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日記と小説の合わせ技、ツンデレはあまり関係ない。 あと当ブログの作品の無断使用はお止めください
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夜風 楓
 
──私は本当にお姉ちゃんが好きだったのかな?
私はあのときなにを考えていたのだろう…?私のことだ、きっと浮かれていたのだとおもう
──本当はお姉ちゃんなんて嫌いだったのかも
私はずっと大好きだったあの人と手をつないで夕刻の街を走る
その人はお姉ちゃんも好きだった人…
知識も体力も人徳もすべてが完璧で私なんかがどうやっても辿り着けない領域の人
そのお姉ちゃんから何かを奪った優越感で一杯だったのかもしれない
なんて醜い、けど私にできるささやかな抵抗
赤い、赤い、赤い……
夕焼け、あの人の顔、赤い靴──
「……でも全部そういう設定、なのよカーレア」
記憶という渦に巻きこれている自分に言い聞かせる、だがその渦は決して私を放そうとはしな
い、むしろより深いところに引きずり込むように流れが激しくなる
 
そしてその日の最後に見たのは大好きなあの人の顔でも、お姉ちゃんの顔でもなかった
目の前に広がっていく真っ赤な血と温もりが消えていく自らの体
────!!
「うぐ…っぅ……ぅ」
気持ち悪い嗚咽とともに覚醒した、悪夢の中でも最悪な目覚め。両手両足を鎖につながれてい
るせいで体のあちこちは痛いし、喉もガラガラに渇いてしまっている
カーレアは今多分転寝をしているのだろう、自分の運命も知らずに暢気なものだ
だがカーレアが転寝だったおかげであまり深いところまで見ることなく済んだのだからある意
味感謝してもいいのかもしれない
「…なにを考えているんだろうわたし」
わたしがどんな事を思おうがわたしにあるのは冷たい大理石の上で目隠しをし鎖につながれて時がくるのを待つだけの世界しかない、そこにわたしの意志、わたしという存在すらもない
大体それは私の記憶であってわたしの記憶ではない……そんなものを悪夢に見るなんてなにか
おかしい
ふとこちらに近づいてくる足音があった、足音の数からおそらく四人ほどで音の間隔からする
と三人は身長180ほどある男性で残りの一人は間隔の狭さからおそらく女性……女性はわた
しの食事係をしている紗希だとおもう、なんとなくだけど
足音がちょうど私のいる部屋の前で止まる、すぐにカチリという鍵の外れ重々しく扉が開いて
いく
……食事の時間?いやまだそんな時間じゃないはず、そもそも時間なんてわかんないんだけど
食事はいつもは紗希が一人で持ってくるはずだし今の今までそれ以外のことでこの扉が開いた
ことはない
──ただただなにか嫌な予感だけが過ぎる
静かにこちらに向かってくる足音が聞こえる。食事係の紗希ではない、男性の足音だ
「んーあの子が今回の目玉の子か~あんなに鎖で縛って大丈夫なのかねぇ?」
この声聞いたことがある、確かいつも紗希を迎えに来る危険な男だ
「いわば人であり、また神でもあるのですよ彼女は、この程度のことでは死のうにも死ぬことはできませんよ」
近づいてきている男はそう言うと私の目の前まで歩いてくる。わたしを神というこの人、間違いない私がずっと待ち焦がれていたあの人だ
「その子は死なないかもしれないけどよぉ・・・こちとらまともな情報をくれないと命が危ないんだぜぇ、そこんところわかってるのーかなぁ?」
「グレッグマン、リスティア=リースリングのことについてはこちらでも予想外のことだったのだ、致し方ないことだろう」
危険そうな男が大声を張り上げるがすぐに落ち着いた年配風の声色の男がそれを制する
「ブラックフォンのおじじには聞いてないってばぁ~雇い主のイグジットさん、あんたにきいてるんだよねぇ~」
会話からわかるのはあの紗希を迎えに来る危険な男がグレッグマン、おそらく暗殺者かなにか
だろう。そしてもう一人いるのはブラックフォンという人物、多分この人はあの人の部下だと思う。
そしてあの人の名前はイグジット…
何故私はあの人の名前をいままで忘れていたのだろう?私をここに連れてきた私の愛する人の
名前を…
「リスティア=リースリング、彼女の後ろにはサイル=イージスがいるからね。おそらくもう
僕達のことにも気がついているんじゃないかな?だからこそ凄腕の暗殺者である君にお願いし
たんだけどこれくらいの事で仕事を降りるなんて言い出さないですよね?」
男性なのに透き通ったように部屋に響くソプラノの声、あの人──イグジットの声は自然と心を落ち着かせ身をゆだねてしまうようなそんな不思議な声
「降りるとは言ってないんだねぇ~でも二度目ともなると向こうも警戒してくるだろうしねぇ」
「いいでしょう、成功報酬を二倍にします。」
軽く嘆息するようにイグジットが答える。だがその嘆息もなにか飾り気のある感じの嘆息
こうなることをとっくの昔にわかっているかのようだ
「んーやっぱり物分りのいい依頼主はいいねぇ~んじゃまぁ早速準備にはいるとしますか、行くよ紗季たん」
二つの足音がそのまま遠ざかる。前のグレッグマンの口振りから退場したのはグレッグマンと
紗希の二人だろう、そして二人がいなくなってしばらくして今度はブラックフォンの声がした
「いいのですか成功報酬二倍などと言って、ただでさえ奴の成功報酬は破格の値だというのに」
「問題ないさ、“成功報酬”としか言ってないからね。成功しなければ受け取れない金、サイルやリスティア相手にそうだな彼は五分の勝率といったところ、そして彼は本当に命を賭けることはしない、命を奪うか奪われるかの僅差の戦いになれば必ず彼は逃げを選ぶそういう人さ」
そう静かに言いながらイグジットは手でわたしの髪を梳く。
「……!」
髪を梳いた瞬間全身の力が抜け時が止まってしまったようにイグジットに身を任せてしまって
いた、猿轡だとかはされていないので喋ろうと思えば喋れるのだがなぜか声にならない
「けど別に彼が悪いわけではない、人間として当然の考えだよ。金は無くなってもまた手に入れることはできるが命はそうはいかないからね、五割の戦いに命は賭けるのはリスキーさ」
イグジットはそこまで言うとわたしの髪を梳くのを止め今度は軽く顎を引き寄せた
「…でもその五割の勝率を十割にすることも勝つ人間を変えることも君なら可能だ、覚醒
はまだ先のようだがね」
覚醒?覚醒とはなんのこと?ただそれを聞こうにも声が擦れまともに声が出ない
けど覚醒という言葉を聴いたときなぜか体の奥が熱くなっているのだけを強く感じた
「だがいつか君は運命を操れるようになる、そうセドナの女神のように」
セドナの女神?そう思った瞬間に私の唇に暖かいものが触れる
「───っ!!!」
──唇、あの人の唇だ
だがそんなずっと好きだった人の口付けもなにか無機質で無感情に思え、そして私は悟ってし
まった
ああ…イグジットは本当にわたしが待ち焦がれたあの人だったのだろうか?
多分違う、本当は私が待ち焦がれていた人なんだ
そう無理に決めつけたところで突然わたしの意識は闇に落ちた
すべてを逃げるかのように
 
私はなにかに促されるように目を開く
またあの夢、記憶を失ってから二度目の夢。今回も大理石の冷たさ、誰かよくわからない人と
キスをした感触だけはしっかりと残っていた
「ファーストキスが夢の中…っと、ファーストキスかどうかもわからないんだけど」
目の前の焚き火をぼんやりと見ながら唇を指でなぞり呟く、どうやら私は火の番をしている途
中で転寝をしちゃってたみたい
姫奈ちゃんの師匠という水栗妖花さんと別れた私達一行はそのまま大陸を東へ少し進み小さな
森の中で野宿することになったの
「はぁ…やっぱりあの火の番の決め方納得いかないなぁ」
真っ暗で静まった中夢の事なんてそうそうに忘れておもわず一人で愚痴る。
野宿をする上で火の番は重要だって瑞穂さんが言うものだからその火の番の時間を昼間に姫奈
ちゃんが大量に購入してたあのカード“コンフリテックタロット”で決めることになったんだ
けど、私ルールも大して理解してない初心者だよ、そんな状態で上級者の姫奈ちゃんや瑞穂さ
んに勝てるわけがないんだよぉ
結果もちろん最下位は私、二連敗…一応姫奈ちゃんに重複してるからってもらったレアカード
の戦乙女だかなんだかで頑張ったんだけどね
二位は瑞穂さん、「こんな下等生物がやるようなゲーム、私には似合いませんわぷんすかぷん」
とか言いそうなのにちゃっかりマイデックなんて持っていて、まぁプレイスタイルは性格が表れてるといったらいいのか嫌らしくかつ堅実な感じだった、でも意外なことに姫奈ちゃんには
手も足も出せずあっさりと負けてしまう、なんでも昼間姫奈ちゃんがでたレアカードが戦況を
大きく変えるものだったらしい
そんなわけで一位の姫奈ちゃんが一時間、二位の瑞穂さんが二時間、それで最下位の私が三時
間火の番をするという時間配分になったのだ
「もしかしてこれからずっとこんな感じなのかなぁ、だったら明日に備えてデックつくりを」
そう思ってデックケースを取り出した瞬間急に辺りが真っ暗になった。そしてすぐに焦げ臭さと煙が充満する
こ、これってまずくないですかぁ?
私がぼけっと考え事してるから焚き火はもう燃やすものもなく燻っている状態になっていた。火起こしなんてやったことないからおそらくやったとしても燻っている火を消してしまうのが
目に見えてるし。ああ、こんなところを瑞穂さんなんかに見つかったら
(全くまともに火の番もできないんですかこの下等生物は)
言われるな、確実に言われる…
そうなるともう私が助けを求められる人は一人しかいない、確か姫奈ちゃんなら火を発生させ
る魔法の道具を持っていたはず
「瑞穂さんを起こさないように姫奈ちゃんを起こす!これしかないね」
私は腹を決めて慎重に近くに立ててあるテントまで歩く。事なににつけても敏感に反応する瑞
穂さんを起こさないように鈍感な姫奈ちゃんを起こすなんて無理な話なんだけどやるしかない
「そぉっと…失礼しまぁす」
小さなテントに顔だけ覗かせる。
「あれ、姫奈ちゃん…?」
薄暗いテントのなかをじっと目を凝らして見るが中にいるのは瑞穂さんだけで姫奈ちゃんの姿
は見えない、トイレかなにかかとも思ったがきっちり寝袋が畳まれているのを見るとどこかに
出かけたって感じだけどいったいこんな夜中にどこへ行ったんだろう?
「ん~?」
頭を小突いてなにか行きそうな場所を考えるがこんな森の中これといっていくような場所もな
く、唯一あるとすれば───
「ここから南にあるとか言ってた湖くらいか」
あの姫奈ちゃんが私達を置いて先にシェイクランドへ進んだり、ハームステインに戻ったりは
しないだろう、だとするならその湖闇雲に森の中を探すよりかは圧倒的に行きそうな確率は高
い…気がする
「と、とにかく私の次の火の番は瑞穂さんなんだから急いで姫奈ちゃんを探さないと」
テントから静かに自分の刀を引っ張り出すと背中に背負った、重くてやたら長くいけどこ
んな真夜中の森の中に松明もなく進むってのはなにと遭遇するかわかったものじゃないしないよりかはましだと思う
「待ってても姫奈ちゃんの火の番はもっと先だから帰ってくるのだいぶ後かもしれないし、よ
ぉーし姫奈ちゃん捜索隊出動よ!」
私は大きく息を吸い込むと一気に森の中へと駆け出した
 
駆け出した、駆け出したのはいいんだけど…
教訓、よい子は真夜中に森の中に入らない!!
「…はぁはぁ、疲れた」
なんとかして湖までついた頃にはもう息も切れ切れしていた、湖まではさほど距離がなかった
んだけど明かりもない森の中を走ったものだから何度となく木の根に足を引っ掛けて転んだり
正面から木にぶつかったりと…ううっ、ぶつけたおでこがまだ痛いよ
こ、これで姫奈ちゃんがいなかったりしたら泣けるなぁ
おでこを擦りながら少し小高い位置から湖全体を見渡す、湖は結構広くまた夜空に浮かぶ月?
が水面に映っているため森の中よりは大分明るい
「いるかなぁ~ひーめーなーちゃん、いたっ!」
ちょうど私のいる丘から湖をはさんで反対側にかすかに赤い袴が見える、顔までははっきりわ
からないけどもうこんな異世界の森の中に巫女って言えば姫奈ちゃん以外にありえない
「よぉーし!」
丘を滑り降りると全速力で駆け出すが、勢いがつきすぎて止まれなくなる事に気がつけるほど
私って頭の回るほうじゃないみたい、姫奈ちゃんと目が合った途端にまたつんのめって転んだ
これって物凄く恥ずかしいような
「あ、楓ちゃん?どうしてこんなところへ…っというか大丈夫でする?」
「う、うん…なんとか。姫奈ちゃんにちょっと用事があって」
さっきから本当全くなにやっているんだろう私、ドジもいいところだよ。
「用事ってまだ楓ちゃんって火の番じゃないでする?もしかしてなにかあったんでするか?」
「確か姫奈ちゃんって火を発生させるアイテム持ってましたよね?あれ貸してほしいんです」
「火を発生させるって、これでする?」
姫奈ちゃんが袖口から取り出したのは手の平に入るくらい小さい真っ赤のガラス玉のようなもの、あの中に火の魔力を閉じ込めていて魔法を使えない私達でも覆っているガラスを割ること
で魔法のように火を発生させれるっていう便利なアイテムって話だ
これさえあれば瑞穂さんに怒られずにすむ!
「そう!それですっ!」
思わず手を伸ばすが何故か姫奈ちゃんは見計らったようにアイテムを持った手を引っ込める
なんだろう、姫奈ちゃんがこんなことをするなんてちょっと意外というかなんというか予想外
「あれ?姫奈ちゃん?」
「なんとなく楓ちゃんがここに来た意図が読めたでする、楓っち火を消しちゃったでするね!!」
「うっ!」
思わず後ずさる。図星なだけに言い返すこともできずに私は罰が悪そうに後ろ首を掻くしかないかった
「は、はは……まぁその、はい……消しました。それで瑞穂さんに言うとまた怒られるだろうから姫奈ちゃんを頼りにここまで来たんです」
「だったら勝負でする」
「うんうん、じゃ勝負って……勝負っ!?」
思わず耳を疑うその言葉、勝負って私と姫奈ちゃんとで?
「師匠に言われたでする、強い人と組み手をするのが上達の秘訣だって。だから私と勝負して
欲しいでする、それで楓ちゃんが勝ったらこのアイテムをあげるってのはどうでする?」
「つまり真剣勝負にするために何かを賭けて戦うってことですか、ええっと私が負けた場合は?」
「んー楓ちゃんが負けるなんてことはないとおもいまするが、じゃもし私が勝ったらわたしの
言うこと一つ聞いて欲しいでする」
しょうがないな、無下に断るわけにもいかないしこの勝負受けるしかないか
私の次の火の番は瑞穂さんだ、そう時間はかけていられない……速攻で勝負を決めないとここ
までわざわざ出向いたことが水泡になる
「わかった姫奈ちゃん、その勝負受けます!」
「それじゃ決まりでするね~」
姫奈ちゃんは軽く笑顔を見せると踵を返して私から距離をとる、夜中だってのにいつも元気だなぁ
「よぉし……!」
私は軽く息を吐くと背中の刀に手をかける。こんなことをするために刀を持ってきたつもりじゃなかったんだけどこうなってしまったからにはしょうがない
中程に更に持つ部分が存在する異形の刀。細身だけど私の身長よりも更に長いためその分ずっ
しりと重い、そして記憶を失う前の私はよくこんな刀を使ってたと感心するほどに使いづらい。
「いくでするよ楓ちゃん!!」
言うが早い、姫奈ちゃんは刀を上段に構え一気にこちらに走り出す、間合いとか読み合いとか
は完全に無視した猪突猛進
「えええぃっ!!」
「……っ!!」
勢いのまま姫奈ちゃんが振り下ろす刀を受け止める。受け止める、受け止めるの分にはこの刀
は使い勝手はいい、なんていったって刀の中程を持てることで受け止める部分には一番力を掛
けやすいんだから、だけど──
「私だって負けません!!」
刀を前へ押し出すように踏み込み一気に距離を離すがすぐに姫奈ちゃんは距離をつめて刀を振
り下ろしてくる、これでは防戦一方だ
そう私はこの刀、防御には有利だとわかってはいるが攻撃にはいまいち感覚がつかめていない
両手で持っても重い刀を振り回すって事は明らかに攻撃をはずした後体勢を戻せず、隙も大き
くなる、その隙をなんとかするにはこの刀の異様な長さを利用した遠距離からが考えられるん
だけどこの無策とも思える姫奈ちゃんの猪突猛進の近距離戦がそれを封じていた
それをなんとかして攻撃に転じないと守るだけでは勝てないよ
「せいっ!!!」
姫奈ちゃんの連続攻撃の最後の一撃が両腕に重くのしかかる
刀の重みがそのまま腕を伝わり疲労が蓄積する、おそらくこのままじゃ攻撃している姫奈ちゃんよりも先に私の方が力尽きちゃう
────姫奈の攻撃は粗いが隙というもの自体は少なく繋がっている、けど私とこの朱天月刃
を封じるには水栗流剣術では足りないわ
「…………えっ?」
また頭の中が一瞬切り替わった、この感覚砂漠で瑞穂さんと戦ったときやハームステインで買
い物をしてたときに時々あった感覚と同じ
「どうしちゃったでするか楓ちゃん!守ってばかりでは勝てないでするよっ!」
姫奈ちゃんの叫ぶ声で思考が戻るが体までは戻ってこれておらず上段の構えから放たれた強烈
な一撃に体勢が崩れる
「隙ありでするよっ!」
「っ!」
水平に放たれた斬撃をなんとか朱天──刀で受け止める。やはりなにかまたおかしくなってき
ている、姫奈ちゃんの攻撃による一撃一撃の揺れが体で受けている衝撃以上に頭の中に響く
ドクン、ドクン、ドクン
自分の耳を疑うほどに自分の鼓動が大きくなっている
──それは私の内側にいるナニカが「わたしを出せ」と扉を叩くかのように
なんなの?何が起こっているの?
私の疑問に答えてくれる人はいない、ただ見た目は変わらずとも私の内側で何かが変わってい
くのだけがはっきりと感じられる
一撃受けるごとに体の先からなにか別の者に書き換えられていくように力が抜けていく、だけ
ど体は私ではない誰かが動かし攻撃を防いでいる。
いつの間にか私はただ傍観者のように見ていることしかできなくなっていた
「そこでするっ!!」
続けざまに攻撃を繰り返していた姫奈ちゃんがこれで何度目かという強烈な一撃を放つ、受け
止めるだけでも腕に響いた一撃だがそれを今のわたしは紙一重で避け次の瞬間には一気に後方
に跳び姫奈ちゃんとの距離を離していた
(今の見切り、凄い……それに後ろにあんなにジャンプできるものなの?)
自分の体がしたことに思わず感心してしまう、なんだろう変な感覚
そしてわたしは私の意志とは反して勝手に口を開く
「カーレアには教えなければならない、朱天月刃は立ち止まって振るう刀ではないことを」
紛れもない私の声、いやまぁ私の体なんだから当然なんだけどいったい誰の意思で声がでてるのかそれは全くわからない
それにカーレアって誰?私のこと?
朱天月刃って…私の持っているあの刀のこと?
私の知らない事知ってて私の中に存在するこのもう一人のわたし……彼女は一体?
「今度はこちらからいかせてもらいます!」
一気にわたしが走り出す。けど私はただ見ているだけでなにもしてはいない
「……腕だけでは駄目、朱天月刃は遠心力をもってして真の力を生み出す」
そう言うと重心移動とかそんな感じの違いなんだろうか?とにかく物凄い速さで姫奈ちゃんに
接近する、息も切れてない……同じ体のはずなのに操っている人が違うだけでこうも変わるも
のなのかと…操っているってのもなんか変だけど
「いくわよっ!『連牙』っ!!」
軽く跳躍すると体を軸に独楽のように回転し刀を振り下ろす。
「お、重いっ!」
なんとかこの一撃を耐えた姫奈ちゃんだったが足元がふらついている、そしてわたしはすぐに
また軽く跳躍する
(これって……)
今の私は何故か見ているだけの状態で乗り物にのっているような感覚だけどなんとなく理解し
た。あの刀───朱天月刃とかいったっけ───は剣先の方が重くなっているんだ、そしてそ
れを腕の力だけでなく回転させることによる遠心力や高いところから振り下ろすことによる自
由落下の力を合わせることで本当の力が発揮されるんだ
確かにそう考えると腕だけでは駄目だ、体全体でこの武器は扱うものだというのはわかる
「まだよ!『連双牙』!」
先程の勢いのままもう一度旋回する、足で地面を蹴るステップで一気に姫奈ちゃんのすぐ前ま
で接近し刀を力一杯ぶつける
「うっ……きゃぁ!」
姫奈ちゃんの持っていた刀は簡単に弾き飛ばされ後方の闇へ消える、さっきの攻撃の勢いがそ
のまま加わった攻撃だ、最初の一撃よりも当然重い
「『朱牙』!!」
「くぅっ!!」
姫奈ちゃんは咄嗟に二本目の刀を抜くがそれさえも三回目の回転による攻撃で刀の刃が闇夜の
森の中に飛ぶ
(こ、これ以上は駄目っ!)
私はなんとか叫び全身の力をこめるが全く変化がない、なんとか力を入れて抵抗しようとするもその間にもわたしは姫奈ちゃんに近づいてく。攻撃の回転は止まったが姫奈ちゃんを追い詰めようとするのは変わっていない
(・・・・・・止まって私の体!!)
あれは………は私ではない、このまま姫奈ちゃんと戦ったら姫奈ちゃんを傷つけてしまう
──それどころか殺してしまう可能性だってある
「はぁはぁ、やっぱり楓ちゃん強いでする・・・・・・私の負けでするね」
木に凭れ掛かるようにして折れた刀を持ったまま姫奈ちゃんは座り込む、多分気がついていないんだ、今のわたしに
「勝者だけが生き残る世界、その世界で負けるものがいつまでも生きながらえる必要あるのか
しら?やり直しなさい、今度は勝者になるためにね」
そんな状況も知らない姫奈ちゃんの首元にわたしは冷たく言い放つと朱天月刃の剣先を当てる。
「あ、あれ楓ちゃん?どうしたでする?」
ようやくわたしの異変に気がついたように姫奈ちゃんが顔をあげるが次にわたしが呟いたのは
本当に短い言葉
「死になさい!」
右腕一本で軽々と朱天月刃を振り上げる、姫奈ちゃんはなんとか折れた刀を構えるがそんなも
ので朱天月刃の一撃は止められるわけがない
(止めて、止めて、止めて、止めて、止めて!!)
必死に止めようとしてもやはりどうにもならなかった、これから始まるであろう惨劇から目を逸らそうとしても目をつぶろうとしてもそれすら叶わない
──終わる、姫奈ちゃんの命が!
「ぐぁっ!!!」
瞬間、激しい腹部への痛みとともに体全身に感覚が戻ってくる、地面を激しく転がってそれが充分にわかった
「え、あ・・・・・・私」
「最後まで諦めちゃ駄目ってことでするねっ」
何故か妙に笑顔な姫奈ちゃんVサイン、そして折れた刀を持つ方とは逆の手に持った鞘が視界
に入る。なんとなくそれでなにが起こったか理解した、姫奈ちゃんは最後の最後で鞘で攻撃し
てきたんだ・・・起死回生の一撃、これがなかったら今頃私の目の前には姫奈ちゃんの崩れ落ちた
姿が写っていたのかもしれない
「はぁ~~っ」
姫奈ちゃんを傷つけずに済んだことと体の自由が利くようになった安堵感で仰向けになって目を閉じ大きな溜息を漏らす
けど一体あれはなんだったんだろう?
記憶が戻ったような感じだった、刀の名前や使い方それを知っていたわけだしでもそれだった
らもうちょっとましな戻り方とかあるじゃない、まるで別の人格が操作しそれを見せ付けられるような戻り方なんて異常だよ
それにもう一人のわたし、「教える」って言っていた、ということはなに?もう一人のわたしは
私のことを知っている前提で戦っていたということ?
・・・・・・多分もう一人のわたしと話が出来れば私の記憶に関することはわかるのかもしれない
しかし体を支配されてしまったらまた姫奈ちゃんや瑞穂さんを傷つけることになる可能性もあ
るし・・・・・・
「楓ちゃん大丈夫でするか?」
目を開けると心配そうな姫奈ちゃんの顔が見えた。ああ、動かないで目を閉じてたから何事かと心配させてしまっていたみたい
「あ、大丈夫だよ、これくらい平気平気」
上半身だけ起こすと体を捻って無事なところを見せる、でも本当は体を捻ったときに姫奈ちゃ
んに最後受けた鞘での打撃が響いてきたんだけどそこはなんとか我慢
「咄嗟にだったでするから加減もなく攻撃しちゃってごめんでする」
「気にしないでいいよ、私も本気でやったんだから」
・・・・・・まぁ本気で戦ってたのは別のわたしなんだけどね、それはまぁ言わないことにする
「でも姫奈ちゃんも強いじゃないですか、さっきの勝負も私の負けですし」
「そういえば私が勝ったら言うこと聞いてくれるって話でしたでするね」
「そ、そんな話だったね」
はは、私は結局なんのために姫奈ちゃんに会いに来たんだがわからないじゃない
火を発生させるアイテムをもらいに来たつもりがただ姫奈ちゃんの言うことを一つ聞くことに
なるなんて
「うーん、私も勝てるとは思ってなかったでするからねぇ~どんなことにしよう~?」
姫奈ちゃんは腕を組んで考える仕草を見せる、けど全然悩んでる感じじゃないと思う
それから姫奈ちゃんは演技っぽい悩み方をしばらくしてふと思い立ったように口を開いた
「それじゃこれからは楓ちゃんのことを“かえちゃん“って呼ぶことにするでする、かえちゃ
んもこれからは私のことをひめちゃんと呼んでいいでするから」
「か・・・かえちゃんって」
「ゲーム風にいうならばかえちゃんとの親密度があーっぷって感じでする?」
「あーっぷって、まぁそれくらいなら別にいいですけど」
何でも言うことを聞くなんてことを約束をしてこれならお安い御用って気分だよ、でも良く考
えたら姫奈ちゃ・・・あ、ひめちゃんとの勝負に負けたんだから火をつけるアイテムは無し?
そんな私の心の声が聞こえたのか懐の中から例のアイテムを取り出すと私に差し出す
ひめちゃんの手の中で真っ赤に光る小さな水晶、火の魔力を封じたそれは今は小さく弱弱しく
見えるのだけど一度水晶にひびを入れ空気中の魔力に触れさせるとかなりの炎を生み出す、っ
て買ったときにおじさんが話してたっけ
「はい、かえちゃんが欲しかったもの」
「でもこれって私が勝ったらって話じゃ・・・・・・」
「まぁこれは練習に付き合ってくれたお礼でするよ」
姫奈ちゃんは軽く微笑むと私の手をとり水晶を握らせる。つまり勝っても負けても目的の物は
手に入るって話に最初からなっていたのだ
「優しいですねひめちゃんは」
「そうでする?優しかったら最初から渡しているでするよ」
「あ、それもそうか~じゃあんまり優しくないね」
「むむっ!それじゃ返してくださいでするっ!」
そう言うとひめちゃんは私に飛びついてくる、っていきなりなにをするかとおもったら私の体
をくすぐりだした
「覚悟するでするよーかえちゃん」
「やーちょ、ちょっと、あはは・・・くすぐったいって!」
身をよじって抵抗しても執拗にひめちゃんは横っ腹をくすぐる
「冗談・・・きゃはは、ごめんごめんってー」
「まいったでする?」
「ま、まいったからや・・・きゃはっ、やめてぇ」
「ん、わかればいいでするよ」
ようやくひめちゃんのくすぐりから開放される
「ふぁぁ」
笑い疲れたせいか先の戦闘の疲れがどっときて眠気を誘う
あーなんかこのまま寝ちゃいたい気分だ。
しかしちょっと目をつぶったらまたひめちゃんにくすぐられ思わず身を起こした
「こんなところで寝ちゃダメ、眠りたいのならテントのほうへ戻るでするよ」
「そうだね、すっかり当初の予定を忘れてたけど瑞穂さんに見つかったらまずいですから」
立ち上がるとスカートについたほこりを払い、そばに転がってた朱天月刃に手を伸ばす
けどちょっと待って!
(これ持ったらまた別のわたしが出てきたり・・・しないよね?)
さっきだってひめちゃんが止めてくれなかったらわたしはなにを今頃何をしていたかわからない、瑞穂さんを砂漠で倒したときもこの朱天月刃を使ってたから切り替わったんだと考えるならこの刀、持ってちゃいけないような
「はぁ、物凄く向こう側に飛ばされてたでするよ私の刀」
いつの間にかひめちゃんは先の戦いでわたしが弾き飛ばした刀を探しに行って戻ってきた
(この刀のことひめちゃんに言ったほうがいいかなぁ)
「どうしたでする?早く拾って戻らないとそろそろ瑞穂っちの火の番でするよ」
「え、あ、うん・・・」
ひめちゃんの言葉に促されるまま朱天月刃を手に取る。どうやら今は大丈夫のようだった
やっぱりこの刀の事言っておこう、なにかあったときに瑞穂さんとひめちゃんで私を止めるようにしてもらえば・・・
朱天月刃を背中の鞘に横からスライドさせるように収めるとひめちゃんのほうへ向きなおす
「ひめちゃん!」
「はい、なんでするかかえちゃん」
「え、えっとね・・・・・・ええっとぉ」
私はこの秘密を伝えようと決意したって言うのに何故か今言葉にならない
ひめちゃんは呼びかけておいて何もいわない私を不思議そうな顔で見つめている。ひめちゃん
のその顔を見たらますます言いにくくなって言葉を濁すしかなかった
「あーうんん、やっぱりなんでもない」
「ん?変なかえちゃんでするね。とりあえず時間ないですしテントに戻るでするよ」
そのまま気にも留めずにひめちゃんは小走りにテントのほうへ走っていってしまう
結局言えなかった、でも決意したのになにか言えなかった事にある種の安堵感を感じてしまってもいた。よく考えたらひめちゃんや瑞穂さんに止めてもらうなんて都合のいい話・・・・・・確か
にあの別のわたしは強いけどそれを制御できないならひめちゃんや瑞穂さんと一緒に旅をする
べきじゃない、そして奇妙な縁とはいえ私の問題にそこまで付き合ってもらうのはなにか気が
引ける。ひめちゃんはそんな事気にしてそうにないけど今一緒に旅をしている状況だけでも充
分すぎるほどなんだよ・・・・・・
けど安堵感ってなんだろう、もしかしたらそれは私の中にまだ大してひめなちゃんや瑞穂さん
の事を知っているわけじゃないし旅も日数が経っているわけでもない、だからまだ旅をしてい
たいっていうのがあって、とりあえず一緒にいられなくなるかもしれない朱天月刃ともうひと
りのわたしの問題が先延ばしになった事に対する安堵感なのかも
記憶を探すたびなのに記憶が戻ることを拒否しているなんておかしな話だけど、それが今の私
本当の気持ちなんだろう
「・・・・・・はぁ、どうしたらいいんだろう」
溜息混じりに呟くと一陣の風が私の髪を今の心を表すようにざぁっと揺らしていった

                           4
 
夜風 紅葉
 
(さて、そろそろ動き出さないといけないわね)
石造りの廊下を歩きながら夜風紅葉は次の展開を頭の中で思い描いていた。
ハームステインへ偵察の人形を送り出して既に一週間、未だ人形からの連絡がないということ
は十中八九破壊されたと考えていいだろう。偵察が何の情報も得られないままに破壊された事は本来良いことではないように思えるが紅葉にとってはむしろいい兆候だった
なぜなら偵察などを出さずとも紅葉には存在を感じることができ、本当は偵察ではなく破壊さ
れに行かせたというのが正しいからだ。妹には『戦う事で急激に成長する』という設定がして
ある、仮に人形が一太刀も与えられなかったとしても少しは効果が上がったはず、それで十分
なのである
(問題はもっと別のところ、何故シェイクランドなんかにいるのかってこと)
本来ならもうある程度の力をつけてこちらに向かってくるはず、それが全く見当違いのところ
へ進んでいる、なにか異常でもあったのだろうか?あまり時間が経ってくるとまたあの二人、
幻=クレイドとティア=マローネに邪魔をされかねない。
「スリティ=クレイドではやはり当てになりそうにもないし、問題は山積みね」
偵察の人形と一緒に幻とティアの始末をそうそうにするためにかつてフランク皇国を一夜にし
て落城させた暗黒騎士、スリティ=クレイドの人形を送ったのであるがこちらも未だ戻ってき
てくる気配もない
紅葉は迷路のように入り組んだ廊下を進むと普段から人形作りに使っている部屋に入る
「あら?私の工房にいるなんて珍しいわねジーク君」
「うぃ~おはようさんです、紅葉ちゃん」
ジークはクリスタル製の机につっぷした状態のまま顔だけこちらに向けて答える、もう見た感
じから退屈そうな表情だ
「おはようジーク君、もう昼だっていうのに眠そうね」
そう言うと紅葉はジークの正面に座り近くにあったキャスター付きの道具入れを引き寄せる
何段かある引き出しの一つを開けると細かく仕切られ様々な色をした真紅の色をした人形の目
玉から一つを取り出す
「もう昼なんだ、ぜぇんぜん時間わからないから気がつかなかふぁぁぁっ」
言葉も中途半端にジークは大きく背を伸ばして欠伸をする
ジークが時間がわからないのも無理はない、今二人がいる空間は通常の世界とは違い魔力で作
られた簡易異世界における空間のため窓がなく日の進みがわからない、時間の進み方も一定で
はない不安定な世界だった
「慣れないとここでの生活は難しいわね、でも眠いのにどうして私の工房に?」
「まぁ気分転換みたいな感じで」
「そう・・・・・・良さ気の人形は見つかったかしら?ジーク君なら好きなの使っていいわよ」
手の中でボールのように目玉を転がしいじわるっぽく紅葉が言う。その言葉に深い意味が込め
られているのにはジークにもなんとなく理解できていた
「ええ、良さ気?使う?な、なんのことん?」
「女性の私からは言えないわ。でもジーク君の記憶を操る能力を使えば思うが侭に出来るでし
ょって話」
思うが侭───
その言葉に一瞬ジークは妄想を膨らしたのだろうがすぐに頭を振って意識を正常に戻す
「いやいやしないってばぁ~。そ、それよりさなんで記憶を与えただけで勝手に動き出すのか
なぁ?ほらそこらの椅子やテーブルに記憶を与えても動き出すわけじゃないし」
ジークは後ろ首を掻いて話を逸らす。紅葉はその質問に少し眉をひそめた、咄嗟に話を逸らすために言った質問にしては意外と的を得た質問だったからだ
「面白い質問ね。ジーク君はアカシャって言葉知ってる?」
「アカシャ?ずぅぇんぜぇん知らないねぇ」
「アカシックレコードとも言われていてね、過去から未来までの情報が記録されているといわ
れている場所のところなんだけど。それと同一、もしくは近しい存在に全ての存在の記憶も記
録されているの、生物だけではなくて植物や鉱物・・・・・・今現在生きている物から既に死に絶え
たものの記憶も全てね」
「むむむっ・・・・・・なんだか難しい話だ」
ジークは腕を組んで難しそうに考える。それが考える振りだというのはなんとなく紅葉にはわ
かったがそのまま気にせず言葉を続ける
「ジーク君がその人物の記憶を一部だけでも与えるとその記憶を全て記録している場所のその
人物の記憶ね、そこに繋がるの。でもそれだけではダメ、それは記憶であって意識ではないか
らね。そこで私の人形の内部にその人物の記憶から意識を構築する魔力回路が組み込まれてい
るの、だからその回路の無い物にジーク君が記憶を与えたところで勝手に動き出さないのよ。
まぁその回路もこの間の人形みたいにまだ成功してないからあくまで推測での話だけどね。」
「う、うむぅ」
まるで絵本を読み聞かせるような口調で説明をするがそれでもジークには難解な点が多いのか、
半分も理解できないようでにじっと唸るくらいしかしない
「もっとわかりやすく例えるとするなら私の人形が映写機でジーク君が与える記憶がフィルムってところかしら、フィルムだけでも映写機だけでも映像は出ない・・・・・・でしょ?」
「あー微妙に理解できたようなぁん」
「あんまり深く考えてはダメよ?世界には理解できないものもあるのだから、ね」
諭すよう紅葉は言葉を締めると席を立ち手の中で転がしていた人形の目玉を側にあった作りか
けの人形に裏側からはめ込む
「でもジーク君は知ろうと思えばこの世界の全てを知ることが出来るのね、すごいわ」
人形に向かい合ったまま振り返らずに紅葉は言う。しかしそれは正直無理な話だとジークは思っているだろう。何故ならジークの<記憶>を操るという能力は直に触れなければその能力を
発揮しない、それを考えれば例えジークの能力があっても世界の全てを知ることなんて出来る
わけがないのだ・・・・・・どこにあるかもわからず触れることが出来ないのだから。
だけど紅葉は知っている、未だ覚醒に至ってはいないがどこに存在し触れようと思えば触れる
ことが出来るアカシャの────いや正確にはセドナの女神の力を内包している者をことを
「さて、と・・・・・・難しい話はこれくらいにして今日くらい行きましょうか?」
紅葉は再びジークの前に座りなおすと優しく微笑みかける。まだどこに行くとも言っていない
が言葉だけで今日ずっと暗かったジークの表情が一変明るくなる
それもそのはずである、紅葉はジークに以前一日デートに付き合ってくれれば開放してもいい
と約束をしたもののすぐに行くわけでもなく結局その後一週間おあずけ状態にしていたのだ
「よぉぉぉし!なんか眠気が吹き飛んだよ、さぁ出発だぁ~」
勢いよくジークは立ち上がると大きく背伸びをし体を左右に捻る、まるで水を得た魚のような
ジークの様子に紅葉は思わず苦笑する
「なにか私とデートするのが嬉しいって感じじゃないわねぇ」
「そ、そんなことないよぉ~紅葉ちゃんみたいな可愛い女の子とデートだなんて光栄の限りだ
よん」
ジークは見え透いたおだて言葉を並べるがもちろんそんな言葉では紅葉は動じない。しかしそ
れでも紅葉は構わなかった、紅葉自身もジークには多くの嘘をついているのだ
───デートなんていうのも計画の一つで
───そして本当は紅葉はジークを開放する気も初めからないのだから
「ん~~それじゃデートどこ行く?西の大陸なら色々場所知ってるけど」
なにはともあれ紅葉にはジークの力が必要なのは間違いない、紅葉は少し考えるように俯くと
初めから決めていた台詞を言う
「そうね・・・西の大陸もいいけど、私はシェイクランド皇国に行ってみたいわ」
もう多少の嘘くらいでは紅葉の心は傷つかない、もう過去に心は傷つき過ぎたし、今は何をし
てでもこの計画を成功させなければならないのだ
──それは妹をこの手にかけることになってでも
 
シェイクランド皇国・・・東の三大国であるフランク皇国とハームステイン王国のちょうど中間
の位置にあり、近年城の真下から広大な水晶洞窟が発見されそれにより稀にみる成長を遂げた国である。そのためフランク皇国とクインハルド王国亡き今東の大陸の中で一番勢いのある国
といってもいいだろう
「うっひゃぁ~物凄い人だねぇ~」
ジークは思わず感嘆の声をあげ辺りを見渡す。紅葉とジークはあの石造りの部屋がある異次元
の空間からシェイクランド城下町の近くまで移動していた。
時刻は夕方、夕日が至る所を赤く染め始めようかとするくらいの時間。
「本当・・・なにか今日はお祭りかなにかかしら?」
城下町は華やかに彩られ多くの露店と人でごった返していた。紅葉は街の至る所にある飾り物
に同じ文章が入っていることを確認するとそれにじっと集中する
文字としては異世界から来た紅葉には幾何学模様にしか見えないが集中すると何かに繋がるよ
うにして紅葉に理解できる形になり頭の中にひらめく
「“シェイクランド皇女 フレア=シェクランド様御生誕十周年祭”か、なるほどそれでこんな
にも人が集まっているのね」
紅葉は一人呟くと歩き出す。しかしその横にいつの間にかジークはおらず振り返るとなにやら
ジークは紅葉の遥か後方でなにやら手元を見つめている
「ジーク君なにをしてるの?」
「あ、ちょっと待って~異空間から戻ってきたんだから携帯伝話でティアに連絡を・・・・・・」
紅葉は軽く溜息をつくともっともらしい理由でそれを制する
「もう、デートしているときに他の女の子に連絡するなんて私はそんなに魅力ない?」
事の重大さを全く理解していなかった様子のジークは紅葉の指摘でようやく自分がやってた事
の酷さに気がつき流石に罰が悪そうに後ろ首を掻き持っていた携帯伝話をポケットにしまう
「いや、言われてみればごもっともっていうかぁ~んーごめん!!」
急いで紅葉の元へ駆け寄りそのままの勢いで頭を下げ謝罪するがそれでは紅葉は満足しないの
かジークの方を見ないように顔を逸らし声のトーンを下げて呟く
「そりゃジーク君はずっと監禁みたいなことしてたような人な私の相手なんて早々に切り上げ
たいんでしょうけど、それでも一応おん・・・・・・」
「あ、ちょっと待って!」
紅葉の愚痴も途中でジークが一つの露店に走り出す。あまりのジークの行動にお説教気味の愚
痴も言う気が無くなってしまった、ジークのような性格の人に紅葉の言うような細かい気遣い
を求めても無駄なのだ
「・・・・・・そういえば前にもこんなデートがあったわねぇ」
紅葉は楽しそうに露店の商品を物色しているジークの後姿を見ながら深い溜息をつく
一瞬ジークの後姿に紅葉がかつて愛した人の姿が重なる
それはもうずっと前の話のようでいて、昨日の事のように鮮明に記憶されている。
──楽しかった事も
──嬉しかった事も
──悲しかった事も
──泣きたかった事も
最終的には離れ、失ってしまった心。だがそれに感傷はない・・・・・・まだ紅葉はやり直せるのだ
その術を今再び手中にしているのだから
「ありゃ?紅葉ちゃん立ったまま寝てる?」
ジークの言葉にふらふらと抜けていた意識が体に戻る。
「寝てないわよ、ただちょっとジーク君の行動に呆れてただけ・・・・・・もういいけど」
「ほへ?まぁいいや、とりあえずはい姫林檎飴」
そう言うとジークは両手に持った小さな林檎飴の一方を差し出す。紅葉はそれを受け取ると珍
しそうな顔でそれを眺めた。
「へぇ、姫林檎の林檎飴なんてはじめて見たわ」
普通の林檎よりも小さい姫林檎、それが串に刺され琥珀色の水飴を絡められている。林檎飴を
そのまま小さくした物だが、その見た目は小さな簪のようにも見え洒落ている。
「やっぱりデートっていったら姫林檎飴がないとね、じゃ今からデート開始ってことで」
ジークは片方の手の姫林檎飴を咥えるとあいている方の手で紅葉の手を強引に握るとそのまま
一気に走り出す、紅葉は突然のジークの行動に走りながら三度の溜息をついた。
「ちょ、ちょっとジーク君もっとゆっくり行きましょうよ!」
「ダメだよ、デートってのはこれくらいしないとねぇ~」
食べ物関係の露店からでてくる美味しそうな匂いと何事かと騒ぐ人の声を風に乗せて人ごみの中を分け入るように二人は走っていく。
「ジーク君って女の子振り回すのが好きなのね。」
「えー、そうかなぁ?まぁでも紅葉ちゃんずっとあんなところにいたら体が鈍ってるでしょー
たまにはこうやって運動しないとね」
「こういう強制的な運動ははデート中にやる事じゃない・・・・・・わね」
走りながらふと紅葉は結ばれている手に目を落とす。
「もしかしてジーク君今私の記憶を読んだりしてる?」
「いやいやそんなことしないって、確かに紅葉ちゃんの事で引っかかってる所は少しあるけど
さ」
ちょうど城下町の中央の広場に出たところでジークは紅葉の方を一瞥しゆっくりと足取りを変
える。
広場は中央に大きな噴水が配置されておりそこから放射線状に道が伸びている。その数本伸び
る道の中で一番幅員の広い道を辿って見えるのがシェイクランド城で今も城をバックに大きな
花火が打ち上げられている
「ちょち休憩~っと」
ジークが噴水の縁に勢いよく座ると紅葉もその隣に座る。噴水の周りは流石に城下町の中央と
いうこともあり曲芸士や吟遊詩人、手品師がそれぞれの見世物に興じて賑わいを見せていた。
紅葉は軽く辺りを見渡すと隣で息を軽く上げているジークのほうを覗き込む
「私の引っかかるところって何かしら?」
「あ、んーとねぇ~」
ジークは姫林檎飴を口の中で転がしながら天を仰ぐと、言葉を続ける
「ほらなんであんな異空間に住んでるのかってことや、そこでなんで人形作ってるのかとか、もっと言うとなんで俺紅葉ちゃんのこと忘れてたんだろうなって・・・・・・今思うとちょくちょく
会ってた記憶があるんだけどそれもなぁんか曖昧だし、それもなにか飛び飛びの記憶っていう
のかな?まぁとにかく色々はっきりしないところが多くあるんだよねぇ」
「なるほどね、でも気になるならこっそりと覗いちゃえばよくないかしら?能力を使っている
なんて言わなければ絶対に気がつかないでしょ?」
意地悪っぽい表情で言うと紅葉は姫林檎飴がついた串で吟遊詩人が流す曲のリズムを執りだす。
「そりゃやれるけどさ、人の記憶を盗み見てまで知る必要は無いかなぁって思うのよん。だ
から紅葉ちゃんのことも紅葉ちゃんが話しても良いってことだけ聞けばいいかなと。まぁここ
ら辺は紅葉ちゃんだからってだけじゃなくて能力者としての最低限のルールみたいに思ってるんだけどさ、自分自身に枷をつけてないとやっぱりまずいじゃない?」
いつになく真面目な表情のジークに紅葉は刹那表情を曇らすがそれを悟られないようにすぐに
顔を向きなおす。
「なるほど、ジークは真面目なのね。普通できないわ力の抑制なんて、それも他の人間にはで
きないような特別な力ならなおさらね」
───そう、できるはずがない!
もし自分にジークと同じ能力があったのならそれを惜しげもなく使うだろうと紅葉は思う。
欲しい力が望む者に与えられずこんなところで燻っている、そんな状況が酷く紅葉の心を苛立
たせるがそれを悟られないように平然を装い会話を続ける。
「いやぁ~なんかそういわれると自分が凄い事をしているような気分だなぁ」
「ふふっ、それじゃどうかしら?本人が見てもいいって言うのなら記憶を覗いても」
ジークの<記憶>を操る能力は“持たざる者”である紅葉からすればどんなに努力しようが手
に入れる事が出来ない力だ、それを今手放すわけにはいかない。
「いいわ、ジーク君なら私の記憶を読んでも。多分言葉で伝えるよりもずっとわかるとおもう
から」
そう言うと紅葉はジークの手を取り自らの胸にその手を押し当てる。
「え、あ・・・紅葉ちゃん?」
「引っかかる点から私の全て、ジーク君には知っていて欲しいのよ」
突然の事に戸惑うジークを誘惑するように紅葉が囁く。それはまさに悪魔の囁きであった・・・
「んー・・・・・・そこまでいうのならちょっとだけみさせてもらおうかな」
ジークは真剣な表情で紅葉を見ると紅葉はそれをまっすぐ受けるように見つめ返す。
「紅葉ちゃん、後で怒らないでよ」
「大丈夫よ・・・・・・子供じゃないんだから」
ジークが目を閉じて集中するのを見ると紅葉はジークに聞こえないようにそっと言葉を付け加
えた
───ただ、後戻りはできなくなるわよ

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氷桜夕雅
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非公開
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昔は探偵やってました
趣味:
メイド考察
自己紹介:
ひおうゆうが と読むらしい

本名が妙に字画が悪いので字画の良い名前にしようとおもった結果がこのちょっと痛い名前だよ!!

名古屋市在住、どこにでもいるメイドスキー♪
ツクール更新メモ♪
http://xfs.jp/AStCz バージョン0.06
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