんな話だったね」
はは、私は結局なんのために姫奈ちゃんに会いに来たんだがわからないじゃない
火を発生させるアイテムをもらいに来たつもりがただ姫奈ちゃんの言うことを一つ聞くことに
なるなんて
「うーん、私も勝てるとは思ってなかったでするからねぇ~どんなことにしよう~?」
姫奈ちゃんは腕を組んで考える仕草を見せる、けど全然悩んでる感じじゃないと思う
それから姫奈ちゃんは演技っぽい悩み方をしばらくしてふと思い立ったように口を開いた
「それじゃこれからは楓ちゃんのことを“かえちゃん“って呼ぶことにするでする、かえちゃ
んもこれからは私のことをひめちゃんと呼んでいいでするから」
「か・・・かえちゃんって」
「ゲーム風にいうならばかえちゃんとの親密度があーっぷって感じでする?」
「あーっぷって、まぁそれくらいなら別にいいですけど」
何でも言うことを聞くなんてことを約束をしてこれならお安い御用って気分だよ、でも良く考
えたら姫奈ちゃ・・・あ、ひめちゃんとの勝負に負けたんだから火をつけるアイテムは無し?
そんな私の心の声が聞こえたのか懐の中から例のアイテムを取り出すと私に差し出す
ひめちゃんの手の中で真っ赤に光る小さな水晶、火の魔力を封じたそれは今は小さく弱弱しく
見えるのだけど一度水晶にひびを入れ空気中の魔力に触れさせるとかなりの炎を生み出す、っ
て買ったときにおじさんが話してたっけ
「はい、かえちゃんが欲しかったもの」
「でもこれって私が勝ったらって話じゃ・・・・・・」
「まぁこれは練習に付き合ってくれたお礼でするよ」
姫奈ちゃんは軽く微笑むと私の手をとり水晶を握らせる。つまり勝っても負けても目的の物は
手に入るって話に最初からなっていたのだ
「優しいですねひめちゃんは」
「そうでする?優しかったら最初から渡しているでするよ」
「あ、それもそうか~じゃあんまり優しくないね」
「むむっ!それじゃ返してくださいでするっ!」
そう言うとひめちゃんは私に飛びついてくる、っていきなりなにをするかとおもったら私の体
をくすぐりだした
「覚悟するでするよーかえちゃん」
「やーちょ、ちょっと、あはは・・・くすぐったいって!」
身をよじって抵抗しても執拗にひめちゃんは横っ腹をくすぐる
「冗談・・・きゃはは、ごめんごめんってー」
「まいったでする?」
「ま、まいったからや・・・きゃはっ、やめてぇ」
「ん、わかればいいでするよ」
ようやくひめちゃんのくすぐりから開放される
「ふぁぁ」
笑い疲れたせいか先の戦闘の疲れがどっときて眠気を誘う
あーなんかこのまま寝ちゃいたい気分だ。
しかしちょっと目をつぶったらまたひめちゃんにくすぐられ思わず身を起こした
「こんなところで寝ちゃダメ、眠りたいのならテントのほうへ戻るでするよ」
「そうだね、すっかり当初の予定を忘れてたけど瑞穂さんに見つかったらまずいですから」
立ち上がるとスカートについたほこりを払い、そばに転がってた朱天月刃に手を伸ばす
けどちょっと待って!
(これ持ったらまた別のわたしが出てきたり・・・しないよね?)
さっきだってひめちゃんが止めてくれなかったらわたしはなにを今頃何をしていたかわからない、瑞穂さんを砂漠で倒したときもこの朱天月刃を使ってたから切り替わったんだと考えるならこの刀、持ってちゃいけないような
「はぁ、物凄く向こう側に飛ばされてたでするよ私の刀」
いつの間にかひめちゃんは先の戦いでわたしが弾き飛ばした刀を探しに行って戻ってきた
(この刀のことひめちゃんに言ったほうがいいかなぁ)
「どうしたでする?早く拾って戻らないとそろそろ瑞穂っちの火の番でするよ」
「え、あ、うん・・・」
ひめちゃんの言葉に促されるまま朱天月刃を手に取る。どうやら今は大丈夫のようだった
やっぱりこの刀の事言っておこう、なにかあったときに瑞穂さんとひめちゃんで私を止めるようにしてもらえば・・・
朱天月刃を背中の鞘に横からスライドさせるように収めるとひめちゃんのほうへ向きなおす
「ひめちゃん!」
「はい、なんでするかかえちゃん」
「え、えっとね・・・・・・ええっとぉ」
私はこの秘密を伝えようと決意したって言うのに何故か今言葉にならない
ひめちゃんは呼びかけておいて何もいわない私を不思議そうな顔で見つめている。ひめちゃん
のその顔を見たらますます言いにくくなって言葉を濁すしかなかった
「あーうんん、やっぱりなんでもない」
「ん?変なかえちゃんでするね。とりあえず時間ないですしテントに戻るでするよ」
そのまま気にも留めずにひめちゃんは小走りにテントのほうへ走っていってしまう
結局言えなかった、でも決意したのになにか言えなかった事にある種の安堵感を感じてしまってもいた。よく考えたらひめちゃんや瑞穂さんに止めてもらうなんて都合のいい話・・・・・・確か
にあの別のわたしは強いけどそれを制御できないならひめちゃんや瑞穂さんと一緒に旅をする
べきじゃない、そして奇妙な縁とはいえ私の問題にそこまで付き合ってもらうのはなにか気が
引ける。ひめちゃんはそんな事気にしてそうにないけど今一緒に旅をしている状況だけでも充
分すぎるほどなんだよ・・・・・・
けど安堵感ってなんだろう、もしかしたらそれは私の中にまだ大してひめなちゃんや瑞穂さん
の事を知っているわけじゃないし旅も日数が経っているわけでもない、だからまだ旅をしてい
たいっていうのがあって、とりあえず一緒にいられなくなるかもしれない朱天月刃ともうひと
りのわたしの問題が先延ばしになった事に対する安堵感なのかも
記憶を探すたびなのに記憶が戻ることを拒否しているなんておかしな話だけど、それが今の私
本当の気持ちなんだろう
「・・・・・・はぁ、どうしたらいいんだろう」
溜息混じりに呟くと一陣の風が私の髪を今の心を表すようにざぁっと揺らしていった
1
幻=クレイド
「ふぁぁぁぁ~っ、あーねみぃ、眠すぎ、眠すぎて永眠しそうだぜ」
俺はこれで何度目かと言う欠伸をした。まったく今日は朝から面倒なことばかり起きるもんだ
からおちおち昼寝もできやしねぇ
「うみぃは広いなぁ~大きいふぁぁぁぁ」
外の物凄い速さで流れる景色を見ながら呟く。流石に西の大陸で造られた魔動力の船は速い
なんでもこの船一旦船内に水を取り込み水と魔力を分離、その取り出した魔力で水を吐き出し
進むらしい。ようは今までの帆船と違い風がなくても一定の速度で進むことができる画期的な
船ってことだな、まぁ最新鋭の豪華客船というだけあって乗船券だけでも相当な値打ちがする
とりあえずそこら辺でかかった費用は全部アクロポリスに請求しておくから気にしちゃいないだいたいフリーのバウンサーである俺を手紙一つで呼びつけるんだからこれくらいはしても問
題ないはずだぜ
「本日は当船ウンディーネブレス号へ乗船いただきありがとうございます、当船はまもなく中
立都市ルラフィンへ到着いたします。中立都市ルラフィンは東西大陸とは独立した都市であり
カートスル家と呼ばれる貴族がこの都市の管理をしています、カートスル家にはとても不思議
な未来予知をする巫女がおりまして……」
船内に女性の声が響く。船がゆっくり減速を始め窓の外にもルラフィンの街並みが見え始める
中立都市ルラフィン、東の大陸ウイングガルドと西の大陸グラディアルステーションのほぼ中
間に位置する小さな孤島にある都市だ
「中立都市ルラフィンに到着いたしました、当船は荷物の搬入のため約一時間ほど停泊するこ
とを何卒ご了承ください……それでは皆様良い旅を」
そういやティアと初めて会ったのもこのルラフィンだったな、あのときもまぁあいつのおかげ
でとんでもないことに巻き込まれたんだっけか
俺が変なことを考えている間に旅行客が慌しく出口のほうへ流れていく。俺も他の客に混じっ
て船外に出ると強烈な潮風が吹きぬけた
天候は俺の気分と全く逆のこれでもかってくらいの快晴だ
「ふぅ……やれやれ、相変わらずの難しい顔してんなぁあいつ」
タラップの上から街のほうを見ると俺をここまで呼びつけた張本人がちょうど俺の真下あたり
に立っているのが見えた、なにやらメモのようなものを取っているのかタラップのほうは見ず
に俯いている
なぁんかこれはもう脅かしてくれっていってるようなもんだよなぁ
「よっ!!」
俺はタラップを一番上から飛び降りる。船といっても二階建ての屋敷に相当する高さだ、飛び
降りた瞬間周りの客共が何事かと色めき立つのがわかった
まぁ俺からすればこれくらいの高さなんてなんでもないんだがな
「疾風の狩人、幻=クレイドただいま参上~!」
「ん、思ったより早かったな」
「つか、少しは驚けよ!」
やれやれ、こっちが華麗に飛び降りたってのにティアの奴は軽くこちらを見ただけですぐに手
元のメモ帳に視線を戻す
周りの客からは喝采があがったもののこっちとしては納得いかない結果だ
「とりあえず詳しい話は歩きながらする」
軽くこちらを一瞥するとメモ帳を懐にしまい足早に歩き出す
やれやれ、こいつは相変わらずの性格してやがる
「それでなんとなく来ちまったがこの『紅葉』って誰だよ?俺は知らないんだけど」
「やはり知らないか」
「やはりってなんだよ、やはりって」
慌ててティアの横に並ぶ。なんか馬鹿にされてないか俺?その言い方じゃまるで俺が忘れてて
当然みたいな言い方だよな
「夜風紅葉、少なくとも私の記憶だと二回ほど倒した人物だ。それもお前とな」
「な、まじかよ……」
まずい、どうやら俺は相当物忘れが激しくなっているのかもしれないぜ。流石に二回も倒した
人物を忘れているなんて……それに夜風紅葉という名前、それすらも覚えてないぞ
「それで今度はまたなんで復活したんだよ」
「復活したわけではない、私が戦うのは初めてだ」
は…?
あまりに変なことを言うティアに思わず足が止まる。それに気付いたティアも足を止めこちら
を振り返る
「ちょ、ちょっとまて今お前戦うのは初めてだとか言ったな」
「ああ、確かにそう言った」
「んじゃよ、もう一つ聞くが前に二度俺とお前で倒してるんだよな。その夜風紅葉って奴を」
「あ、ああ…」
俺の質問にティアは妙に煮え切らない態度で頷く、まぁ流石に自分でもわかっているんだろう
おかしなことを言ってることにな
明らかに矛盾してるんだよ、俺とティアで二回倒してるはずなのになんでティア自身が戦うの
が初めてなんだ
「一体どういうことだよ、しっかり話してもらわないとこっちだって仕事降りるぜ?」
「まぁ初めから理解してもらおうなんてこちらもおもってない」
ティアは吐き捨てるように言うと懐からメモ帳を取り出す、俺がルラフィンについたときあい
つが覗いていたメモだ。ティアはなにかが書かれているページを破ると新たなページに線を引
く、真っ白いページにかかれたのは平行に並んだ三本の線…なんだこれ
ティアはそのなかの一本をペンで指示した
「これが今いる私達の世界だとする、そしてこれが……」
そういうとティアはもう一本別の線を指示する
「また別の次元の私達の世界…」
「別の次元だぁ?」
「簡単に言うなら運命の違う私達の世界、つまり平行世界で二回私達は夜風紅葉を倒している
ということよ」
「む、ようは別の世界の俺達が倒したって事か」
俺の言葉にティアが静かに頷く
「し、しかしだな、なんでお前別次元の記憶を持っているんだ」
「何故別次元の記憶を私が持っているのかは私自身でもわからない、ただ言えることは夜風紅
葉は過去を変えようとしているということ…それもジークの能力を使って」
「ジーク?なんだよあいつが絡んでいるのかこの事件」
ジーク=ダットリーっていや、ティアのアクロポリスで契約社員してる<記憶>を操る能力者
だ。俺も何度か会ったことはあるがまぁその能力の凄さを感じさせないような軽いノリの男だったのを覚えている
「よくわからないが紅葉は必ずジークに接触して行動を起こす、その過去を変えるということ
に何らかの関係するんだと思うが」
「って、ことは今回も既にいねぇのか?」
「ああ、二日前ロリエンキュールと不審建造物の調査の途中で消息を絶っている。一応その付近をキュールとルミカで再調査しているが今のところあの馬鹿は見つかってないし、伝話によ
る応答にもでていない」
嘆息するように呟くとメモ帳をしまい再び歩き出す、俺は横に並ぶように足並みを揃えた
「過去を変える…ねぇ」
「過去を変えてしまえば今の私達の存在さえ簡単に消え去ってしまう。一個人の力でそ
んなこと許されるものではない……」
もしも過去を変えることができるのなら──
誰だって変えたい過去の一つや二つある、俺にだって…変えたい過去なんて幾らでもある
だがそれをいつまでも悔やんでたら前には進めねぇ、ましてや過去を変えるなんて今を一生懸
命生きる人間に対しての冒涜だ……
「なによりあの馬鹿をほっとくわけにはいかない」
まるで自分に言い聞かせるように言うティアの表情は険しい、普段からあまり表情を顔に出さ
ないタイプのティアをここまで険しい顔にするのとはジークのやつもよくやってくれるぜ
「まぁだいたいの話はわかったけどよ、まだ決まったわけじゃないじゃねぇか…、ジークの奴
だってどっかで油売っててそのうちひょっこり出てくるかもしれないだろ?」
ティアの奴が別次元の記憶を持っていようが夜風紅葉とかいうのが過去を変えようとしてようがあくまで今までの話では推測の域を出ていない……はずなんだが次にティアが言った言葉は
俺を完全にこの仕事に引き込む決定打となって返ってきた
「紅葉は人形を使う、それもジークによって記憶を与えられた人形だ…。あの馬鹿の能力で記
憶を与えられた人形は本物と同等の力を持つ、そして昨日現れたんだ暗黒騎士スリティがな」
「スリティ……!?」
思わず息が止まる
まさか俺のところだけじゃなくてティアのところにまで現れてやがったのか
「スリティの口から紅葉の存在の確証は得た、紅葉のほうは既にこちらの動向に気がついてい
るはず」
「ち、やれやれだぜ」
自嘲するように呟く。俺は結局最初っからこの厄介事に巻き込まれてるんじゃねぇかよ
しかしなんで、なんであいつはわざわざティアの前に現れるようなことをしたんだ?
ティアとスリティに接点なんてないはず、仮に紅葉の指示だとしてもスリティの奴が素直に従
うとは思えねぇ……。第一奴はなんで紅葉の存在をティアに明かしたんだ?
よくわからねぇがスリティの奴には夜風紅葉とは違う思惑があるに違いねぇな
「んで、ルラフィンに俺を呼びつけたって事はセトラのところで予知してもらうってわけか」
長い森を抜けるとどこぞの城並みに大きな屋敷が姿を現す
カートスル家、この中立都市ルラフィンを収めている貴族なんだがそのカートスル家の領主ダ
ーグ=カートスルの一人娘セトラ=カートスルって奴が未来予知ができる能力者なんだ
ティアの奴と初めて会ったときの仕事内容がこのセトラ=カートスルの護衛だったんだがこれ
がまたただの護衛で済むような話じゃなかったんだよなぁ
「とにかくセトラの予知能力で紅葉よりも先に行動を起こす、それしかこちらに勝機は無さそ
うだからな」
「ああ、そうだな」
なんだか今回の仕事もそれだけじゃ終わらないような気がするぜ
こういう嫌な予感だけは当たるから困るんだよなぁ
俺は今日の何度目かと言うため息をもらした
3
リスティア=リースリング
リスティア=リースリング
ハームステイン都市部から少し離れた何もない砂漠、日もすっかり落ちてあたりは闇に包まれ
ていた
少女は一人小高い砂丘の上で佇んでいる、見たところその姿はかなり幼く頭からすっぽりと被
ったローブが地面をするほどだがそれに似合わず少女の顔は燐としたものだった
「……遅い」
砂漠の夜は昼間とはうって変わりひどく冷える、少女は小さく呟くと軽く身を震わせて片手に
もった杖で砂の地面に術式を描いていく
術式〈砂目録〉と呼ばれるその術式は砂を介して遠方にいる人間の状況を見ることができる大
陸では第二級術式と呼ばれるほどの高度な術である
「…もっと一杯抜いておいても良かったかも」
地面に幾何学模様を描きながら懐から綺麗に折りたたまれた紙包みを取り出し広げた、そこか
ら覗かせていたのは誰ともわからない数本の黒く長い髪の毛、少女はその魔方陣の中心に作っ
た窪みに落とすと杖でその髪の毛を砂にかき混ぜる
「これくらい……」
少女が息をつき集中すると盛り上がった砂の上に杖を突き立て両手を広げ念じる
「ジミモデ・エカクージアィ・テンゲ…」
呪文を詠唱すると共に砂に書いた魔方陣が蒼く光りだし辺りを照らす。突き立てた杖がゆっく
りと宙に浮いていき、魔方陣の内側にゆっくりと人影が写ってきているのがわかった
「おおっとそっこまでなんだよねぇ~」
突然少女の背後から声がした。
「──!?」
「『ジ・エンド」だぜぇ~」
少女が振り返ろうとした瞬間強烈な音と共に突風が彼女を襲う。少女の小柄な体はいとも簡単
に風によって吹き飛ばされ砂丘の上を転がった
「うっ……誰?」
なんとか受身を取って立ち上がる少女の目の前には一瞬黒い淵の広い帽子に黒いコートをはお
った長身の男と、突風の攻撃を受けたせいだろうか杖が折れたせいでその輝きを失っていく魔
方陣が見えたがそれらはすぐにまた闇の中に消える。
夜の闇のせいというだけではなくなんらかの魔導アイテムによって周りいつのまにか人工的な
闇を作り出しているような感じだ
「ふふぅ~ん、お嬢ちゃん俺の名前を知ったら死ななきゃならないぜぇ?」
再び闇に染まった砂漠で顔こそはっきりとは見えなかったが口から見える白い歯が不敵に笑う
「先に聞いておくけどぉ~お嬢ちゃんリスティア=リースリング、間違いないよねぇ~まぁこ
の俺が間違えるわけないんだけどねぇ~。もし間違って未来のある若者の命を摘み取っちゃぁ
可哀想だからねぇ~!!そう思うよねぇお嬢ちゃん?」
「…お嬢ちゃん、そういう言い方嫌い。私はリスティア=リースリング、あなたは一体誰?」
おそらく同年代の少女なら震えて声もでないだろうがその少女──リスティア=リースリング
──は毅然と答える
「やぁっぱりリスティアちゃんだぁねぇ~。ああ俺の名前?そんなに知りたいなら教えちゃお
っかなぁ」
暗闇に男の陽気な声が響く、だが静かになにかかが装填されていく音をリスティアは聞き逃さ
なかった
「俺の名前はホーク=シュワルツ=グレッグマン、若いお嬢ちゃんには悪いけどねぇ一応暗殺
依頼が来てるんで死んでも貰おうかなぁって」
「……誰の依頼?」
「んん~それは教えられないねぇ、でもお嬢ちゃんも本当はわかってるんじゃぁないかなぁ?
関係ないのに余計なことに首突っ込むもんだからこうやって狙われるんだぜぇ~これでお嬢ち
ゃんの命も『ジ・エンド』になっちゃうんだねぇ」
男の声のするほうから何かの鍵が外れるような音がする、それが大陸でも珍しい銃と言う武器
で今それがリスティアに向けられているのがわかった
だがリスティアはじっとグレッグマンがいるだろう暗闇を見つめたまま動かない
「まったくもって物分りのいい子だねぇ、そのままじっとしてくれてれば苦しまずに逝けるか
らねぇ~」
ゆっくりとグレッグマンが狙いを定める。だがリスティアはただじっと殺されるのを待ってい
たのではなかった……術式〈砂目録〉によって魔力を帯びた砂、それが先程の攻撃で宙に舞い
上がり、その砂を通じてグレッグマンの位置と動き把握していたのだ
リスティアが目をゆっくり閉じるとその脳裏にはリスティアから大体150カルト離れたとこ
ろにいる、そしてもう一人誰かがこの砂漠を走ってきているのを感じていた。
夜の砂漠とはいえ砂の上を走るのは相当体力を消耗するため普通ならそんなことはしないはず
けれどリスティアには一人その人物には覚えがあった
「体力馬鹿で遅刻魔………」
「そいじゃ『ジ・エンド』だぜぇ!!」
リスティアがぽつりと呟いたとほぼ同時にグレッグマンの銃の撃鉄から激しい音共に弾丸が打
ち出される、しかしリスティアは逃げることも身を守ることもしようとはしない
「リスティ、伏せろ!!」
叫び声と共にリスティアとグレッグマンの間を何者かが飛び込んでくる。次の瞬間、激しい金
属同士がぶつかる音とともに放たれた一瞬の光がもう一人の人物を照らし出した
「な、誰だぁ?あんたはぁ?」
突然の斬撃にグレッグマンが驚きの声を上げる、だが返ってきたのはあっけらかんとした声だ
った
「弾丸を斬るのは嫌いだねぇ、刃こぼれするから…ってあっちゃーこれ安物だから次やったら
折れちゃうな一度やってはみたかったんだけど」
「……妖花、遅すぎ一時間二十八分三十九秒の遅刻。なにしてたの?」
「いやぁ創作パンとかいうのがあってさそれが不味いのなんのって、調理学校の生徒やってた私からすればさほっとけなかったの、まぁ肝心なときに戻ってきたんだから許してよ」
まるでつまみぐいを謝るような軽い口調で言うと妖花は深呼吸をする
水栗妖花、リスティアがと一緒に旅をしている仲間である。
彼女はリスティアのいた世界とは別の世界からやってきた人間でなんでも自分の弟子の不確定
な能力のせいでこの世界に来たということくらいしかリスティアは知らない
リスティアと妖花の出会いには一悶着あったのだがそれはまた別の話である、だがパーティを
組むようになってからもそのチームワークは微妙で先程もとある計画のために妖花に動いても
らったのだが戻ってくる約束の時間にも戻らなかったため妖花から出発する前にもらっておい
た妖花の髪の毛を使い術式〈砂目録〉で居場所を特定しようとしていた所だったのだ
「俺の弾丸を切り裂いただと、この闇の中で……」
闇の中でグレッグマンが呟く、その声は明らかに苛立っているようだった。それもそのはずこ
の暗闇の中でただでさえ動きを捉えることの難しい銃弾を斬り抜くような人物が突然乱入して
きたのだから、少なくとも二対一の状況で戦うことをグレッグマンは予想していなかった
「あ、そういえばあいつ誰?」
「……敵、どうせ妖花にいってもわからないからとりあえず敵です」
「了解っと、まぁ夜も深まってまいりましたしさっさとけりをつけようじゃない」
妖花は銃弾を斬ったことで欠けた剣をしまいもう一振りの刀を抜くが当のグレッグマンのほう
は未だ妖花の登場についてこれていなかった
「んぁ?確かリスティア=リースリングはサイル=イージスと行動してるってのは資料にあっ
たけどよぉ~女剣士なんてのは聞いちゃいねぇぜぇ~!!サイルがいないうちを狙ったのによ
ぉ~~~!ええい聞けッ!そして答えるんだねぇ~剣士の姉ちゃんあんた何者だぁ!?」
「一応あたいも女の子なんだけどさ、それって女の子に名前を聞く態度?まぁいいけど、あた
いは水栗妖花、水栗流剣術の使い手さ」
「え、なんだって?荷造りぃ洋館?聞いたことないねぇ~」
「荷造りじゃないてっの!みーずーくーり!あったまくるなぁ、覚悟しなさいよあんた」
勢い立つ妖花だがリスティアはグレッグマンが少しずつ後退しているのに気付いていた
「水栗だが荷造りだか知らないんだけどねぇ、暗殺者は確実に殺せるときじゃないと戦わない
んだねぇ~まぁ今回は運が良かったねぇリスティアたん」
「……その言い方も嫌い」
「ま、待ちなさいよ!」
「待てないねぇ~待てるわけないねぇ~!!んじゃまぁそういうことでぇ~」
突如としてリスティアの砂のレーダーからグレッグマンが消える、おそらく空間転移系の魔導アイテムを使ったのだろう…妖花も目視で消えたところを確認したのか軽く舌打ちをして刀を収めた
「まったくなんなのよあいつはぁ~」
「…あれは今のところほっておいても大丈夫。それより妖花、彼女はどうだった?」
「ん?どうって言われても普通の女の子じゃない、まぁあんたの言うとおり姫奈と紫音の妹も
いたけどさぁ…。あの子がそんなに大事なわけ?」
リスティアは妖花に今回の事についてなにも話してはいない、理由は妖花に教えてもわからな
いだろうからということになっているが妖花に話したら猪突猛進に行動しそうだからと言うの
が本当の理由だ
「それで他に気がついたこと、ない?」
「気がついたことねぇ……あ、そういえばあの子記憶喪失とか言ってたけど」
「……記憶喪失、それなら」
──記憶喪失、その言葉のおかげでリスティアの心の中で一つの疑問が弾ける。
それだけでもこうして妖花を接触させた価値がある、そしてリスティアは次に自分達が取るべ
き行動を導き出す
「妖花、今からグバルディン闘技場に向かうから」
「ぐるばでぃん…?ってまさか今から西の大陸に戻るわけ!?ちょ、今真夜中よ?」
「…時間、ないから」
大声を上げる妖花を一言だけ呟くように言うとしてリスティアは歩き出す、あまりに妖花の反
応が予想通りで少しリスティアには物足らなかった
「あーあーまったく、あのロリコンサイルどうゆう教育してんのさ」
妖花は今はいないもう一人の仲間の事を愚痴りつつ、しぶしぶリスティアの後を追うのだった
2
夜風 楓
カーレアが眠った、そのときがわたしが目覚める時間
またカーレアは次元を跳躍したみたい
再び繰り返されるというのね血塗られた流転の戦いが
それでもわたしにはこの世界が全て、冷たい大理石の上で目隠しをし鎖につながれて時が
くるのを待つだけの世界
わたしは天井を見上げる、吹き抜けになっている天井から太陽の光がアイマスクを通じて
瞳の奥に吸い込まれていく…
わたしはここに来てからずっと目隠しをされたままでいる
何故ならわたしが次に見るのは『新たなる世界』だからとあの人が言っていた、だからわ
たしはそれに従っている、あの人のために
じっと太陽の光を見ているとガラガラと扉が音を立て開いた、ああそうか食事の時間だ
最近食事の当番が小さな女の子に変わった、歩く歩幅や彼女が入ってきた時に広がる甘いマー
ガレットのシャンプーの香りからわかる
彼女は全く喋らない、前の食事当番も無口だったがそれでも「口をあけてください」だと
か「気分はどうですか?」だとかは言っていた
気分はどう?目隠しをされて鎖で手足を拘束されてそれが気持ちいいと感じるならそれは
マゾというものね、確かそのときはそんな風に思ったっけ
彼女は御粥をすくって口元に運んでくれる、いつもの美味しくない食事だ。冷たくもなけ
れば熱くもない、ぬるくてそして味がない…そもそも御粥であるのかも怪しいくらい
にドロドロとした液体をわたしは毎日二回口にしている
食事というよりもこれもあの人のいう儀式の前準備だと思うようにしている、でなければ
こんなのは食事とはいえるような代物ではないから
食事が終わると前の食事係はそそくさとでていくのだが、彼女はいつも決まってわたしから
少し距離をとって絵を描き始める
上質の紙の上を走る石炭の音がする、おそらく彼女は相当絵を描くのが上手いんだろう
描画する音がまるで一つの旋律を奏でているように聞こえるからだ
だが彼女に与えられた時間は少ない、多分すぐ戻ってくるように言われているのか
四、五分もしたら彼女に迎えがやってくる
「紗希たーん、あんまり長いこと絵描いてるとまたブラックフォンのおじじに怒られるよ
ん」
迎えに来るのはいつも同じ男、微かに血の匂いと薬莢の匂いが混じった男だ。
明るい感じの声だけどきっと危ない人間に違いない
そして彼女が出て行ってしまうと後はわたし一人の退屈な時間に引き戻される
ああ、カーレアが羨ましいなどんなに苦しい状況でもカーレアには変化というものがある
わたしにはそれはない
はやく来てくれないかな、わたしの夢の救世主カーレア…
「う…夢?」
妙にリアルな夢に目が覚めた、時計はすでにお昼を回っているようでまた暑い日ざしが差
し込んできている
なんだろう変な感じ…
さっきみた夢はなんだったのかよくわからないけどただ色んな音やそこに漂う匂い、自分
が素足で冷たい大理石の上に触れている感覚だけがはっきりと残っている
夢なのに感覚があるなんて不思議な事もあるんだなぁ
自分の足に触れてみたら確かにそこだけなんだかひんやりと冷たかった
んーよくわからないけど多分あれじゃないかな、赤い物を皮膚に近づけると暖かくなって
青い物を皮膚に近づけると冷たく感じるとかそういった類の現象?深く考えてもしょうが
ないからそうゆうことにしておこう
んぅ…まだ昨日の疲れが取れてない感じだ、もう一度寝なおしてみようかな
疲れた体には暖かい布団で寝るのが一番だもんね
そう思って布団を被り直したみたがそれはすぐに剥ぎ取られてしまった
「貴女、この期に及んで二度寝するつもりですか」
なんか嫌な予感
顔を見上げるとみると既に怒りの限界を突破している感じの瑞穂さんが見えた
「お、おはようございまぁす」
とりあえず一番の笑顔で元気よく挨拶をしてみる…けどまぁ瑞穂さんには全く
の無意味っぽいのはわかってた
「早急に仕度をしてくれませんかね?私達かれこれ三時間も待ってるんですけど」
思い出した!そういえば昨日寝る前に明日は暑くならないうちに買物をしようとかいって
たっけ…って!そもそもその提案したの私じゃない
「ご、ごめんなさいっ!すぐ準備しますから」
ベットから転げるように降りると一気に洗面台まで走る
顔を洗って髪を梳く。かなりの癖毛に思わず「女の身支度は時間がかかるのよっ!」って
叫ぼうとおもったんだけど鏡の奥に映った瑞穂さんの顔を見たら言う気もなくなった
まぁそれでもさすがにロングのままってわけにもいかず仕方なくリボンで髪をまとめ
てポニーテールって形にしておいた
「お、おまたせしましたぁ~」
「あ、楓ちゃんおはようでする」
宿の前に出てみたら姫奈さんが正面の日陰に座り込んでいた、結構待ってたみたい
「ごめんね、寝坊しちゃって」
「いいでするよぉー疲れているとおもって起こさないようにって思ってんでするけどー
なんだかその様子だと瑞穂っちが無理矢理起こしちゃったみたいでするね」
な、なんていい人なんだろう…それに比べてぇ~
私はちらりと瑞穂さんの方を見るが我介せずといった感じに空を眺めている
んむぅ、まぁ寝坊しちゃった私が一番いけないんだけどね
「それじゃ出発でするね♪」
そういって私の手を引っ張って走り出す姫奈さん、よっぽど楽しみにしてたんだなぁ
「えーと、あれもいいでするねー、これもいいでするー」
姫奈さんと二人ハームステインの露天街を歩く、ちなみに瑞穂さんは私達とは少し離れた
後ろを歩いている…亭主関白?ちがうな多分一緒に歩きたくないんだ
それにしても砂漠も暑かったけど街中はもっと暑い、人の発する熱と何故かいたるところ
に立っているかがり火で多分砂漠の中よりも気温が上がっている
ああ、だから朝の涼しいうちに買物行こうって誰かが言ったんだっけ…私だけど
後悔の溜息をつく、まぁしょうがないよ疲れてたんだから
「んーここら辺は武器ばっかりでするね~食料が欲しいんでするけど楓ちゃん昨日のパン
フレットもってまする?」
「あ、ちょっとまってください」
パンフレット、昨日宿で姫奈さんが見せてくれた物のことだろう。それには街の大まかな
地図も載っていたはずだ
「えっとこれですね」
私が広げた地図を二人で覗き込む、中央に巨大な王城ハームステイン城があってその周り
を放射線状に街が広がっている。今私達がいるところが南側の武器街だとすれば食料関係
はここから反対側の北側に位置するようだった
「それじゃ時計回りに回っていけばいいでするね~」
姫奈さんは私にパンフレットを預けて楽しそうに巫女姿で駆けて行く、元気だなぁ
それにしてもこの世界は変わっている、いやこのファンタジーっぽい世界に和風な巫女っ
てのはどう考えてもおかしいよ
現在記憶喪失中な私でもこの世界が私の住んでいた世界とは逸脱していることはわかる
もう一度パンフレットに目を落とす、裏は大会優勝者ばっかりの羅列だったから表の方だ
東の大陸ウイングガルドにおける三大国家はクインハルド、フランク、ハームステインで
ありハームステインはこの中でも最後にできた国家である…
元は南方の砂漠地帯にすむ民族の集団でとても好戦的であり、この街自体も闘技場が最初
に造られてそこにくる戦士達が休めるように宿ができ、武器を売るために商人が店を建て
る、そんな風に発展してきた
うーん、どうもしっくりこない。記憶がないんだけど少なくとも私がいた世界って感じで
は無い気がする、どちらかといえば姫奈さんや瑞穂さんみたいな感じの服装の人達がいる
世界だったような…
とりあえずこの露天で売っているような魔導アイテムとか魔術の秘薬だと見たことない
でもそうするとなんで私はこの世界の文字を読めるんだろう?
「楓ちゃん~みてーレアカードでたでするー」
気がついたら姫奈ちゃんは綺麗な装飾が施されているカードを手に喜んでた
「レアカードってなんですかそれ?」
「コンフリティック=タロットっていういま人気沸騰のカードゲームでする」
「カードゲームですか」
カードには炎の剣を持った巨人が描かれている、炎の世界ムスペルヘイムに存在する巨人
スルト。神々はここから飛んでくる火花のうち、大きいものを太陽と月に。小さいものは夜空にばらまき、星にした。炎の魔剣レーヴァテインを持っている…
ちょっとまって、これって北欧神話ってやつじゃなかったっけ?
それ以前に私記憶喪失のはずなのにそんなどうでもいいことは覚えてるんだ
…でもそれよりも
「それで姫奈さんこれってなにか旅に役に立つんですか?」
それは言ってはいけない言葉だったみたい、姫奈さんの表情が一瞬固まる
「ほらあれでする、長旅だとメンタル面的に疲労するでするからそれの解消でするよ」
「でもそんなに買っちゃったら食糧とか買えるんですか?」
私の言葉に更に姫奈さんの表情がさらに固まる。姫奈さんが持っているレアカードは一枚
だけど袴に隠れるように大量のカードが入った紙袋が顔を覗かせているのだ
なるほどね、姫奈さんレアカードのために大量購入したってわけか
「だ、大丈夫でする。食料とかは現地調達で食べれる薬草とか知ってるでするし」
「私は道端に生えた草など口にしたくはありませんが?」
いつのまにか私の隣にまで来ていた瑞穂さんが冷静に答える、神出鬼没だなぁこの人も
「瑞穂っちー突然現れないでくださいでする」
「貴女達は買物一つとてろくにできないのですか?」
「い、いつのまにか私まで一緒にされてるし」
「だってしょうがないでするよぉーコンフリの新しいバージョンがでたでするよ、これは
買わないと他の皆に乗り遅れるでする!」
拳をぎゅっとして意気答える姫奈さん、んー相当カードゲームに夢中らしいけどなにか目
的が違わない?
「いくら貴女がレアカードを出そうと実力が無ければ無価値ですけど」
「むー!それじゃ今夜また勝負でする!」
ん…もしかして瑞穂さんもコンフリティック=タロットだっけかをやるのかな?
瑞穂さんなら「こんな下等生物の玩具等に興味ありませんねぷんすかぷん」とかいいそう
なのに少し意外だ
「そうだぁ!楓ちゃんもやるといいでする、いらないカードなら私があげるでするよ」
そういって姫奈さんは私にずっしりと重い手提げ袋を手渡す、紙とはいえかなり大量に入
っているため結構な重さだ
本当買い過ぎだよ…
「それはいいとして、すみやかに買い物を済ませましょう。買物はまだなんでしょう?」
なんだかんだ言って瑞穂さんは仕切りたがりだ、いつのまにか中心になって事を進めてく
れる
「正直野営などはしたくはないのですが仕方ないです、テントと固形燃料くらいは欲し
いですし後は食料ですか。まぁ私に任せれば問題はありませんよ」
瑞穂さんが獲物を狙うかのように露天を物色始める、ああ…あんなきつい目で見られ
たらそれだけで販売価格が三割は引かれるだろうなぁ
私は後ろを歩きながらくだらない事を妄想していた。
「まぁこんな感じですかね」
そういって瑞穂さんは息をつく、日はもう落ちかけていて夕日に照らし出される瑞穂さん
の姿はなにかを成し遂げた達成感で光り輝いて見えました、まる
んー買物一つでここまでいうのはちょっと無理かな
でもまぁ瑞穂さんの買物術とでもいうのかは確かに凄いものだった、なんたってほとんど
の物を脅して安く…じゃなかった値切って安くしちゃうんだもの
まぁそのおかげで少しはそこらへんに生えている草とかを食べなくてすむから感謝しないと
「あうあうー前が見えないでするよぉ」
横で姫奈ちゃんが缶詰の入った袋を持ってフラフラしている、いつ袴の裾を踏んで転んで
もおかしくないくらいだ。かくゆう私も似たような状況、しかも姫奈ちゃんにもらったカ
―ドの大量に入った手提げ袋付きだ
「瑞穂っちも持ってくださいでするよ」
「なんで私がそんな重い物を持たなければならないのかしら?そうゆう仕事は貴女達の方
がお似合いですよ」
まぁそうゆう返答がくることは容易に想像できた、わかりやすいなぁ
「でもまぁ少しは休憩くらいさしあげてもいいかもしれないわね、とりあえずあの店にで
も入りますか」
そういって瑞穂さんが指差したのは町の外れにある建物、珍しく静かな感じの喫茶店のよ
うだった
手ぶらの瑞穂さんは軽い足取りですたすたと歩いていく、私と姫奈ちゃんは慌てて後を追
った
からん───
ドアのカウベルが涼しげな音を奏でる、どうやら地元の店ではない感じだ。他の店は大抵
かがり火をつけて汗臭さと熱気あふれる状態だったのだがこの店は一転、風通しの良い店内に真っ白なテーブル、真っ白な椅子が並び爽やかな感じだ。
「うわぁ、いい香りでするね」
「本当、なんか急におなか減ってきたよ」
外からでも漂ってきた紅茶とパンケーキの甘い匂いがより強くなる。
「ん、あ…もしかしてお客さんですか?」
カウベルに気がついたのか奥の調理場から細身の男性が現れる。でもウェイターにしては
変だ、なぜか男の人は片手に立派なヴァイオリンをもっているのだから
「ええ、そうよ。この店は客が来たというのに水も出さないんですか」
「僕はこの店の演奏家でして、ちょっとまってくださいね。おーいカシス君」
「なにージオラルド君―」
男性の声に調理場の奥から髪の長い女の子が顔を出す、服はあれだウェイトレスとかが着
る、えーと…
「アンミラメイドでするね~」
そう、それ!姫奈ちゃんが代弁してくれたアンミラ服だ。正式名称はアンナミラーズ、胸
当てのないサロン・エプロンの一種でそのため胸が大きく意識された服である
ん…?一瞬なにかと繋がった気がするがそんなことはどうでもいいや
「え、あれ?もしかして…お客さん?」
ひょっこり顔を出したカシスさんもジオラルドさんと同じ反応をする、なんだろうこの店
お客が来るとなにかあるんだろうか?ジオラルドさんが軽く頷くとカシスさんは慌てた感
じで奥から水の入ったグラスを持ってきた
「お客様はあれですか?旅の途中とか?」
「そうですが何か。それより貴女この店はメニューもないようですが一体どうゆうつもり
なのかしら」
グラスの水を軽く飲むと瑞穂さんがカシスさんに問い詰める、確かにこの店の雰囲気はい
い感じなんだけどお客が来る事を珍しがったり、メニューがなかったり色々と変わってる
なによりなんだろう私達以外お客が誰もいないのが気になる…
「メニューは店長がお客様の顔を見て決めるようになってるんですよ、あはは。では私は
店長を呼んできますね」
カシスさんはなぜか申し訳なさそうに言うと調理場のほうへ消えていく、ジオラルドさん
はというと普段の定位置なのだろうか少し高い台座の上に立ちヴァイオリンの演奏を始め
ていた。
「変わったお店でするね~なにが出てくるか楽しみでする」
「そ、そうだね口に合えばいいけど」
「口に合わなければお金を払う必要はありません」
瑞穂さんなら本当にやりそうで怖い、そう思った瞬間だった
ドンッっという音とともに店全体に衝撃が走る、あまりの衝撃に思わず私と姫奈ちゃんは
席から立ち上がる
「あわわ爆発でするよ」
「な、なにこの衝撃!?」
「あー日常茶飯事なんで気にしないでください」
慌てる私達にニッコリと微笑んでジオラルドさんが言う、けどこれが日常茶飯事って一体
全体どうゆう店なの?
「…随分と賑やかな喫茶店だこと」
瑞穂さんだけは席から立たずに冷静に事の展開を見つめていた。
衝撃からしばらくした後白い煙を後ろに纏い緑髪の女性が姿を現す、といっても白い煙
──おそらく小麦粉なんだろう──を頭からかぶっていて殆ど白い人だ
やっぱり変な店だと店長も変な感じだ
「けほっ、けほっ!あーいらっしゃいませーラナ=インロードの喫茶店『組曲』へ」
「あなたが店長さん?」
「そうです、私が天才パン職人予定のラナ=インロードですっ!いやぁちょっと新作パン
を作ってたら爆発起こっちゃいまして、まぁ失敗は成功の元が私の信条ですから気にしま
せんけどね~」
ラナさんが小麦粉をばら撒きながら笑う。一体どうやったらパンを作っててあれだけの爆
発を起こせるのかわからないけどこれもある種の才能ってやつなんだろうなぁ
「けほっ、だからこのバイト嫌っていったのよぉ!」
調理場から這いずるようにでてくるとカシスさんが叫ぶ、ああ…なるほどどうして客がいない
のかこれだけでわかった気がするよ
「それで貴方達のくだらない漫才はもう結構です。それで店長さん、早い所私に出すメニ
ューを決めてもらえるかしら」
瑞穂さんが肩肘をついて溜息一つついて言う、この状況でこの人は食べるつもりなの?
どう考えても不味いに決まってるじゃない!
「わっかりましたぁ~それじゃカシスちゃん、元気一杯袴娘の彼女にはナンバー67をこ
ちらのクールビューティな陰陽師の彼女はナンバー79を、それでこっちの謎の少女風の
子にはナンバー99試作型を御願い」
ラナさんの指示に小言で「こんなバイトやめりゅ…」といいながらカシスさんが調理
場の奥へと消えていく
それよりなんでラナさん瑞穂さんが陰陽師ってわかったんだろう、姫奈ちゃんは袴姿だか
らいいとして瑞穂さんなんて傍から見れば嫌味の多い女学生にしか見えないけどなぁ
そして私は謎の少女って、まぁ確かに私の存在なんて私自身でさえ謎だからいいんだけど
「二人ともそろそろ座ったらどうですか」
「あ、うんそうでするね。爆発と味はあまり関係ないでする」
「はぁ…ここまできたら腹をくくるしかなさそう」
私と姫奈ちゃんが座ったとほぼ同時くらいに調理場のほうからカシスさんが出てくる
そして三つのパンが私達の前に並ぶ、見た目三つのパンは差異がないようだがラナさんの
口ぶりからして中身になにかがあるんだろう
思えば私のだけ試作型っていわれてた気がする、うぅなんか嫌な予感
「それじゃ私からいただくでする」
姫奈ちゃんがまず最初にパンにかぶりつく、いくら朝からなにも食べてないとはいえあん
な爆発を見せられた後にこの行動はすごいと思う
「ど、どう姫奈ちゃん?」
恐る恐るたずねてみる
「そうでするね、美味しいとは思うでする。ただなんていうか味がないというか」
そう言いながら姫奈ちゃんは首を傾げながら何口か口にしている。
「違う違う、そうやってたべるんじゃないですよっ!」
味はともかくまだ食べれる範囲の物らしい、とりあえずは一安心だ。そう思ったときいき
なりラナさんが小麦粉をばら撒きつつ大声を上げる
「このパンは専用のソースをかけて召し上がってくださいっ!」
ラナさんはポケットのなかから一本のボトルを取り出しテーブルに勢いよく置く
ボトルの中は専用といいつつどこにでもあるような普通のサラダドレッシングのようだ
「これをかけると味がするでするか?」
「はいっ!皆さんもパンに野菜を挟んで食べた事はあるとおもいます。けど噛み切れずに
ボトボトっと落としちゃう事ありません?それを無くすためにパン自体に野菜を練りこん
でみたわけです、小麦も野菜も同じ植物相性ばっちり!名づけてヘルシー野菜パン!」
なんか説得力のあるようなないような解説を述べながらラナさんはボトボトと姫奈ちゃん
のパンにドレッシングをかけていく、ボトルの中身ほとんどをかけ終わった辺りでラナさ
んは親指を突き立て
「さぁめしあがれっ!」
と叫ぶ
姫奈ちゃんの前にはサラダドレッシングでべとべとになったパン、らしきものがあった
「それじゃ食べてみるでする」
「えっ、姫奈ちゃん食べるの…それ」
「何事もチャレンジでする、もしかしたらとんでもなく美味しいかもしれないでする。調
理学校の生徒でもある師匠も言ってたでする」
どこまでも前向きな姫奈ちゃんは凄いと思う、でもあれだよ勇敢と無謀は違うって言うか
「うりゅ…これはっ」
案の定姫奈ちゃんは口を押えて苦しそうな顔をしてる、ラナさんの「お味はどうですか?」
といった質問に「独特な味でする」と一言言うと黙り込んでしまう
「それじゃ今度はあなたの番ね、楓さん」
姫奈ちゃんの状況を見てみぬ振りか事も無げに瑞穂さんが告げる、どうやら覚悟を決めなきゃ
駄目みたい
「そ、それじゃいただきます」
死ななければ何とかなるって感覚で私はパンを手に取りかぶりつく
一口目、確かにパン自体の味は悪くはないみたいだ
二口目、ガリっとなにかが口の中で砕けて一気に苦味が広がっていく
三口目…を口にするのは止めた
「ううっ…ラナさん、これなんなんですかぁこれ」
「パンだけじゃ栄養のバランスは偏ってしまうので色々な栄養薬を混ぜてみました、名付
けてサプリメントパンっ!」
「え、栄養薬…」
よくみるとパンからはカプセルが砕けて粉状の薬が飛び出している、本当もうありえないよ
ラナさんの珍妙なパンを食べてから半時間、結局私と姫奈ちゃんは珍妙なパンの味について
いけず仕方なくカシスさんの淹れた紅茶を飲みながら雑談をしていた
ちなみに瑞穂さんの食べたパンは『羊羹パン』という意外と?食べれるパンだった、どうせ
なら物凄く美味しくないパンを食べてほしかったと心なしか思ってしまう
「それで明日からはシェイクランド方面に向かおうと思うでする、そこから船に乗って一旦
西の大陸グラディアルステーションに渡ってですね…」
露店で買った大陸地図を指でなぞりながら解説をする姫奈ちゃん
「ここ、タートの街に行くでする。ここには私の知り合いの記憶を操る能力者さんがいるので
記憶喪失の楓ちゃんの記憶も呼び起こしてもらうでするよ」
「記憶を操る能力者?」
「そうでする、ジーク=ダットリーさんって言うんでするけどジークさんは手で触れたものの記憶を操れる魔法使いみたいな人でする」
確かにそのジーク=ダットリーって人に会うことができれば私の記憶も甦るかもしれない
でもジーク=ダットリーって言う名前、どこかで聞いたことがあるような
私はいつもの癖で頭を小突き思い出そうとするが結局何も思い出せなかった
「あ、でもハームステインからのほうがタートの街へいくのに近いんじゃないんですか?」
ジークさんのことはとりあえず置いといて私は大陸地図のシェイクランドの位置を指差す
地図によると今いるハームステインよりもシェイクランドのほうが東に位置している、西の大
陸にあるタートの街へ行くには遠回りのような気がしたのだ
「それはでするね、ハームステインから出ている船は大会関係で乗るなら安いんでするが一般
の旅行客にはちょっと乗船券は高いんでするよ、だから一旦シェイクランドにでてから船に乗
るんでする、シェイクランドからの船なら魔動力の船でも結構安いんでするよ」
姫奈ちゃんが得意そうに鼻を鳴らす、異世界から来たというのに姫奈ちゃんはこういうことに
とても詳しいみたいだ
「あ、瑞穂っちもこのルートでいいでする?」
「ご自由に、私はただ付いていくだけですから」
私達の相談に参加していない瑞穂さんがつまらなそうに言葉を吐く、興味がないようで先程か
らティーカップに移る自分の姿をじっと見つめていた
「でもやっぱり美人三姉妹の旅なんですから皆で決めるのがいいでするよ」
「私と貴女達下等生物を同列に論じないでもらいたいですね」
はき捨てるように言うと瑞穂さんは見つめていたティーカップの紅茶を啜る
「下等生物同士の相談事など時間の無駄、と言いたいんですよ私は」
「その下等生物に助けられたんでするよね~瑞穂っちは~」
「な……誰が助けろといいましたか!」
またはじまった…
もはや夫婦漫才のような瑞穂さんと姫奈ちゃんのやりとりをよそに私は窓の外に見える夕日を漠然と視線を移す。なぜかはよくわからないけど夕日を見ていると何かを思い出しそうになる、
思えば昨日もそうだった…私が記憶をなくす前になにか夕日と私を結びつけるものがあ
ったのかもしれない
夕日、真っ赤な夕日、赤い靴の話、血の赤、血塗られた流転の戦い
…チヌラレタルテンノタタカイ?
────そうゆう設定よ、忘れなさい
「うっ…!」
私が何か記憶の破片を掴みかけた瞬間それを振り払おうとするかの如く胸に痛みが走る
「楓ちゃんどうかしましたでする?」
ふと顔を上げると姫奈ちゃんが心配そうな顔でこちらをみている
「あ、うんん。大丈夫ちょっとむせただけだから」
「でも顔色悪いでするよ?さっきのパンのせいでする?」
「いや、本当大丈夫だよ」
私は大きく息を吸い込みなんとか気持ちを落ち着かせる、やはりなにかを思い出そうとすると
それを拒絶するかのように体がおかしくなる
夕日、赤色、おそらくこれが私の記憶をたどるのに大事な要因であることは間違いないみたい
だ
もう一度夕日を見つめる
夕日の赤が歩く人達を染めている、それはただ流れていく人波だったがその中で一人突然だが
目が合う、頭からすっぽりローブを被った女性だ
でも多分それは目が合ったんじゃない、ずっと向こうがこちらを見ていたんだとなんとなく思
う
「ティアさん…?」
自分で呟いた言葉に驚いた、だいたい私は記憶喪失だというのになんで目が合った女性の名前
を知っているのか?でもあれは確かにティアさんだと私の記憶が言っている、思考と記憶がご
ちゃまぜになって気持ちが悪い
「全く貴女は少し落ち着いたらどうなんですか」
挙動不審な私の行動に瑞穂さんが怪訝そうな顔をしているのだろう、けど私はそれを見ること
はできない。少しでも目を離したらあの人波のなか目が合ったティアさんを見失いそうだから
そして気がついたら私は走り出していた、走り出した瞬間姫奈ちゃんや瑞穂さんの声が聞こえ
たような気もしたがそんなものに構ってはいられない
ティアさんなら多分私のことを知っているはず───
それだけが私を突き動かす、ティアさんは私を一瞥するとまるで誘うように路地へと入ってい
く。人一人がやっと通れるほどの細い路地で道はなんだか正体不明な粘着質の液体で覆われて
いているし溝臭い異臭が立ち込めていて正直足が止まってしまう。けどティアさんはそんなこ
とおかまいなしに進んでいく
「い、行くしかないわね」
私は息を止め一気に走り抜けた…そして路地を出た瞬間地面のぬめりに足を取られておも
いっきり転がる、なんかお約束みたいな事してる私
「そんなに焦らなくても私は逃げないわ」
見上げると淡い紫色をした髪のポニーテールが目に入る、どうやらティアさんが気がついてくれたらしい
「あ、あのティアさんですよね」
「そう私はティア=マローネよ」
やっぱり私の記憶は間違ってなかった、ようやく見つかった手がかりに私の鼓動は一気に早く
なる。
「あ、私夜風楓ってあの、覚えてますか?」
「楓、覚えてるわ」
うまく言葉が出てこない私とは違ってティアさんの声色、表情は全く変わらない
「私記憶喪失で砂漠で倒れてて…えっと、その!」
「……。」
ティアさんは口元を押さえる、真紅の指輪が夕日にあたり一瞬光る
「記憶喪失か。なるほどねどうりで不確定行動がでてきたってわけ。それじゃ本来の目的も気
にせず旅していたのかもしれないわね、偵察に来ててよかったわ」
え…不確定?偵察?よくわからない事を呟くティアさんの表情はさっきと違って別人のよ
うに歪んでいた
なにか嫌な予感、思わず私は一歩後ずさる
「思い出させてあげるわ貴女のやるべきことをね!!」
そう叫ぶと指輪から物凄い勢いでなにかが飛び出し私の頬をかすめる、首筋に流れる血の感覚
に恐怖感が一気に増した。さらにそれを煽るかのようにティアさんが腕をかざすと指輪から今
度はゆっくりと数本のナイフが召喚される、おそらく私の頬をかすめたのもこれだろう
「ティアさん、一体なにを…」
「目を覚ましなさい夜風の民」
ナイフを手の中で回転させながら少しづつ距離を近づけてくる。もしかして私は記憶を失う前
命を狙われるような人間だったのだろうか、そうなると私の行動は相当愚かだったかも
でもまだどこかでティアさんが悪い人じゃないようなへんなひっかかりもある
───戦えない!
体が震えていた、どうすればいいのかわからないままただ死の恐怖から逃れようと後ずさるこ
としか今の私にはできない
しかしそんなふらついた足取りで後ずさったところですぐに壁にぶつかることなんて目に見え
ていた
「し、しまっ…」
言葉を紡ぐよりも速く顔のすぐ横の壁にナイフが突き刺さり、思わず息をのむ
「戦いなさい私と、でなければ覚醒の針はいつまでも進まないままよ」
「覚醒ってなんのことですか!」
「目覚めるのよ」
それだけ言ってティアさんはナイフを構える
「今度は外さないわ、少し痛めつければ否が応でも戦わなければならないことに気付くでしょ
うし…ねッ!!」
サイドスローで思いっきりナイフが投げられる。なんとかしようにも私にできるたのは結局身
を強張らせて耐えることでしかなかった
…しかし痛みは感じない、ただナイフがなにかにあたってはじかれる音だけが聞こえる
「え、なに?」
思わず顔を上げてティアさんのほうを見るがティアさんの視線は私よりも少し上を見つめてい
た
「誰、私の邪魔をするのは」
「さぁたかだが人形ごときに名乗る名前なんてありませんけど」
この人を見下して冷淡に喋る人物にはとっても心当たりがある、私はおもわず壁を見上げ叫ぶ
「み、瑞穂さぁん!」
自分でいうのもなんだけどかなり情けない声、瑞穂さんは私のほうを一瞥するとすぐにティア
さんの方へと視線を戻す
「無銭飲食して飛び出したと思えば今度はこんなところで油を売ってるとは、それでこの方は貴女の知り合いか何かかしら」
「え、ええっとですね。多分知り合いだとは思うんですけど……なにか違うんですよね」
まだはっきりとしない
確かにティアさんも私の事を知っているって言っていた。失う前の私の記憶にも微かにティア
さん、そうティア=マローネさんとあった記憶がある
でもティアさんとは敵同士ではなかった気がするんだよね、だとすれば考えられることって
「瑞穂さん、もしかしたらティアさんは誰かに操られているのかもしれません」
「それは違うわね。これはただの人形よ」
「に、人形って?」
私の質問に答えることなく壁から飛び降りる瑞穂さん、その手には既に符術が握られていた
「色々邪魔だから壊させてましょうか、まともな情報も持ってないみたいですし」
「記憶情報体にあなたの情報はないわ、夜風楓を庇うのならあなたもただではすまないわよ」
指輪からナイフを取り出し構えるティアさん、いつのまにか攻撃対象が私から瑞穂さんへ変わ
ったみたい
「え、あのぉ…だから人形って」
私を置いてきぼりで二人の戦いは始まってしまう、先にしかけたのはティアさんのほうだった
「邪魔者は排除する!」
一気に駆け出しナイフを投げつける、それに合わせるように瑞穂さんは符術の印を切る
「佐倉流符術二織「白壁」、散開!」
瑞穂さんの投げた符術は五つに分裂し青い光をともなって五芒星を描くように配置される。さ
らには五芒星から青白い障壁が瑞穂さんの目の前に現れる
飛んできたナイフはその障壁の前にあっけなくはじかれる、おそらく先程私を守ってくれたの
もこの符術によるものだろう
「まさに蟷螂の鎌ですね、その程度の攻撃で私を倒そうなんて甘いですよ」
瑞穂さんの挑発を無視してティアさんはナイフを投げながら近づいていく
「その障壁を貫こうなんて初めから思っていない!」
一気に地面を蹴って跳躍するティアさん、そのままきりもみ回転し一気にナイフを投げつける。
けどそれは瑞穂さんのほうではなくまったく見当違いの方向だった、壁の隙間であったり木陰
だったり。流石に瑞穂さんもこの行動に周り警戒しているみたい
「所詮その障壁が守れる範囲は正面だけ、全方位からの攻撃なら!」
空中で反転しながら指を鳴らす、するとまるで音につられて魚が集まるように先程見当違いに
投げたナイフが戻ってくる、目標は完全に瑞穂さんだ
「ちょ、跳弾!?瑞穂さん避けて!」
「無駄よ…そしてこれもおまけにとっておきなさい!」
とどめと言わんばかりにティアさんが両手一杯のナイフをまとめて投げつける。跳弾で戻って
きたナイフと合わせて瑞穂さんを取り囲むように降り注ぐ
「くっ、小賢しい!!」
初弾こそ避けた瑞穂さんだったけどだんだん避けきれなくなりナイフの一本が肩に突き刺さる
「───っ!」
苦悶の表情を浮かべ片膝をつく瑞穂さん。動きが止まったことを更に容赦なくナイフが襲う
「瑞穂さん!」
私は震える足を押して立ち上がり瑞穂さんに近づこうとしたがすぐにティアさんよって制され
る
足元を穿つナイフ、それは近づくなという無言の意志に他ならない
「さぁ人の心配をしている場合ではないわよ夜風楓」
「くぅ…」
背中の刀に手を掛ける、瑞穂さんが倒れてしまった今の状況やはり自分で何とかするしかない
しかし瑞穂さんですら勝てない相手に私でどうにかなるのだろうか?
確かに一度は瑞穂さんに私は勝った。けどそのときの私はなにか別の私だった気がする、そう
刀を握った瞬間から私の中でなにかが浸食していく感覚……あのとき瑞穂さんに勝てたのはき
っと私ではない別の私だ
でも今刀を持っているのは夜風楓、別の誰でもない私だ…私が何とかしなくてはいけない!
刀の重さと目の前に迫る死の恐怖に震える手を無理矢理抑えて構える
「い、いきます!!」
私は刀を水平に構えると一気に踏み込み横なぎに払う、だがそれはいとも簡単にバックステッ
プでかわされる
「くっ!」
「そんな腰の抜けた剣では覚醒は望めないわよ、一度死の淵まで落ちるのね」
ナイフを振り上げるティアさんの顔が狂気にゆがむ、私はというと刀の重さに振り回されて無
防備な姿をさらしていた
「終わりよ!!チェックメイ…ッ!!」
突然ティアさんの振り下ろそうとした腕が宙を舞った、それはもう肩の付け根ばっさりと
あっけにとれている私をよそにティアさんの腕はそのまま放物線を描いて私の足もとにボトリ
と落ちる。
「え、えええっ?」
「な、なにまさか…」
飛ばされた右腕を押さえてティアさんが振り返った次の瞬間に私が見たのはくるくると回転して飛んでいくなにかだった
そして私の目の前に放物線を描いてそのなにかが落ちてくる、ゴロゴロと地面を転がり私の足にぶつかって止まった
なにかってそれはティアさんの頭部が
「はぅ、腕がー顔がー」
あまりの展開の速さにもうしどろみどろよ、結局私が一撃も加えることができなかったティア
さんは腕と頭を斬り飛ばされた身体をギクシャクとくねらせた後糸が切れた人形のように一気
に崩れ落ちた
砂煙の中から人影がゆっくりと立ち上がる。
「ふぅ、まぁこんなところですねぇ」
それはまぎれもない先程ティアさんの全方位からのナイフを受けて倒れたはずの瑞穂さんだっ
た、私は急いで瑞穂さんの元へと駆け寄る
「み、瑞穂さん!!大丈夫ですか!」
「はいはい、大丈夫ですよん♪」
妙に軽い口調の瑞穂さんがナイフが何本も貫かれている腕を思いっきり振り回している。
ナイフは深々と体に突き刺さっていてどうみたって大怪我のはずなのだがなぜか瑞穂さんの体
からは血が流れていない
「……にん、ぎょう?」
今気がついたけどさっきのティアさんも腕や首を斬られたというのに血が流れていない
すぐそばで倒れているティアさんの体の切断面から見えるのは木目のような模様とそこから抜
けるように浮かび上がる青白い硝煙だけだ
思わず倒れているティアさんとナイフが突き刺さっている瑞穂さんを何度も見比べる
瑞穂さんはティアさんを人形と言っていた、そしてそれは実際人形だった……人形は血を流さ
ない、えっとじゃあ今目の前にいる瑞穂さんって
「どうかしましたかぁ?楓さん」
うつむいて思考をめぐらせているところにいきなり瑞穂さんが顔を覗かせる、あまりに突然の
出来事に私は思いっきりのけぞってしまう
「な、な、な、なんですか瑞穂さん!」
「はぁ、俯いたままだったのでお腹でも痛いのかと思いました」
いやいやお腹にナイフが突き刺さっているあなたは大丈夫なのかと問いたい
「い、いえ私は全然平気です…」
変に上ずった声で答えると「そうですか、それはよかった」と笑顔で答える
そもそもなにか変だ、こういうとき瑞穂さんなら嫌味の一つくらいいいそうなのに
「あの瑞穂さんいつからそんな喋り方になってるんですか、いつもの瑞穂さんじゃないですよ
ね」
「はぁー?ちょっと疲れてまして符術の力を言葉使いにまわせないんですよぉ」
「符術の力…?それじゃやっぱり今目の前にいるのは人形…」
「まったく気がつくのが遅いんですよ貴女は」
「ひゃう!」
背後からの声にまた変な声を出してしまう、振り返った先にいたのはもう一人の瑞穂さんだっ
た。私の気も知らずに腕を組んで退屈そうに空を眺めている
「ティアさんもそうでしたけど助けてくれた瑞穂さんも人形だったんですね」
「そうだったんでーす」
ナイフが刺さった手を楽しそうに振る人形の方の瑞穂さん、見るからに痛々しいんだけど顔は
あの瑞穂さんなのでどちらかというと笑顔のほうが気になる
だがその珍しい瑞穂さんの笑顔もすぐに本物の瑞穂さんが指を鳴らすと共に煙に消えナイフだ
けがバラバラと落ちた
んー瑞穂さんもしかめっつらしてないであれくらい笑っていれば可愛いと思うんだけどなぁ
まぁそんなこと言ったって無駄だと思うから黙っていることにする
それよりも今はもっと気になることがある、それは誰が私の命を狙ってきたのかということ
崩れ落ちたティアさんの人形をもう一度見る
青白い硝煙──たぶん人形を操ってた魔力かなんだろう──が抜けた人形はもはや見る影もな
いほどに朽ち果ててきている。私が戦うことが人形のティアさんは覚醒と言っていたけれどそ
れが何を意味しているのかわからない、ただ私を利用しようとしている人がいるってことはわ
かる。
「瑞穂さん、このティアさんの人形についてなにかわかります?」
「さぁ貴女と共通の知り合いなんて姫奈以外にいるわけないでしょう」
「むぅ、そういうことじゃなくて人形の材質とかからで瑞穂さんならなにかわかるかなって、
ほら瑞穂さんも符術で人形を作り出していたじゃないですか」
私の言葉に瑞穂さんの視線が足元で踏みつけられていた人形の腕にいく
「私の符術のような簡単なものじゃないですね、この人形は相当腕の立つ人形師によって精巧
につくられた品よ。私とてこの世界の人形師のことまでは把握してませんのでこれがどこの誰
が作ったかなんて事までは判断できませんね」
「そうですか、困ったなぁなにかわかるとおもったんだけど」
「……そう悲観することでもないのではありませんか」
溜め息まじりに呟く私の肩に瑞穂さんが手を添える。
も、もしかして慰めてくれているの?瑞穂さんが!?
「ここで一体人形が倒されたのならまたいらっしゃるでしょう、貴女の命を狙いにね。良かっ
たですね」
「それってあんまり良くないですよぉ」
ああ、ちょっとでも瑞穂さんの慰めに期待した私が馬鹿だった、この人は私の状況を楽しんで
るだけだ…ううっ、外道~!
「ああそう、いい忘れましたが今回助けたのは砂漠で助けられた借りを返しただけですから、次は私は手伝いませんので」
「ええーっ!そ…そんなぁ」
「貴女の敵なんだからあなたが倒すのが本来の筋というものでしょう、何の理由で私があなた
の敵の相手までする必要があるんですか」
そう嘆息すると瑞穂さんはそのまま踵を返し私の身長ほどある壁を軽いステップで飛び移る
「もう戦いも終わったんですし、いつまでもそんなとろこにいると置いていきますよ」
「ちょ、ちょっと瑞穂さん置いていかないでくださいよ~」
壁を次々と飛越えて瑞穂さんが先に進んでいく、私は瑞穂さんみたいに壁の上を跳んではいけ
ないのでここに来るときに通った狭くてジメジメした通路から後を追いながら考える
確かに瑞穂さんの言うように追っ手を倒していけば、覚醒が何なのかしらないけど必ず人形を
使って私をその覚醒に導こうとしている張本人が現れてくるはず。
おそらくその人に会えば私の記憶の手がかりはつかめる!
「って、きゃっ!!あ、危ない…」
ぼおっと考え事をしながら走ってたのでまた地面のぬめりに足を取られそうになる
とにかくこんなところでめげてなんかいられない、目的ができたんだ…必ず取り戻してみせる
──私の記憶を!
プロフィール
HN:
氷桜夕雅
HP:
性別:
非公開
職業:
昔は探偵やってました
趣味:
メイド考察
自己紹介:
ひおうゆうが と読むらしい
本名が妙に字画が悪いので字画の良い名前にしようとおもった結果がこのちょっと痛い名前だよ!!
名古屋市在住、どこにでもいるメイドスキー♪
本名が妙に字画が悪いので字画の良い名前にしようとおもった結果がこのちょっと痛い名前だよ!!
名古屋市在住、どこにでもいるメイドスキー♪
ツクール更新メモ♪
http://xfs.jp/AStCz
バージョン0.06
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