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日記と小説の合わせ技、ツンデレはあまり関係ない。 あと当ブログの作品の無断使用はお止めください
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ラブ@ポーション 「その願いは破滅とともに」


街から離れた森の中、そこには人間嫌いの魔術師が住んでいる
「魔術師様!魔術師様!!」
今日も今日とて魔術師の力を頼りにする者が激しく魔術師のいる小屋の戸を叩く
「魔術師さ───」
言葉を遮るように扉に私はフラスコが投げつける。フラスコは思いっきり戸にぶつかると硝子の破片がキラキラと宙を舞う
「別に話しくらい聞いてやってもよくないかのぅセルリアン?」
「いいのよ、私は人間が嫌いで面倒なのも嫌いなの」
先程からの鳴り響く戸を叩く音に呆れた様子で化け猫のヴァンダイクが嘆息するが私は適当に流しながら実験を続けていた
大体良い事なんてないのよ、最近はとくに狼男のスレートがやってくる人の勝手無茶な願いをお節介にも聞いてやってるから
ここんところやたらめったら街の人間がやってきて本当いい迷惑なんだから
「しかし頑張るのぉ、かれこれ一時間か?」
「・・・・・・どうだっていいわ」
ヴァンダイクの言葉に私はそう言うと手に持った赤茶色の液体の入ったフラスコにその辺にある草を放り込む
「魔術師様!どうかお願いします、話を──」
「のぅセルリアンやはり話だけでも──」
「ああもう!五月蝿い!!」
私は机を激しく叩くと近くにあった失敗作入りフラスコを掴み
「だから私は人間が嫌いなのよ!!」
と叫び小屋の戸に向かって投げつけようとした、その瞬間!
ガンッと鈍い音とともに戸の蝶番が外れ、戸が私の目の前を飛んだ。
それはもう物凄いスピードで
「なっ──」
私は辛うじてそれを寸でのところで避けたが、小屋の戸はそのまま勢いよく私の背後にある失敗作の棚をぶち壊すとガラスと液体を飛散させる
「あ、危ないじゃない!!」
「いや、あの・・・・・・その戸が勝手に」
私は入り口に棒立ちの男に向かって怒鳴り声をあげるがその男はごにょごにょと口元で小さく呟くだけだった
「全く、今まで扉が壊れそうになるくらい叩く奴は何人もいたけど吹き飛ばしたのは貴方が初めてよ」
「あ・・・・す、すいません」
間の抜けた感じで謝るその男。綺麗に染めた髪と高そうな身なり同年代の青年と比べると童顔でよく言えば純真、悪く言えば世間知らずを体現しているような青年だった
「それで、私に用事があるんじゃないの?」
私は深く溜め息をつくと山積みの研究材料の中から椅子を引っ張り出す
「座れば?」
「あ、はい・・・・話を聞いてくれるのですね!」
「これ以上小屋を壊されたくないだけよ」
「す、すいません僕はティールって言います、それであの失礼します」
そう言って挙動不審な様子で青年ことティールが深く頭を下げ椅子に腰かけるのを確認すると私も警戒するように椅子に腰掛けた
見た目こそ無害そうだけどこの男軽々と小屋の戸を吹き飛ばすんだから気を付けなければならない
「で?何の用なのよ。まさかその無駄に強い力が制御できないとかじゃないでしょうね」
「いえ別に僕にはそんな力ありません、さっきの扉が飛んだのだって僕じゃないですし」
「はぁ?じゃあ一体さっきのはなんだったのよ」
振り返り改めて崩れ落ちた棚を見てみる。どうみたって起きたことは現実だ、別に扉やガラスはスレートに片付けさせるからいいんだけど先程の現象この男じゃなければなにが起こったっていうんだろう?
「僕が今日魔術師様にお願いにきたのは彼女のことなんです」
「彼女?」
一瞬また恋の悩みか、と呆れかけたが次の瞬間彼が鞄から取り出した小さな瓶を見て思わず私は息を飲んだ
「これって・・・・・・妖精?」
瓶の中にいたのは虹色の蝶の羽を背中に持った手の中に収まってしまうほど小さな妖精だった
そしてすぐに彼の望みもわかった。その妖精が力無くぐったりと横たわって苦しそうに息を荒げているから
「お願いします!シェンナを、この子を助けてください!!」
「いきなりそんなこと言われてもねぇ」
ティールからそのシェンナと呼ばれた妖精の入った小瓶を受け取っては見るものの妖精自体こんな間近で見るのも初めてだ、横目でヴァンダイクに助けを求めてみても我介せずといった感じで体を丸めている
「シェンナは僕が小さい頃からずっと一緒にいたと大切な友達なんです!だから───」
「あーはいはいそうゆうのって私興味ないの、返すわ」
私はティールの言葉を遮り妖精シェンナの入った小瓶を押し返す、いや彼がどんな状況だろうと私の結論は既に決まっていたのだ
「悪いけど私にはどうすることもできないわね、帰ってもらえるかしら?」
「そんな!お願いします、街の医者に見せても原因もわからずもう魔術師様にしかお願いすることができないんです!」
ティールは目に涙を浮かべ懇願をするがだからと言って私には彼の望みを叶えてやることはできない
妖精の体調を治せだなんて妖精なんか書物で見たことしかない私にできるわけがない。いい迷惑なんだ、私は人間が嫌いで「人間以外の何か」になるために研究をしているだけで街の人間のお悩み解決のためにいるわけじゃないんだ
それにこの名も知らぬ青年の悲しそうな表情を見ているとなんだか胸が苦しくなるのは間違いないのだけどもしこの依頼を受けて“この妖精を救えなかったら”ということを想像するとそちらのほうが私にはつらくて後味が悪くなるんから嫌なんだ
「私は実験が忙しいの、諦めてお帰りなさいな」
悪いけどこの彼との会話はをこれ以上するつもりはない、私は彼を無視していつものように実験用フラスコを火で炙ろうとしたその矢先だった、私の頭の中をゴンッと鈍い音が響く
一瞬またこの男が小屋の扉を吹き飛ばしたように何かをしたのかと思ったがそれは違った。痛みに耐えながら青年を見やるが彼はただじっと手に持つ妖精シェンナの入った瓶を抱いて涙を流し懇願しているだけ
「ちょ・・・・や・・・め・・・」
頭を押さえるがそれでも頭の中に音が鐘を鳴らすように次々と痛みが響きわたる
その痛みは耐え難く、しかも段々とその痛みが増してきている
「お願いします!!お願いします魔術師様!!」
「私を魔術師なんて呼ぶな」、そう言いたかったがそれすらも言葉にできないくらいに頭の痛みは酷くなっている
「わ、わかった・・・・から、やめな・・・・さいよ」
朦朧する意識のままこの状況を解決できるだろう言葉を呟く
「え!?本当ですか!?」
ティールが顔を上げた瞬間、酷く続いてきた頭の痛みがスッと収まる。ああ、なるほどなんとなくだけどこの状況を起こした張本人がわかった気がする
「ええ本当よ、とりあえずその妖精預からせて貰おうかしら」
「わかりました、シェンナをお願いします!!」
「やるだけやってみるわ」
その予感と言うか推測は受け取った瓶の中の妖精、シェンナを見て確信した
瓶の中のシェンナはただじっとこちらを見つめていた。その瞳は弱々しく見えるその身体とは違い力強く見える
「数日後にまた来なさい。やれるだけやってみるから」
「はいお願いします!」
「わかったら速やかにでていってもらえるかしら」
「は、はい!す、すみません!」
少し苛立った風に私は言うとティールは何度も何度も振り返り何度も何度も頭を下げたのち扉の吹き飛んだ入り口から帰っていった
「ふむ、にしても難儀しそうな依頼じゃの」
ティールがいなくなったのを確認するとヴァンダイクは大きく体を伸ばし他人事のように呟く、どうやらティールの前ではわざわざ普通の猫を演じて黙っていたようだ
「貴方にも手伝ってもらうわよヴァンダイク、化け猫なんだからそうゆうこと詳しいんでしょ」
「そんなこと言われてものぅ、なにせ儂はずっとあの屋敷にいただけじゃからのぉ」
「使えない猫!」
間延びしただらしない返答をするヴァンダイクに私は辛辣な言葉を浴びせるととりえあず瓶をテーブルに置き考える
瓶の中の妖精、シェンナは先程よりも体調が悪そうに見える
「しかしなんでこうも衰弱しておるのかの」
「この子の体調が悪い原因はわかってる、原因はティールよ」
「ティールというと先程の少年か」
私は静かに頷くと棚から様々な色の液体が入った小瓶をいくつか取り出す
「私がティールを無視していたから小屋の扉が吹き飛んだ、ティールの願いを断ったから私に対して攻撃をしてきた。つまりこの妖精はティールの願いを叶えるために力を使い衰弱してしまっている」
「つまりこの妖精をティールの元から離せば体調は良くなるんじゃな」
「理屈ではそうだけど、多分それだけでは完治までは無理ね」
私はフラスコを取りだし小瓶の液体を次々と流し込みながら答える
「なぜじゃ?」
「小さい頃から一緒にいて、いつからティールの為に力を使っていたかは知らないけどあまりにも力を使いすぎなのよ」
フラスコの中の液体が混ざり合い真っ黒い液体へと変わるのを確認すると私はローブの中から丸薬を取りだしフラスコへと放り込む
次の瞬間、ボンッという音と共にフラスコの口から真っ白な煙が昇り真っ黒だった液体が深い緑色をした液体へと変化した
「魔力増幅剤で回復させることはできるけどそれも一時しのぎにしかならないわ、元々体に良いものじゃないし継続して服用すれば体の小さなシェンナの寿命は間違いなく短くなる」
きっとシェンナはティールの為に死ぬまで力を使うのだろう
シェンナにとってそれは幸福なことなのかもしれない、けどティールにとってそれは幸福なことではないはずだ
「してセルリアン、どうするつもりなんじゃ?」
「本当にシェンナを助けたいと思うならティールには決断をしてもらわないといけないわね」
瓶の中で苦しそうに体を震わすシェンナを一瞥し小さく呟いた

 

そして三日後の朝、朝日が登るのとほぼ同じ頃ティールはやってきた
「魔術師様おはようございます!!あ、あの僕、ティールです。三日前にシェンナのことをお願いした!」
「わかった、わかったからそんなに叫ばないでもらえる?大体今何時だと思ってるのよ」
「すいません」
申し訳なさそうに頭を下げるティールを見ているとこの少年がどれだけシェンナのことを思っているかはよくわかる
けれども彼女、シェンナのことを救うためには私はこの少年に一番辛い現実を突きつけなければならない
「まぁいいわ、それでシェンナのことなんだけど。長期的に魔力を使いすぎていて回復には時間がかかるわ」
私はそこまで言い切って一呼吸置くと言いたくない言葉を吐いた
「もっと言えばシェンナはあんたのために魔力を使いすぎている。だからシェンナの身体のことを心配するのならもう一生会わない方がいい」
「えっ、それってどうゆう」
あまりのことになにがどうなっているのかわからないのだろう
いや、もしかしたらティールもわかってはいたのかもしれないがその現実を受け入れることを必死に拒んでいた
「それじゃ僕はもう一生シェンナには・・・・」
「彼女のためを想うならそうしたほうがいいわ。シェンナは既に自分の命を削ってまで魔力を産み出している。魔力は安静にしていればいずれ回復するでしょうけど削られた命は二度と戻ら・・・・ぐっ!!!」
そこまで言いかけて急に私の身体に激痛が走る。手足に電撃が走るような痛みと頭を締め付けられるような強い痛み
それが誰の仕業か、それはすぐにわかったシェンナだ
「ううっ、シェンナ・・・・」
泣き崩れ俯くティールには私の姿が見えていない
ダメだ、そんな顔をしていては・・・・そんな顔をしていたらシェンナが力を使ってしまう
「ぐっ・・・・やめ、な」
なんとか声を絞り出そうとするがそれを押さえつけるように痛みは強くなる
シェンナから見れば私はティールを悲しませる悪い奴に見えているのかもしれないが今ここで力を使って最悪自らの命を落とすことになりかねない
そうなってしまっては本当の意味で二度と会えなくなってしまう。なんとか力を振り絞りなんとか言葉を紡ごうとするが声はかすれちゃんとした声にならない
「シェンナとは小さい頃からずっと一緒だったんです・・・・」
「だ、だめ・・・・!」
「だからシェンナと別れるなんて僕には・・・・できない!」
ティールがそう叫ぶと共に背後でガラス瓶が弾ける音がした
すると同時に今までとは比べ物にならない激痛が全身に走る
「ぐっああああああああああああああ!!!」
そして私の意識は闇へと・・・・落ちた

 

「・・・・・・・・んっ」
私が次に目を覚ましたときには私は小屋のベッドの上にいて、すべてが終わっていた
「気がついたかセルリアン、大丈夫か?」
心配そうにスレートが私の顔を覗き込んでいるのが見える
「少し頭が痛い、それよりもシェンナは・・・・?」
恐る恐る尋ねる。スレートは私の言葉には答えずただ首を横に振ると私の額の上に水で濡れたハンカチーフを乗せた
額から伝わるひんやりとした感覚がまるで現実を突きつけているかのようだった
「・・・・そう」
「小瓶を壊してティールのところまで行ってそこで息絶えた」
「・・・・ばかみたい」
シェンナは最期の最期までティールのことを想っていた。けれどもティールが本当に求めていたものはただ普通に
シェンナと一緒に居たかった、それだけなのに
「ちょっとスレート、あんたに見られたくないから少し外出ててよ」
「そうか、わかった」
スレートはそれ以上特に何も言うことなく小屋を出ていく。そうゆうところは直ぐに理解するから助かる
「本当、ばかみたい・・・・」
私はスレートが出ていったのを確認すると久しぶりに声を上げて泣いた


                                                  

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あんめいどおぶおーるわーくす 日常

五臓六腑家には広大な敷地にいくつもの建物が並び建っている。スーパーから図書館他にも病院やら映画館などほぼどんな建物でもあると言っても良いくらいだ、多すぎて正直俺自身がどこになにがあるか把握していない。
そんな建物の中でも一際目立つ場所に今俺はいる。
様々なネオンの光に彩られた恐らく18歳以上は立ち入れない場所───カジノである
「ふふ、珍しいですね御主人様がこちらに来られるのは」
俺の目の前でトランプのカードを切りながら微笑む女性に思わずドキッとする。目元の前髪にだけ青いメッシュが入った銀色の長髪に、メイド服はディーラー風の特注っぽく胸元が大きく開いている彼女“五臓六腑家御主人様のトランプの相手をする専属メイド”紗姫さん、俺は彼女に会いに普段寄ることのないカジノに来たのだ
「いやぁ急にトランプやりたいなぁーなんて思って来ちゃったんだなこれが」
後ろ首を掻きながらそんなことを言ってみる。実は彼女を敷地内で見た時から「いいなぁ~」と思って探していたらここに辿り着いたんだよね。
なんていうんだろう大人のお姉さんって感じですごく俺好み、敷地内には加絵奈のせいで今やいろんなメイドさんが溢れかえっているがその中でも一際美人だと思う
「それはありがとうございます御主人様。それでは今宵はどのようなゲームをご所望でしょうか?」
「そうだなぁ、折角ポーカーテーブルに座っているんだからやっぱりポーカーかな?」
「わかりました、ポーカーですね」
紗姫さんは器用な手つきでカードをシャッフルすると交互にカードを配っていく
「御主人様へ、私へ、御主人様へ、私へ、御主人さ・・・」
「ちょっとまったぁ!!」
気がつくと俺は勢い良く身体を乗り出すとカードを配る紗姫さんの腕を掴んでいた。
「おや?どうされました御主人様」
抑揚のない紗姫さんの言葉に思わずハッとなる、なんていうか勝手に体が動いてしまっていた
「あ、いやそのーなんていうか昔見た漫画でさそうゆうシーンがあって、えっとそうセカンドディールっていうの?ついそのシーンがやりたくなったっていうかなんというか」
「よくご存知ですね御主人様。ですが私のカードを御覧ください」
そう言うともう一方の手で紗姫さんはカードを裏返す。そこにあったのは揃っていないブタのカードだった
「ご覧のとおりです御主人様。流石に御主人様相手にイカサマは使いませんよ」
「あはは、そうだよね。いやごめん俺もちょっとやってみたかっただけなんで」
手を離し、乗り出していた身体を戻す。紗姫さんは柔和な表情を崩すことなくカードを回収すると
再びシャッフルし直し配り始める。
「ところで御主人様。ポーカーは本来チップを賭けて戦うものですが一つ、提案があります」
「提案?提案って何?」
その言葉に紗姫さんはゆっくりと自分の胸を指さす、一瞬その行動がなにか俺にはわからなかった
「御主人様が先に5勝したら私の身体を自由にしてもいいというのはどうでしょう?」
「え、あ・・・身体ぁ!?」
え、嘘だろこの人なに言ってるんだ?身体を自由にしていいってことは、ええ?つまり?
「ご想像通りですよ御主人様。先程からずっと私の胸を食い入るように見られていたのでそうゆう趣向のほうがお気に召すかと思いまして」
「え、えええ!?俺、そんなに見てた?」
「ええ、それはもう獲物を狙う野獣のような鋭い眼光で見られていたので私も少し背筋に感じるものがありましたよ」
まじで?俺っていつもそんな感じなのか?だから加絵奈にもキモイキモイ言われるのかそう思うと・・・ちょっとヘコむ
いやでも美しい物を前にしたら目を奪われるのは致し方ないんですよ、紗姫さんの胸は加絵奈のよりも少し小さいが美乳だし手の収まりが実に良さそうなんだよなぁ・・・・って何考えてるんだ俺は!
「それでいかがしましょう御主人様?」
「え、あーあの、もし逆に紗姫さんが先に5勝したら?」
「それでしたらそうですね、このカジノの掃除を一週間御主人様にやっていただくのはどうでしょう?」
掃除、掃除でいいのか?なんかもっと目と耳どちらかを賭けて負けると針が進むとか焼けた鉄板の上で土下座とかかと思ったらたったそんな掃除でいいの?
勝ったら紗姫さんの身体を好きにしてよくて負けても一週間掃除ってだけ・・・そんな美味しいギャンブルじゃあやるでしょ!
「わかった、その提案で受けよう!」
「ではお手柔らかにお願いしますね御主人様」
微笑む紗姫さんを前に一つ大きく深呼吸をすると配られたカードを手に取る。なんたって初戦はこれからの運命を握る
第一歩なんだから良いカードが揃っていることを願う
(んーこれは微妙だな)
カードはスペードのK、ダイヤの3、Kにクラブの2と4、この時点でワンペアしか揃っていない。
ポーカーは本来チップの上げ下げで相手をゲームからおろすこともできるゲーム、だからワンペアでもやりようによっては勝つことができるんだが今回はルールが違う相手をおろすことは無理だからこの手ではマズイ
「ドローはどうしますか?御主人様」
「う、うーんそうだなぁ」
こっから狙えるのはツーペアかスリーカードのどちらか、なにかを軸にして2枚引くか揃っていない3枚を捨ててスリーカードを狙いに行くかどっちかなんだけど
「さ・・・いや2枚チェンジするよ」
クラブの2枚を捨てるとカードの山からカードを引く。あえてツーペアを狙ったのは運試しみたいなものだ、ツーペアができればならこっちはほぼ勝ちが拾えるKのツーペア、ツーペア同士の対決になった時にこのカードの強さで勝てるっていうのは初戦では大きい、と思う
「して何が出たかなっと」
カードの山から拾ってきた2枚を見る。一枚はハートのQ、もう一枚はクラブのK・・・ってツーペアじゃなくてスリーカードができているじゃないか!
「それでは私は3枚引かせて頂きます」
そう言うと紗姫さんはカードを引く。3枚ってことはワンペアはできているってことだ、それならよっぽどのことがなければ勝てるんじゃないか?
「それではオープン。私はワンペアです」
「俺はスリーカード!よし、俺の勝ちだね」
紗姫さんのワンペアはハートとクラブのA、俺がこのまま役ができずに終わっていたら負けていたがこれは実に運がいい
そう、本当のポーカーじゃないんだから運さえよければ紗姫さんにだって勝てるんだ
「まずは御主人様の一勝と、では次の勝負をしますよ」
まだ一敗ということもあってか紗姫さんは特に動じることもなくカードを回収すると再びシャッフルし配り始める
俺はそんな様子の紗姫さんを見ながら考える。冷戦沈着でポーカーフェイスな紗姫さんもそのーああゆうときはどうなんだろうなぁ
「まだ勝負は始まったばかりですよ御主人様。そう先のことを考えてニヤけるのにはまだ尚早かと」
「えっそんなににやけてた?」
「ええ、とっても。それでドローは先程負けた私からいきますね、2枚チェンジで」
ああ、俺ってそんなに顔にでる質なのかな。確かにちょっと想像してたけど、これだから加絵奈にキモイって言われるんだろうな・・・・ってこのセリフさっきも言ったな
とりあえずそんな無駄な反省をしていてもしょうがない、俺は配られたカードに目をやる。
(って、おい!もうツーペアできているじゃないか!)
持ち手はハートの6にダイヤの4とJ、クラブの6と4、と既にツーペアができている。ドロー前にこのカードなら上手いこといけばフルハウスを狙うことができる!
「御主人様は何枚ドローされます?」
「俺のターン、一枚ドロー!!」
意味不明な気合と共にカードの山から一枚を引いてくる。ツーペアとしては弱いツーペアだけどここで主人公補正的に一枚引いて来れば・・・・ッ!!
「ではオープン、私はスリーカードですね。御主人様は?」
「フルハウス!よっしゃあ2勝目!!」
自分でも流石だなと思った、こと運要素ってのには強いつもりなんだ。五臓六腑家っていう大金持ちの家に生まれたことからしてもわかっていたが俺のLUKはフルカンスト、運否天賦の勝負なら負けはしない!
・・・・あいつが来るまではな

 

「オープン、私はスリーカードですね」
「フッフッフッ・・・・こっちはフラッシュ!これで4勝目!!」
自分でも自分の運の良さに驚いた。まさかまさかの4連勝で紗姫さんの身体を自由にしていいってところまで後一勝と迫っていたからだ
「流石は五臓六腑家の次期当主、その運は神に愛されていると言っても過言ではないでしょうね」
「いやぁそんなことないってぇー」
そう言いながらカードを配る紗姫さんに俺は後ろ首を掻きながら答える
俺は完全に勝利間近ともあって浮かれていた。だからあいつの存在の接近に全く気がつけなかったんだ
「へぇ、なにか楽しそうね大二郎。なにしているの?」
「なにってポーカーですよ、ポーカー!あと一勝出来ればくくく、にしし・・・」
「よくわからないけど私も見ていいかしら?」
「どうぞどうぞ俺の運の良さの前に目を見開いて驚愕すれ・・・ば・・・・って!加絵奈!?」
平然と横の席に座る幼馴染もとい五臓六腑家メイド長の西条院加絵奈の登場に俺は声を上げる
「ちょ、なんでお前がここにいるんだよ!」
「いや別にちょっと散歩してたら大二郎がアホ面してたから声かけただけよ。にしても珍しいわね大二郎がこんなところにいるなんて」
「べ、別にいいだろぉ」
配られたカードを手に取りながら加絵奈に答える。カードは・・・・加絵奈が来たことで流れが変わってしまうと思いきや意外にも良いカードが揃っていた
「へぇ、流石に大二郎は運だけは一人前なのね」
「ちょっと色々言いたい所だけどまぁいいや。見るのはいいけど余計な口は挟まないでくれよ」
「はいはい、真剣勝負っぽいし私は黙ってるわよ」
この時意外にも加絵奈は素直。逆にその素直さが不安になりそうだったが今はカードに集中しないと
とはいえカードは運の良さも相まってか既にストレートができあがっている、余計なことをせずとも勝てるだろう
「私は2枚ドローしますね、御主人様はいかがなされますか?」
「ドローはしない、このままで勝負だ」
「それはそれは良い手が入ったみたいですね」
紗姫さんは微笑みを浮かべるがわかっているのかなこの状況、これで俺が勝ったら身体を自由にされちゃうんだぞ
強がりなのかわからないけどそのポーカーフェイスがいずれ両手でピースして「おち───
「大二郎、今変なこと考えてるでしょ」
「か、か、考えてねぇよ!!!」
加絵奈の思わぬツッコミを慌てて否定する。くそっ、ここまでくるとやっぱり俺顔に出てるんだな
「よしじゃ俺の方からオープンするよ、こっちはストレートだ」
「残念ですね御主人様、私はフルハウスです」
「なっ・・・負けた!?」
紗姫さんのカードは確かにフルハウス、どこぞの海外家族ドラマみたいなネーミングの癖に俺の野望を阻むとは
けどまだたった一勝じゃないか、それにこっちはいきなりストレートが揃うちゃうような運があるんだ勝てる!!


───
「私はフラッシュですね、御主人様は?」
「つ、ツーペア・・・」
───
「スリーカードですね」
「わ、ワンペアぁ」
───
「ああ、これは負けてしまったかも知れませんワンペアです」
「ブタ・・・あ、あはは」
なにが起こっているかなにが起きたかさっぱりだった。4連勝したと思ったら気がついたら4連敗していた・・・
同じ4勝でもこっちはボロボロの4連敗、紗姫さんは勢いに乗った4連勝じゃ全然違うしなによりなんだ
さっきのブタとワンペアで負けるとかいうのは明らかにこっちの運がガタ落ちしているぞ
「なぁんだ大二郎ってポーカー下手なのね」
「う、うるさいなぁ、加絵奈が来るまでは勝ってたんだよ!」
「ま!私みたいな可愛い子を貧乏神みたいにいうなんてサイテーですよね紗姫さん」
「ふふ、そうですよ御主人様。女性はどんな時でも幸運の女神なんですから邪険に扱えば負けてしまいますよ」
余裕の現れなのか随分と楽しそうにカードをシャッフルする紗姫さん。そうは言うがな大佐、こちとら
紗姫さんの柔らかな胸を目前にしてのお預け4連敗、愚痴りたくもなるでしょう
「さぁこれで泣いても笑っても最後ですよ御主人様」
「ああ、わかってるよ」
目の前のカード、これが俺の運命を握っている。そのカードは───
「へぇ、なるほどこれは面白いかもねぇ」
俺の手札を覗きこんだ加絵奈が含み笑いのような表情とともに呟く、ああ確かにこれは面白い
僥倖、ともいうべきだろうか手札はスペードの9、ハートの9、6、ダイヤの9、そしてクラブの4と既にスリーカードが揃っているんだ。この最終戦において俺の運の良さが戻ってきたか?
「よし、じゃ俺は2枚ドローする」
最低でもスリーカードができている、これでもおそらく勝負にはなると思うけどできればプラスαが欲しい
「頼む・・・・って、うぉ!!」
でたカードに思わず感嘆の声を漏らしそうになる、でたカードはハートの4にそして・・・クラブの9!!
おめでとう!スリーカードはフォアカードに進化したぞ!!
いける!間違い無くいけるだろこれ!フォアカードよりも上の役って言ったらストレートフラッシュと
ロイヤルストレートフラッシュしかない、そんな難しい役がこの最終戦において都合良く出るなんて普通ないだろう?
そう思って紗姫さんの方を見ると紗姫さんはカードをテーブルに伏せたままじっとこちらを見つめていた
「あ、あれ?紗姫さんドローはしないんですか?というかカードも見ないんです?」
「ええ、カードはこのままでいいです」
柔和な微笑みで答えるがその意味は全くわからない、カードを見ないチェンジもしないでこの俺のフォアカードに勝てるとでも言うのだろうか?
「御主人様は確かに運のお強い方だと改めて感服いたしました、ですが運だけでは次期当主として五臓六腑家を担っていくのは大変だと思いますよ」
「へ、へぇ・・・でもね紗姫さん、俺ぐらい強すぎると運だけでなんとかなっちゃうもんなんだよ・・・ね!!」
俺は勢い良くテーブルにカードを叩きつける。9のフォアカード、これで俺の勝ちだ!
「なるほど、この土壇場でフォアカードを引いてくるとは流石です御主人様。ですがそれでも私の勝ちは揺るがない」
紗姫さんはそう言い放つとテーブルの一気に裏返す、そこにあったのは
スペード10
スペードJ
スペードQ
スペードK
スペードA
「は、なんだよそれロイヤルストレートフラッシュ!?」
なんていうか目の前が真っ暗になるってのはこうゆうことなんだろうな、どうしてこんな理不尽なことが俺に起きるんだ
「凄いですね紗姫さん、ロイヤルストレートフラッシュなんて私初めて見ました」
加絵奈が呑気に言っているがロイヤルストレートフラッシュなんて俺だって見たことない、いやそもそも紗姫さんはカードも見ずになんで伏せたカードがロイヤルストレートフラッシュだなんてわかったんだ・・・
いやちょっと待てそれって───
「これって、イカサマなんじゃないのか?」
「ん?やっと気がついたの大二郎?」
俺のやっとの気づきに加絵奈が小馬鹿にしたように笑う、それに続くように紗姫さんが口を開いた
「御主人様にはもう少し早く気がついて欲しかったのですが」
「いやでも紗姫さん御主人様相手にイカサマはしないって言ったじゃないですか」
「御主人様、ギャンブラーの言うことを鵜呑みにしていては足を掬われますよ」
今迄見せたことのないような笑顔で紗姫さんが答える。なんだ俺は最初から騙されていたのか
「けどなんで紗姫さん、あんなわかりやすいセカンドディールしていたんですか?」
不思議そうに加絵奈は尋ねる。そもそも紗姫さんがやっていたイカサマがセカンドディールだなんて見てもなかったし
それを加絵奈がさらっと見抜いていたことはよっぽどわかりやすかったってことか?
「ああ、それは御主人様がもし私のイカサマを見抜かれたら負けを認めようと思いまして」
「え、ええええっ!?ちょ、ちょっと加絵奈知ってたのなら教えてくれたっていいだろ」
「はぁ?だって『余計な口挟むな』って言ったの大二郎じゃない。どうせ紗姫さんの手元じゃなくて胸ばっかり見てたんでしょうが!」
「ぐぬぬ・・・」
ごもっとも、そして俺はイカサマを見抜けなかったってのに加絵奈はきっちりと俺のことを見ぬいてやがるしもう
何も言い返す言葉も浮かばない
ええ、そうですよ!完全に集中してたのは紗姫さんの胸ですよ!!
「運だけでは世の中渡っていけないことがご理解できたでしょうか御主人様。それではカジノお掃除一週間おねがいしますね」
最後まで柔和な笑みを崩すことのなかった紗姫さんを前に俺は誓う。
もう二度とこの人とポーカーはやらねぇ!!

 


・・・・って思ってたんだがこのカジノ掃除一週間を賭けた末に俺はカジノ掃除3ヶ月をやるハメになるんだが
それはまた今度の話





                                おわりだ、終わり!散れ!散れぇ!!

前編はこちら


「あんめいどおぶおーるわーくす 2 後編」

俺の目の前に現れたのは俺と全く同じ顔をしたメイド服の少女、それが本当は誰なのかはすぐにわかった
「もしかしてその椎名さん?」
「はい!“五臓六腑家御主人様の代わりに学校の授業を受ける専属メイド”椎名です!」
椎名は俺の顔のまま深々とその場で頭を垂れる、それにあわせたように加絵奈が口を開いた
「彼女、椎名さんは見ての通り変装の名人なの。そして昨日一日大二郎の代わりに授業を受けたわけ、だから───」
そう言ってカバンからごっそり教科書とノートを俺の前に積み上げる
「げっ、なんだよこれ」
あまりの多さに怪訝そうな思わず顔を浮かべる俺に加絵奈はビシッと指を突きつける
「昨日一日の授業と今までサボってきた分の勉強、やってもらうわ」
「まじかよ・・・」
積み上げられている教科書やらノートはあまりにも多すぎる、これをなに?学校までの数時間でやれってか?
「絶対、無理だろこんなの」
「まぁ大二郎一人じゃ無理だと思うけど、そこは椎名さんが指導してくれるから安心しなさい」
「え、椎名さんが?」
ふと横目で椎名さんを見るといつの間にか“俺の変装”をやめて元の顔に戻っていた、まったくなんて早業だよ。
「す、すいません御主人様。でも私しか授業を受けていないので一生懸命頑張りますので宜しくお願い致します」
「いやいや謝らなくてもいいって」
深々と頭を下げる椎名には思わずこちらが気を使ってしまう、いや本当になんで謝るのかはわからないけど
「そうゆうわけだからちゃんと勉強してよね、大二郎の成績が下がるとこっちも困るんだから」
加絵奈はそれだけ言うとカバンから携帯ゲームを取り出す
「いや、お前は勉強しないのかよ加絵奈」
「生憎と私は昨日の内に勉強終わってるの。今からゲームに集中するから話しかけないでもらえる」
ゲーム画面から全く目を話すことなく淡々と答える加絵奈にはもう何言っても無駄だなって感じだ
「あの・・・それじゃ椎名さん」
「わ、わかりました御主人様。その不束者ですが宜しくお願いします」
またもや深々と頭を下げる椎名さん、その言い方はちょっとおかしいですよと言いそうになったがあえてやめておく
そんなわけで軍用ヘリ内での小さな勉強が始まったのだ


───それから一時間後
「あーもう、また死んだ。でもこれだからセイバークエストは止められないわ」
加絵奈の独り言とCHー47チヌークの乾いたプロペラ音が響く中俺は言われるがまま黙々と勉学ってものに勤しんでいた
「あのその、えっとだからですね・・・そこの公式はですね、ええっと」
「いやあのそこの問題終わってます椎名さん」
しかし、しかしだ全くもって椎名さんとの連携がとれていなかった。一言で言えば『解説が遅い』
「すいません御主人様、私あの緊張しちゃって」
「いやだから別に謝らなくてもいいって」
どうにもこうにも椎名さんは恥ずかしがり屋なのか緊張しっぱなしで正直今役には立っていない
きっと彼女自身は物凄く能力が高いのだろうけどそれを活かしきれていないのだと思う
目の前に積み上げられた教科書やらノートは勉強始めた一時間前からさほど減っていない、加絵奈のことだからこれやりきらないと絶対に怒るだろうしなぁ
「あ・・・そうだ!」
なんとか効率良く勉強会を終わらす方法を俺の抜群なセンスが奇跡的閃く
「あのー椎名さん?一つお願いしたいことがあるんだけどいいかな」
「は、はい!私にできることなら何でも」
「えーっとそれじゃちょっと耳貸して」
「み、耳・・・は、ひゃい!」
耳を貸せっていうだけでこの動揺っぷり、ちょっとからかいたくもなるがさすがにそれは止めておく
「ええっとね、お願いしたいっていうのは───」
俺の言葉に椎名さんは一字一句聞き漏らす事のないように何度も頷き、最後まで聞くと「ふぅ」と息を吐き
「わかりました御主人様。それならすぐにできそうです」
それだけ言って椎名さんは一礼すると踵を返し奥へと引っ込んでいく。流石にその様子には加絵奈も気がついたみたいで
手に持ったゲーム機を置くと物凄く不服そうな顔でこちらを睨みつける
「ちょっと大二郎、椎名さんになにやらせたのよ!椎名さん普段は気が弱いんだからあんたみたいな変態の要望だって嫌々聞いちゃうんだから」
「べ、べつにいいだろ御主人様なんだから!加絵奈はゲームやってろよ下手なんだから」
「下手ってなによ!私だってこの前ラスボス倒したんだからね!」
加絵奈は自信満々で言うがセイバークエストのラスボスなんて確かに強いけど真のゲーマーの俺からすればあのゲームはラスボスまでがチュートリアルみたいなものでその後にでる裏クエストをやってからが本番なんだよな、たしかそんなことをこのゲームのクリエイター白川良介が言っていたし、そういう意味で加絵奈のゲームレベルは俺からすればまだまだだ
「はいはい、でもいいじゃん俺のやり方で勉強がはかどれば」
「あんたねぇ!」
俺の軽い挑発に加絵奈が机にドンと手を付き身体を乗り上げ俺の胸ぐらをつかもうとしたその瞬間だった
「ちょっと待ちなさぁぁぁぁぁい!!」
ヘリの奥から大きな声と共に一人のメイドが飛び出してくる。ああ、なんていうかその姿まるで本物だ
「ちょ、ちょっと大五郎!椎名さんになんて格好させているのよ!」
出てきたのは加絵奈そっくりに変装した椎名さんだ。それに気がついた加絵奈が声をあげるけど時既に遅い、遅すぎる!
「これから御主人様の勉強をきっちりしますので本物の加絵奈様はごゆっくりお休みくださいな」
「いやあのその椎名さん?」
「大丈夫です、しっかりと加絵奈様の役割は果たしますので」
二人の加絵奈が俺の前にいる。一人は椎名さんの変装なのはわかっているんだけどこれまるで見分けがつかない。
しかも椎名さんは役になりきっているのか先程までとはうって変わって積極的だ。
「うーん、しょうがないここでもめてる時間がもったいないわね。それじゃ椎名さんにお願いするわ」
椎名さんのその積極さに根負けしたのか加絵奈はそう言うと携帯ゲーム機を手に取りソファに寝転がる
「あ、大五郎。もし椎名さんになんか変なことしたらヘリから突き落とすからそのつもりでいなさいよ」
「へいへい、わかりましたよ」
「椎名さんもこいつのこと御主人様だと思わずキモい変態だとおもって抵抗するのよ」
「わかりました加絵奈様」
なんていうか御主人様の俺に対して暴言を吐きすぎだろ加絵奈の奴。
「それじゃ頑張るわよ御主人様」
 言うだけ言って満足そうに携帯ゲームをやりだす加絵奈を横目にもう一人の椎名さん扮する加絵奈が声をあげる。
「それじゃお願いするよ椎名さん」
俺はこのときはまだ椎名さんのことを甘く見ていた。そうただ加絵奈の格好をして加絵奈っぽく演じているだけで中身は大人しい椎名さんであると思ってたんだよ

 

更に二時間後
俺達を乗せたCHー47チヌークが桜陵学園の屋上へと着陸した。
「いってらっしゃいませ御主人様、加絵奈様」
すっかり元の姿に戻った椎名さんに見送られ俺と加絵奈はCHー47チヌークから降りる。
結論から言うと勉強は全てやりきった、それは素晴らしいことだ、うん実に。ただ椎名さんに加絵奈の格好をしてもらったことこれが完全に裏目でた。なんというか加絵奈になった椎名さんは想像以上に加絵奈だった、それはもう容赦なしに加絵奈。
『全く、こんな簡単な問題もわからないなんてバカじゃないの!?』
『そこはこの方程式使えばできるってさっきも言ったんですけど?同じこと何回も言わせないでよね!』
甲高い罵詈雑言が未だに頭の中で響き渡っている。 俺的には
今朝夢で見たような加絵奈を期待してたのに。
「本当朝から楽しいものが見えたわ」
「こっちは全然楽しくなかったっての」
コンクリートの階段を降りながら本物の加絵奈は楽しそうに笑う。そりゃそうだ俺があまりにも椎名さんに怒られているもんだから加絵奈まで便乗して罵詈雑言を浴びせてたんだからな
「あ、そろそろ大五郎先に行きなさいよ」
そう言うと階段の踊り場で加絵奈は足を止める。俺と一緒に教室に入るのが嫌らしい、なんていうかこうゆうことに一々細かいんだよな
「別に一緒に行ったって誰も気にしないと思うけど」
「私が気にするの!」
「へいへい、全くしょうがないなぁ」
問答する気もないので俺は言われた通りに加絵奈を置いて足早に教室へ向かう
「・・・・おはようございまぁす」
二年三組、その教室の後ろの戸を開けながら消え入るような小さな声で挨拶する。教室には疎らにクラスメイトがいてチラリとこちらを見たがすぐに向きを直し再び談笑し始める。
別に気にすることじゃない、これがこの教室での俺のポジションみたいなものなんだ。
「はぁー」
窓際の一番奥の席に座ると机に突っ伏し目を閉じる。
 本当なんで学校なんて行かなきゃいけないんだろうな、面倒くさいことこの上ないよ。
クラスメイト達は俺をいじめているとかそうゆうわけではない、こっちから話しかければ仲良くしてくれるし遊んでくれる。けどクラスメイト達からは声を掛けられることはない。
・・・・なぜかって?俺が金持ちすぎて近寄りがたいんだとさ
どんなにこちらから仲良くしても向こうからはなにか見えない一線のようなものが引かれていてそれ以上踏み込んではこない
それに気がついてから自分自身、クラスメイト達とは距離ができてしまっていた。別に気にしてはいないからいいんだけどな
そんなことを考えていたらふと急に教室が騒がしくなる
「あ、加絵ちゃんおはよう!」
「おはよう皆」
「西条院さん、昨日休んだけど具合とか大丈夫?」
「うんもう全然大丈夫、心配してくれてありがと」
 顔を上げてみると教室の前の方で加絵奈がクラスメイトに囲まれていた。加絵奈は学校でも人気者でそれは男女生徒だけにとどまらず先生から用務員のおじさん、PTAの方々にまで名が知れわたっているくらいだ。
なんていうか俺だって昨日休んでるんだけどな、 まぁいつも通りのこと全然気にしてなんかいない
「はぁ、授業始まるまで寝るか」
 独り言を呟くと再び机に突っ伏そうとしたその時だった
「おう五臓六腑、昨日は大活躍だったじゃねぇか!」
バカデカイ大声と共にバシバシと肩を叩かれる
「え、ええ?」
なんのことだがさっぱり解らず体を起こしてみると目の前に同じ高校生とは思えないほど体の大きな男子生徒が立っていた
茶髪を逆立てて制服をだらしなく着崩したその姿は正直自分からは話しかけたくないタイプの人間だ
「あれ?俺なんか悪いことしたっけ?」
思わず考えていたことが言葉に出ていた。その言葉に男子生徒はまたもや教室の視線が集まるくらいの大声で笑い出す
「悪いことっていやまぁ、俺達サッカー部のメンツを潰したって言うことに関しては悪いことかもしれねぇけどそっちよりもこんな逸材が眠ってたことに気がつかせてくれたことの方が収穫だぜ」
サッカー部?メンツを潰した?逸材?正直この人が何を言っているかさっぱりわからない
「いや本当なにしたっけ?よく覚えてないんだよね」
「なにって、昨日の体育の時間だよ。俺達サッカー部を相手にゴボウ抜きしてハットトリック決めたじゃないか」
「あ、あーそうゆうことか」
彼の言葉を聞いてなんとなく話が理解できた。昨日、俺は学校に来ていないからそりゃわかるはずがない、ということは
そのサッカー部をゴボウ抜きにしてハットトリック決めちゃったのは“五臓六腑家御主人様の代わりに学校の授業を受ける専属メイド”である椎名さんだ
「お前もしかして金持ちだから特別なコーチとか練習器具使ってるのか?」
「いやぁ別にいないこともないけど使ったことはないよ」
興味津々な様子で話しかけてくるのを適当にあしらいながら考える。もしかして椎名さんこんな感じで色々やり過ぎちゃっているんじゃないのか?
始業のチャイムが鳴ると共に彼は「入部のこと考えてくれよな」と言って席へ戻っていく。なんていうか話半分に聞いていたのでよくわからないけどどうも面倒なことになりそうだ、こうゆう時の俺の勘って本当良く当たるんだよね

 

なんというか急に他人が擦り寄ってくると今迄が今迄だっただけに嬉しい半面、ちょっと気不味かった。
「はぁはぁ、ここまでくれば大丈夫かな?」
時はちょうどお昼の長休み、太陽が燦々と煌めく中俺は逃げ回っていた。教室を飛び出し中庭に出るとコンクリートの壁を伝って校舎裏へ転がり込む。桜陵学園は山の傾斜に建っているので校舎裏は完全に森と化している。日も当たらず踏みしめる土も湿って正直気分がいいものじゃない、がこうまでしても俺はあの状況から逃げたかったんだ
何故かって説明するとこれはもう俺の勘通り、椎名さんが・・・・“五臓六腑家御主人様の代わりに学校の授業を受ける専属メイド”椎名さんが思いっきり充実した学園生活を送ってくれたからだ
なんていうか本当は逃げる必要もないんだけどやたらめったら部活やら生徒会やらの誘いが来るもんだから思わず逃げ出してしまった
椎名さんが事あるごとに類稀なる才能を発揮してくれたお陰で多数の部活動に引っ張りダコ。けどこれで実際の俺がその誘いに乗ってそうゆうのに参加したところで酷い醜態を晒すことになるのは火を見るよりも明らかなので捕まりたくなんてなかったんだ。
「けどこのままじゃ捕まるのも時間の問題だな」
正直ここから校門まではむしろ反対側に位置するため相当距離がある、かと言ってこの校舎裏の森を抜けれるとも思わない。そうなれば無力な俺が頼る術なんてのは一つしかない
「あのーえっと誰かいませんかー?ここに貴重な御主人様がいますよー」
校舎裏に俺の声が小さく響き渡る。今朝もなんか夢の中で似たようなことを言った気がするがまぁそこはいいだろう。
「だ、誰もいないのか?」
期待とは裏腹に俺の声に反応してくれるメイド達は現れない。
すぐに誰かが来てくれるものと思ったがそれは思い違いだったようだ。
「ってことはあれか?自分の力でなんとかしなくちゃいけないってことか?」
そう言葉にしてみると言われもない悪感が全身を襲う。本当俺、自分の力でなんとかするってそうゆうの得意じゃないんだよね。
そんなことを思っているとどこか遠くから聞き覚えのある金属の高速回転音が聞こえてくる。
「あれ?この音もしかして・・・」
その音はこちらへ近づいてくると共にはっきりと脳裏に焼き付いた恐怖を呼び起こす
「あわ、あわわ。なんでよりによってあのメイドさんが来るんだよ!」
そう叫んだとほぼ同時に彼女は俺の目の前に落ちてきた。それはもう思いっきり
「“五臓六腑家暴徒鎮圧専属メイド”シリウス。ただいま推参」
腰まで伸びる黒髪に目元を覆う黒色のバイザー、そしてメイドさんとは思えない殺気。昨日加絵奈側について戦ったあのシリウスさんが目の前にいる。手には相変わらず鋼鉄製のブレードとハンドガン、一瞬でも気を許したら殺されそうだ。隙をつかれたとはいえきっと昨日俺に負けたことを恨んでそうだし
「な、なんでシリウスさんがここに?」
「御主人様の要請によって緊急召集した」
「いや、あのそうゆうことではなくてですね。シリウスさんって“暴徒鎮圧”のメイドさんではなかったでしょうか」
恐る恐る尋ねてみる。っていうか俺が御主人様なのになんで敬語で話さなきゃならないんだよ
「『学舎と言うものは常日頃テロリストに狙われる危険な場所である』と、アクセルから聞いている。そのテロリスト対策のために私は行動している」
抑揚のない喋りでシリウスさんは答える
思わず「それ、漫画の話だから!」と言いたくなったがシリウスさんの前ではまともな言葉にならなかった。
っていうかアクセルさんもなにを出鱈目を教えているんだか、いや二人共戦争地区から来たメイドさんだ案外本気でそう思っているかもしれない
「それで用件は?」
「あ、ああえっと・・・」
現れたのがまさかのシリウスさんだったから取り乱したけどよく考えたらシリウスさんなら追っ手をなんとかでき・・・・
「できねぇ、殺しかねないな」
シリウスさんは戦場では“殲滅女王”と呼ばれるほどの戦闘狂ってアクセルさんが言っていたんだぞ
追っ手をシリウスさんに任せわたらむしろシリウスさんがテロリスト扱いになっちまう。
「影武者を用立てればここから逃走するのに重宝すると思うが」
「え?」
シリウスさんの言葉に思わずびっくりして素っ頓狂な声をあげしまう。
「この状況下では屋上にいる“五臓六腑家御主人様の代わりに学校の授業を受ける専属メイド”椎名を連れてくることが最優先事項であると認識した」
「え、いやちょっとまだ俺はなにも言ってな・・・・」
「言葉を交わさずとも主人の意図を汲むのがメイドの勤めだ。では───」
それだけ言うと踵を返しシリウスさんは金属の高速回転音と共に森の中へ消えていく。
「いやだから、人の話聞けよ・・・・」
もう小さくなってしまったシリウスさんの背中を見つめ思わず言葉が漏れた。なんだか事態はどんどん変な方へ行っている気がするよ。

人の話をろくに聞かずに飛び出していったシリウスさんは五分ほどして俺の元へと戻ってきた。肩にはまるで猟師に捕らえられた獲物のようにぐったりとした椎名さんの姿が見える。
この早さで戻ってきたんだ、想像するに恐ろしい道のりだったのはなんとなくわかる。
「だ、大丈夫?椎名さん」
「ええ、なんとか。シリウスさん、降ろしてください」
「御意」
シリウスさんの肩から降りた椎名さんはふらふらとした足取りで僕の前にやってくる
「申し訳ございません御主人様、事情はシリウスさんから聞きました!」
「え、ああ・・・うん」
なんとなく頷いてみるがそもそも俺まだシリウスさんにもなにも言ってないってのに案外通じているもんなんだな。これがメイドの勤めっての?全く加絵奈にも見習ってほしいぜ
「それで、あの私が今一度御主人様に成り代わってお誘いを断って来ます!勿論学校生活に支障のないように」
「そうしてもらえると助かるよ。」
「では今しばらくここでお待ちください、失礼いたします!」
椎名さんは深々と頭を下げると足早に校舎の方へと走り去っていく。まさにミスして焦ってます!な感じの椎名さんを見るとなんていうか俺としてはそこまで気負いしなくてもいいのになぁなんて思ったりもしたが結局そのことを伝える時間はなかった。
「でもまぁちょっとやりすぎだよなぁ」
「それは違う」
「えっ?」
独り言のつもりだったのが有らぬところから返事が返ってきて思わず振り返る。そこにはシリウスさんが完全に気配を消して立っていた。
「シリウスさん?」
「椎名は相手を観察し、完全に演じきる天才。今回のことも本来の貴殿の力をもってすればできて当たり前と判断したからやったことだろう」
「ってことは俺が色んな部活に誘われるのも俺の力だっての?」
「力を持つ者に人は憧れる。椎名の見立てが正しいのなら貴殿はそうゆう人間なのだろう」
黒いバイザーがあるからはっきりとはわからないがシリウスさんはそう言いながら笑みを浮かべたような気がした。
「では我はこれにて失礼する、これ以上此処にいる必要はないだろう」
「え、ああ帰るんだシリウスさん。あのえっとありがとうございます」
思えば今日はシリウスさんに助けられたと言っても過言ではないだろう。正直昨日のことがあって怖い人かと思ったが案外いい人なのかもしれないな
「礼など不要、では」
シリウスさんはそれだけ言うとローラーブースターを起動し金属の回転をともないながら再び森の中へ消えていく。俺はそれを見送ると軽く息を吐き校舎の白壁に凭れかかった
「俺、そんなに本気だしてないのか?」
シリウスさんの先程の言葉を思い出す。シリウスさんが言うには椎名さんは俺の実力を普通に表現しているだけ、ってことは俺が普段は本気になってないってことだろ?
「大体本気でやったってなぁ」
本気でやって失敗するのが嫌だ、挫折を味わうのが嫌だ。それに俺みたいなのがまともに学校の皆と青春するなんて土台無理だろ、きっとどこかに俺の背景、金持ちってのがちらついてその付き合いは真っ直ぐで純粋なものではなくどこか屈折してしまうような気がする。

『そんなことばっかり言っているからキモいのよ!』

ふとどこからか加絵奈のそんな声が聞こえたような気がした。
「はいはいそうですね、どうせキモいですよ」
まぁでも加絵奈くらいだよな俺に本気でぶつかって来てくれるのは、良いのか悪いのかはよくわからないけど
本気で起こってくれるのも加絵奈だし、本気で励ましてくれるのだって加絵奈だけなんだよな
「だぁーからってあの性格じゃなぁ」
そう言って空を見上げる。俺自信も人の性格についてどうこう言える立場じゃないけどな大人しくしてれば本当可愛いんだよね加絵奈って
「お待たせしました御主人様!」
そんなことを思いながら呆然としていると視界に“五臓六腑家御主人様の代わりに学校の授業を受ける専属メイド”椎名さんの姿が飛び込んでくる。
「え、あっ椎名さん、早いね」
椎名さんが出ていってから時間的にもさほど経っていない
「いえ私のミスで御主人様をこんなところに長居させるというのは心苦しかったもので。とりあえず全てのお誘いに断っておきました」
「ありがとう、でもそんな気にしないでよ椎名さん。ちょっとは嬉しかったんだからさ」
学校で加絵奈以外に話しかけられたのなんて久しぶりだったんだからな
「心遣いありがとうございます御主人様。ですが・・・」
椎名さんはそこまで言うとグッと顔を近づけ
「私にお仕置きをしてください!」
思わぬ一言を口走ったのだ。
「え、あっはい?お仕置き?」
「はい!」
椎名さんの迷いない真っ直ぐ見つめてくる瞳に思わず視線を外す。なんでこんなことになってるんだ?それにお仕置きって、お仕置きって・・・・なぁ
「いやいや別に俺は怒ってないからお仕置きとかないよ」
邪な考えが浮かんでくるのを振り払って冷静に言葉を返す。
そう、椎名さんはなんにも悪くないんだしお仕置きとかないよ、うん
「御主人様が気にしていなくとも今回のことは専属メイドとして恥るべきミスなんです。五臓六腑家のメイドはアンメイドオブオールワークス、完全分業であるが故に担当した一つの仕事に関しては完璧じゃないといけないんです。私は御主人様の能力だけ判断し御主人様の気持ちを考えずに行動してしまいました。だ、だから自分を罰しないといけません」
涙を溜めて潤んだ瞳がじっとこちらを見つめる。正直どうしたものか、お仕置きしないと終わりそうにないし
「でもお仕置きとか言われてもなにをすればいいのか」
「ご、御主人様の望まれることならばどんなことでも受ける所存です」
「どんなことでも・・・・」
その言葉に思わず生唾を飲み込んだ。それと同時に脳裏によからぬ一つの言葉が浮かび上がる
『据え膳食わぬは男の恥』
なんとも都合のよい言葉を引き出した俺は覚悟を決めた!

 

我ながら悪魔じみた発想だと思う。
「これでいいかしら」
そう言ってクルリと回って見せる椎名さんの姿は今朝ヘリの中でしていたのと同じ加絵奈の格好になっている。
「オーケーオーケー、いいよー♪」
椎名さんに加絵奈の格好をさせたのには訳がある。
「してして今から椎名さんには『俺の理想の加絵奈』を演じてもらうよ、いいね」
「わ、わかっているわよ!」
ちょっと怒り気味に答える椎名さんはもう完全に加絵奈になりきって性格やら口調までも本物そっくりだ。だがそれではいかんのだよ!
「違う違う、普段の加絵奈はそんな感じだけど俺の理想じゃそうゆうこと言わないから」
「なにそれキ・・・」
「俺の理想の加絵奈はキモいとか言わない!」
「わ、わかったわよ・・・いえわかりました御主人様。でもこうゆうことしたことないから、いえ・・・ないのでご指導お願いします」
加絵奈の顔で不服そうにでもしっかりと頷く椎名さんの姿を見て正直俺は笑いをこらえるのに必死だった。まさか幸運にも今朝夢見た理想的な加絵奈の姿を拝めることになるとは!
あ、でもこれはあくまでも椎名さんから頼まれたお仕置きなのだ、俺は悪くない・・・仕方なくやっているんだ
「そ、それでこれからどうしましょう御主人様」
「んー昼休憩だってのに逃げまわって昼飯食べてないからなぁ」
「それでは学食がまだ開いていると、えっと思うわよ・・・ではなく思われますが」
学食か、しかし学食に椎名さんの変装とは言えメイド姿の加絵奈を連れて行くのはいろんな意味でマズイ
「いやとりあえず外に行こう」
とにかく学校内にいることはよろしくないのだ、本物の加絵奈に出会ったらなに言われるかわかったもんじゃないからな
周りを見渡して誰もいないことを確認すると歩き出す
「小さい頃加絵奈とよく行った駄菓子屋があるんだ」
「そうなんですか」
鬱蒼とした木々を抜けると金属フェンスがあり向こう側に街が見える。こちら側が少し小高くなっているので視界かなり良好だ
「確かこの辺りに・・・・あった!」
フェンスを伝って少し歩くとそこにはちょうど人一人が通れるくらいの穴がフェンスに開いていた。
「まぁ、こんなところに出口があったんですね」
「校門にはお昼に生活指導の先生が立っているからね。昼休憩に学校の外に出たい人はみんなここを通るんだ」
そう言うと二人で滑るように穴から外へ出る。
「よし、それじゃ行くよ加絵奈・・・じゃなかった椎名さん」
ふと気を抜くと名前を間違えてしまうほど椎名さんの扮する加絵奈は本当に似ている。どうゆう理屈なのかわからないけど性格だけじゃなくて身体的な特徴、加絵奈のスラッとした足のラインやどこぞのグラビアアイドルかと見間違えるような胸の膨らみまで再現されているから驚きだ。
「お気になさらずに御主人様。今の私は“五臓六腑家五臓六腑 大二郎様専属メイド長 西条院加絵奈”ですので加絵奈とお呼びください」
そう優しく微笑む椎名さんの表情に思わず胸の鼓動が高鳴った
そうだよ、この表情の加絵奈が可愛いんだよ。最近じゃ口を開けば嫌悪感たっぷりに「キモい」の連呼だからな
しかも先程まで調整中?みたいな喋り方してた椎名さんがもう
“俺の理想の加絵奈”を完璧に演じている。そうなるとこちらとしても欲望がむき出しになるわけで
「そ、それじゃ加絵奈、昔みたいに手でも繋ぐか」
「よろしいのですか?今は昔のように幼馴染みではなく御主人様とメイドという関係ですが」
「え、ああ・・・うん!いいのいいの」
少し照れ臭かったが意を決して自分から加絵奈の手を取ると顔も見ずに歩き出す。椎名さんの手はとても柔らかくて暖かい、なんか女の子と手を繋ぐ、この感触が久しぶりすぎてドキドキする
「よし行くよ」
「はい、御主人様」


なんていうか理想の世界にいるようだった。目の前を広がる住宅地はお昼時というのもあってか人通りが全くなく、妙な静けささえを感じる。
まるで誰もいない世界で加絵奈と二人っきりみたいだ
「あーなんかこの小さい頃見たことあるな!」
静かすぎる情景に思わずそんな言葉が出た。楽しい状況ではあるがなんていうか俺にはまだこんな状況で沈黙を楽しめるほど大人じゃなかった
「昔の加絵奈は大人しくて俺の後ろでいつもおどおどしてたよなぁ」
「それであの時なんか加絵奈泣き出しちゃって・・・」
なんとか会話を弾ませようと色々話を出してくるも自分でも何を言っているのかよくわからなくなっていた。ただそれでも椎名さんは嫌な顔一つもせずに微笑み、答えてくれる
「あ、あはは。ごめんね加絵奈。俺つまんない話ばっかりしちゃって」
「そんなことありませんよ。御主人様が私のこと愛してくださっていること、それがとても嬉しいです」
「あ、愛して!?」
思わず挙動不審に慌ててしまう。いやなんせ俺『愛』の前に『恋』も知らないんだぞ。ま、まぁあれだ言葉のあやというやつでうんそうだ、よくわからないけどきっとそうだ。
完全に頭の中が真っ白になっている俺を尻目に椎名さんは足を止め俺の前に立つと上目使いで真っ赤になっているだろう俺の顔を覗き込んでくる
「そんなに萎縮なさらないでください御主人様。私も同じように緊張しているんですから」
椎名さんは俺の手を取ると自らの胸に押し付ける
「心臓の音、聞こえますか?物凄くドキドキしていますでしょう?」
「う、うん」
俺は静かに頷く。正直言えば全然わからなかった。なんせ触っているのが柔らかい脂肪の塊だからな、椎名さんも緊張しているのかそのことに全然気がついてない
(しっかし柔らかいな)
メイド服の上からでもはっきりとわかるこれは椎名さんだけどこれは加絵奈の胸!っていう弾力。おもわず指を沈めたいと思ったときには図らずも既に指に力が入ってた
「んっ・・・御主人様っ」
「あわ、い、いやごめん!」
椎名さんの口から零れる甘い吐息におもわず手を離そうとするがそれを椎名さんが制する
「すいません御主人様、突然だったので取り乱してしまいまして。どうぞそのままお続けください」
続けてくださいって、いやそれっていいのか?
いやいいんだよな?だってこれ向こうから誘ってきているわけだし!
「ですが御主人様のお許しいただけるのなら、私の我儘を一つ聞いて欲しいです」
「我儘?」
「はい、これは私の気持ちなのですが」
少しためらうように言うと椎名さんは上目使いの格好のままゆっくりと目を閉じる
「キス、して欲しいです。私の愛する御主人様に」
「えぇっ!?」
これまた何度目かという胸の高鳴り、これで本当にキスなんかしたら俺の心臓はどうなってしまうんだろうか
もはやまともに鼓動しているかどうかもわからない心臓なんて放っておいて目の前の美少女を視界に入れる
頬を桃色に染め濡れた赤い唇でキスを受け入れようとする美少女を前に───
なんにもしないなんて漢じゃないだろ!!しかも目の前にいるのは加絵奈、そう加絵奈なんだ!
「わかったよ加絵奈、それじゃするよ?」
「はい、御主人様」
意を決しゆっくりと顔を近づける。
キスした後、してもいいってことだよな?しっかし流石に初めてが野外とか、凄いよな。ああ、でも俺なんだそのゴム持ってないぞ、ってことはあれか?そ、そうだよな愛し合っているんだからそんなのは必要ないよな?
少し冷静になるといろんな事が頭を過る。しかしこうなると先にこの台詞を言ったおいた方が良いだろう、うん。
『このお話に登場する人物は全員十八歳い・・・・』
「だぁれが十八歳以上だって!?」
心の中を読まれたように後ろから声がする。その声に「あ、まずい」と思ったときにはもう既に遅かった
「どぐぁっ!!」
横っ腹に激痛が走るとともに俺は激しく地面を転がった
「痛ってぇーな!なにすんだよ加絵奈!」
脇腹を押さえながら蹴りを入れてきたブレザー姿の本物の加絵奈を睨む
「なにが“なにすんだよ”よ、あんたはなにしているのよ!」
「いや、これはその、なんだ」
「教室にいないからおかしいとは思ったけど、まさか学校を抜け出してこんなことしているなんてねぇ。」
軽蔑するような目で俺を見ている、ああこれはまずい終わったと思ったがなんとか無謀な反論をせざるを得ない
「てかなんで加絵奈がここにいるんだよ」
「簡単な話よ、シリウスさんから報告を受けたのよ」
「くっ、そうゆうことかよ」
「まぁそうゆうわけでぇ・・・・」
加絵奈は不適な笑みを浮かべながら近づいてくる。こいつぁヤバイな、まじで死を覚悟しないといけないかもしれない
必要だったのは『このお話に登場する人物は全員十八歳以上です』じゃあなくて『このお話には暴力シーン、グロテクスなシーンがあります』だったんだなぁ
そんな現実逃避をしていると椎名さんが俺と加絵奈の間に割り込んできた
「待ってください加絵奈メイド長。これは私へのお仕置きなので御主人様は悪くないんです。それに・・・」
椎名さんはそこまで言うと少し躊躇うような素振りを見せたが
なにかを決したように言葉を続ける
「私、加絵奈メイド長を演じさせてもらって気がついたんです。それで先程の行動は私の想いだけじゃなくて加絵奈メイド長自身の想いでもあるんだと理解しました」
一瞬俺も、そしてたぶん加絵奈もすぐには椎名さんの言葉が理解できなかった。けどえっと椎名さんは加絵奈の気持ちがわかってるってことで、えっとさっきの行動はそれの現れで
「それがなに?どうゆうことなの椎名さん」
「だから加絵奈メイド長の愛している人を誘惑したのは私です。ですので殴るのなら御主人様ではなく私を」
どストレートな椎名さんの言葉におもわずビックリした
まさか加絵奈が俺のことを好きだって?
「ちょっと、ちょっと待って椎名さん!私は別にそ、そのなんにも思ってないわよこんなキモい奴のことなんて」
「いえ、この際なので素直になられた方がよろしいと思われます。でなければ私の想いも晴れません」
「だ、だからなにかの間違いだって私が大二郎のことを、そのあの・・・・」
椎名さんの問いに否定を繰り返す加絵奈も最後は歯切れの悪い言い方をして俯いてしまう
あれ?なんか話の展開が予想とは違ってきた。てっきり俺が加絵奈にドーンバーンドガーンと殴られてちゃんちゃん♪だと思ってたのにいまや二人の加絵奈が自問自答のように言葉を繰り返している謎の状況が広がっている。
そして加絵奈が俺のことを好き?そんな嘘みたいな話が椎名さんの口からまるで証拠を突きつける裁判のように矢継ぎ早に飛び出し加絵奈を追い詰めている
「いやあのね椎名さん。私はね、ただこの大二郎のバカが見境なしに椎名さんに手を出したりする変態だから怒ってるだけで、別に椎名さんが大二郎を誘惑したから起こっているとかそうゆうんじゃなくて」
「では私が感じた加絵奈メイド長の御主人様への気持ちは私の勘違いだったということですか?」
「そ、そうよ!いくらなんでもなんで私が大二郎のこと好きなわけないじゃない!」
加絵奈の言葉に対して椎名さんは少しの間沈黙すると踵を返し俺の方を見つめる
「そうですか。それでは加絵奈メイド長。私が代わりに御主人様のことを愛しますね」
「えっ?それってどうゆう意味?」
椎名さんは加絵奈の問いには答えず俺の前まで歩いてくると腰を下ろす
「御主人様、お怪我は大丈夫ですか?」
「ああ、うん。それは大丈夫」
「申し訳ございません御主人様。私では代わりにしかなれませんがそれでも愛していただけるのなら・・・」
「え?」
ふと椎名さんの顔近づく
「私も御主人様を愛します」
そして次の瞬間俺の唇に椎名さんの唇が触れた
「なに・・・してるの、よ」
一瞬なにが起こったか理解できなかった。だが椎名さんの頭越しに驚いている加絵奈の表情、そして唇に触れる椎名さんの感触ですべてを理解する
「ちょ、ちょっと椎名さん!」
顔をそむける加絵奈の姿を見ておもわず力任せに椎名さんの体を引き離した
椎名さんはただ一言「申し訳ございません」とだけいうとグッとなにかを堪えるように俯いてしまう
「か、加絵奈・・・」
「あはは、ごめんね大二郎。私邪魔しちゃってたみたい・・・私はもう帰るから、二度と・・・うん、邪魔しないから。二人でごゆっくり!!」
加絵奈は吐き捨てるように叫ぶと踵を返し走り出す
「加絵奈!」
すぐにでも追いかけたかった。けど椎名さんをこの場に置いておくことも俺にはできなかった
「椎名さん、どうしてこんなことを」
「申し訳ございません御主人様、今は答えたくありません」
椎名さんは顔を上げることなく消え入りそうな声で続ける
「私のことは大丈夫ですから、御主人様は加絵奈メイド長のところへ行ってあげてください」
「わかった。ごめんね椎名さん」
俺はそれだけ言うと立ち上がり全力で走り出した


俺は本当バカな男だ。椎名さん、加絵奈の涙を悲しい表情を見るまで酷いことをしていることに気がついていないんだからな
加絵奈にきちんと謝ろう、殴られてもいい嫌われてもいいちゃんと許してくれるまで謝ろう
「ハァハァ・・・い、いた!」
息が切れるほど走ったところでようやく加絵奈の後ろ姿が見つかる。
「待って加絵奈!」
俺は叫ぶが加絵奈はその言葉からも逃げるように走るスピードをあげる
「くっ、こなくそぉ!!」
普段走らないせいか足の筋肉がすでに悲鳴をあげている。それでも気合いと根性で無理矢理に走る速度をあげる。ここで加絵奈に追い付けないくらいなら死んだ方がましだ、そう本気で思っていた。
「加絵奈!たのむ、お願いだから待ってくれ!!」
5m、3mと距離を縮め手を伸ばす。だが足の痛みとともに距離は再び離れ、その度に気合いをいれる。それの繰り返し
結局加絵奈の腕を掴むことができたのは加絵奈を見つけてからゆうに二十分を越えたころだった
「くっそ、はぁ・・・ったくこんなに走ったの久しぶりだぞ」
「なんで私なんか追いかけてるのよ」
加絵奈は振り替えることなくため息混じりに呟く
「そんなの決まってるだろ、加絵奈に謝るためだよ」
「別に謝ってもらうことなんてないわよ。それよりも今頃御主人様に放っておかれて泣いているわよ椎名さん」
「多分ね、でも・・・・それでも俺はまず加絵奈に謝りたくて、そして伝えたかったんだ」
掴んだ加絵奈の腕を離すまいと力を込めて握る
「強がりの癖に泣虫でいつも泣き顔を見られたくないって逃げてたよな」
「知らない、そんな昔のこと・・・泣いてないし」
「でもちゃんと面と向かって聞いて欲しいんだ加絵奈に、だからこっち向いてくれよ」
俺の言葉に渋々加絵奈は振り返る。涙こそ見えないが目が真っ赤に充血していて泣いた後だというのははっきりとわかっていた
「そうゆうところ全然変わってないよな加絵奈は」
「う、うるさいわね!で、もうなんなのよ伝えたいこ───」
「ごめん加絵奈!!」
加絵奈の言葉を遮るほどの勢いで俺は深々と頭を下げる。俺にできるのはこれくらいしかないのだから仕方ない
「何、意味不明に謝っているのよ。ばっかじゃないの?」
「そんでもって俺は加絵奈のことが好きだ!!」
「なによ、昨日といい今日といい困ったらそうゆうこと言えばいいと思っているんでしょ?」
もう俺は逃げたりはしない、やっぱり昔からずっと加絵奈のことが好きだし加絵奈の悲しむ姿を見たくない
「加絵奈はどうなのさ?俺のことどう思っているの」
「うっ、なによ質問しているのはこっちなのに」
「いいから答えてよ!」
語気を強め真剣に少し吃驚した様子で加絵奈がこちらを見つめている。その瞳、その表情から絶対に逃げないと決めた
「なんなのよもう、答えたら満足するの?」
「ああ、答えがどうであろうとね」
「わかったわよ・・・それじゃ言うから耳の穴かっぽじって聞きなさいよ!」
そう言うと加絵奈も意を決したのか大きく息を吸い込むとこちらをじっと見つめてくる、そして
「私も、大二郎のことが好き。うん、大好き」
顔を真っ赤にし恥ずかしそうに告白した。今まで何度と見た加絵奈の姿でもその姿は一段と可愛く見える
そして聴いた、うん・・・間違いなく聴いた。加絵奈の口から「大二郎のことが好き」って言葉を。やはり椎名さんの見立ては正しかったんだ!そして今までキモいキモい言われてたのはあれだ愛情の裏返し、ツンデレというわけだ。ふふふっ、ついに待望の加絵奈のデレ期がやってきた!
「か、加絵な・・・・ぶぐろぉぁ!!!」
嬉しくなって加絵奈に抱きつこうとしたその瞬間思いっきり俺の顔面にカウンターパンチが叩き込まれる
「痛てぇ!!」
あれ?なんで?なんで今殴られたの?俺は加絵奈のことが好き
加絵奈も俺のことが好き。両想いじゃないか、じゃなんでなんで?夢か?この痛みを伴ってもなお夢だと言うのか?
「勘違いしないでよね。私が好きなのは昔の大二郎なの」
「は?昔の俺?」
「そう、寝坊しなくて、ぐーたらじゃなくて、なんでもお金で解決しようとしなくて、授業サボったりしなくて、女の子を御主人様だからってきせかえ人形にして襲ったりしない」
俺を殴った拳をハンカチで拭きながら早口で捲し立てる
「・・・他にも色々悪事をしない、そうゆう昔の大二郎は好き」
「は、はは・・・今の俺、全否定なのね」
「でも良かったじゃない、可愛い私からいいヒントがもらえて」
すっかり元の加絵奈は満面の笑みで言い放つ。そう思えばそうだよなぁ逆をやればいいんだから、うん絶対に無理だけど
「ぜ、善処しますよ、はいはい」
呆れた声とともに空を見上げる。ああ、どこまでも続く雲ひとつない空にちょっと心が癒される。
今日も空が眩しいぜ


                                                        END

「深淵の人魚姫」


私は今、何をしているんだろう?
気がつけばどこともわからぬ海の底、私は上を見上げていた。
光がキラキラと瞬いている、どこか宇宙の星々のようなそんな情景にも見える。
「ここはどこなんだろう?」
水の中、声を出そうとするがそれは外には漏れない、代わりに海水が口の中に入ってきているような気がするが別に息苦しさは感じない。
この感覚、そういえば過去にもあった気がする。けれどそれがいつのことだったかそれすらも思い出せない。
そもそもいつからいるかもわからないのだ、ただ気がつけば私はここで上を見ていた。
あまりにも長い時間いるせいかここがどこかわからないなんてのは当に知っているのに気がつけばふと言葉にでてしまう。
水面に煌く光は私の望む希望のような気もするが手を伸ばしても水の中を掻くだけでなにもできない。
「あっ・・・まただ。」
上を見ていると、というか上しか見れないのだが時折、ヒトが落ちてくる。
私にとっての希望の水面からどのヒトも苦悶の表情でもがきながら落ち、しばらくすると動かなくなって海底に沈んでいく。
「飛び込み自殺」
その言葉を思い出したとき胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
きっとここは自殺の名所なんだろう、老若男女関係なくふと気がつけば沈んでくる。なにが楽しくてこんな冷たくて深い闇が広がるこんなところに来たがるのかわからない。
「このスーツの人は仕事が上手くいかなかったのかな?」
「このおばあちゃんはおじいちゃんに先立たれたのかな?」
「この二人は・・・・心中かな?」
そんなことを漠然と思いながら上を見上げる。別にこれと言って可哀想だとか悲しいとかは思っていない、あえて持ちうる感情を言うならば『もったいない』である。
それからしばらくすると今度はこのヒト達を捜索しに背中に大きなタンクを背負ったダイバーがやってくる、彼等は海上保安庁の人達だ。
海の自殺は海上保安庁の管轄だから捜索費がかからない、らしい。なんで自分のこともわからないのにこんなどうでもいい知識だけは覚えているんだろう、我ながら情けない。
数人のダイバー達が各々手を合わせ一礼すると作業といっていいのか知らないけど沈んだヒトを上、水面へと引き上げていく。
どうせなら私も引き上げて欲しい、そう思ったけど残念ながら彼等には私の姿が見えないようで黙々と作業・・・・また言っちゃったけどうん、もういいや作業を続けている。
「おーい、気づいてよ。なんか無視されているみたいで悲しいぞ」
けれど“生きている人”がここまでくることなんてこんな時しかない。私はなんとか誰かが気がついてくれないかと必死に手を降るがそんな私を嘲笑うかのように次々とダイバー達は自らの仕事を終え帰っていく。
「やっぱり、ダメなのかな」
そう、諦めかけたときだった。一人のダイバーが私の前で動きを止めなにか腕を組み、不思議そうに首をかしげていた。
「見える?私が見えるの?」
そしてビックリすることが起きた。
その人はしばらくは黙ってみているだけだったが戻っていく仲間の一人を腕を掴むともう片方の腕で私を指差したのだ。
まさに『あそこに何か見えないか?ジョン!』的なジェスチャー!
「やっぱりあの人には見えているんだ!」
海上保安庁のダイバーでちょうどここの水域で仕事をしていてしかし更に私が見える人に巡り会えるなて、こんなダイスの同じ目が十回連続して出るような偶然など、あるはずがない。
ちょっと嬉しくなって小躍り(できないけど)しそうになった私であるがすぐにその希望は崩れ去ることになった。
その私のことが見えるダイバーさんがもう一人のダイバー、ジョンさん(仮名)に連れられ帰っていってしまったのだ。
『マイケル、君は疲れすぎて変なものが見えるんだ。帰ってマイハニーとハニートーストでも食べようぜ!』
きっとそんな感じだったに違いない。
「あーんもぅ、誰かなんとかしてよ」
私は上を見ながら思いっきり嘆息するのだった。

それからどれくらいの時間が経っただろうか?なにせお腹も空かないし疲れたりもしない、更には眠くもならないので時間の感覚がよくわからない、水面が何度か暗くなったり明るくなったりしたような気がするから2、3日は経ったのだろう。
マイケル(仮名)は戻ってきた。しかも前とはちょっと違うなんかオシャレな青地に黄色のラインが入ったダイビングスーツ、一瞬別の人かとも思ったけどまっすぐにやって来る彼に私は確信した。マイケルは私の元へとやってくるとすぐに腰につけた袋から小さなホワイトボードとペンを取りだしなにやら書き始める。
「なるほど声が届かないから文字でってことね」
やはりマイケルは私のことが見えていたんだ。
『君って幽霊?』
そう書いたホワイトボードをマイケルは突き出してきた。これ私に書けってことなんだろうけど私に触れるとは思えない。
「無理だと思うけどなぁ」
多分すり抜けちゃうんだろうなぁと思いながら恐る恐る手を伸ばす。
「あ、あれ?触れる」
意外にも私はホワイトボードをしっかり握っていた。今までその辺を泳いでる魚を掴もうとしてもことごとくすり抜けてきたってのに。
驚く私をよそに、マイケルはホワイトボードを指差しなにか書くように促してくるので仕方なくペンを走らせる。
『その呼び方禁句』
そう書き直してマイケルに返す。
初対面の女の子に『君って幽霊?』って聴くなんて失礼にもほどがあるよ。ちょっとまだそういうの認めたくない年頃なんだからこっちは。
その文字を読んだマイケルは何故か小さく頷くとすぐにまたなにかを書いてこちらへと渡す。
『じゃ地縛霊?』
「呼び方変えただけじゃないの!!」
書かれた文字を見て私は思わず叫んでいた 。なんかマイケルは私の反応が楽しいのかこっちを見ながら笑いを堪えているようにも見えるし全くもって失礼。
『マイケル、とりあえず霊とか幽霊とかその類いで私を呼ぶの禁止』
書き直して突っ返す。そしてすぐに勝手にマイケルなんて呼んでいたことに気がついた。
『俺はマイケルじゃないカナウだ。それでじゃあ君のことはどう呼べばいい?』
マイケル、じゃなかったカナウ(変な名前)からの返答は思ったよりも冷静なものだった。もっと騒いでくれてもいいのに。
しかし何て呼べばいいと言われても自分でもよくわからないのだけど。
『自分の名前覚えてない?』
答えることができない私を見かねてかカナウは質問を変えてくる、けど残念ながら自分の名前もわからないのよね。
『名前もわからなければ、なんでここにいるのかもわからない。』
そう答えるしかなかった。
私の文字を見たカナウは暫く考え込むとふとなにかを閃いたのかホワイトボードにペンを走らせる。次に出てきた言葉を私には全く予想できなかった。
『それじゃ暫定的に“人魚姫”ってどう?』
ああ、なんかそれ凄く良い。人の事散々幽霊とか地縛霊とか言ってたのに人魚姫なんて可愛い私にピッタリ、センスあるじゃない。
『足が消えてるしちょうど人魚姫っぽいよ』
「えっ、そっち!?」
上しか見れないから今まで気がつかなかったけど私そんなベタな幽霊になっているんだ。今日日足が消えてる幽霊なんて漫画やアニメでも見ないよきっと。
『でもただ人魚姫ってのもつまらないから“深淵の人魚姫”攻撃力3、防御力2ってどうかな?』
「ちょ、ちょっとなに人を勝手にカードゲームみたいにしてるの!!」
私は手を伸ばしカナウからホワイトボードを奪い取ると一気に文字を書きカナウの目の前に突きつける。
『人魚姫でいい!!余計なの付けない!』
私の鬼気迫る様子が伝わったのか「冗談、冗談」と言った感じにカナウは両手を挙げ降参のポーズをとる。
「んもぅ、なんなのよ」
なんか変な感じだ。なんというかカナウは慣れているというか平然としすぎている。普通こんな深海で私みたいなのに会ったら逃げるかあわてふためくと思うんだけど。
こんな普通に人と話せるなんてなんか生きてる時みたい。
『カナウは私の事、怖くないの?』
そう書いてホワイトボードを見せるとカナウは首を静かに縦に振る。
『小さい頃から見てるから平気だな。水死体に比べたら可愛いもんだよ』
水死体と比べられるのもなんだけど、まぁやっぱりそういう人っているんだ・・・・と、そこは納得した。
『でもなんで私に話しかけてくれるの?』
そういうのが見えるからってわざわざ話しかけに来る人なんて珍しいと思う。
『なんていうか救えるなら生きてる人も死んでいる人も』
カナウはそこまで書いて私に見せると文字を消し続きを書く。
『救ってあげたいと思うから。特に死んでる人は普通見えないからね』
ううっ、なによそれ。どんだけいい人なの?こんな人きっとダイスで同じ目が十回どころじゃない、二十回でも足りないくらい珍しくて良い人だわ。
『私を救うってそれって成仏させるってこと?』
『まぁそうなるね』
『でもどうやって?』
『君がここにいるのは未練があるから、それを解消する』
未練か、多分きっとそうなんだろう。けど今の私にはなんでここにいて、なにをしたいのか全然わからない。
『未練もなにも覚えてない』
なにかあったからここにいるんだろうけどそれすらわからずにこんなところにいるなんて本末転倒だ。
『人魚姫はずっとここにいたからわかるとおもうけどここは飛び降り自殺の名所だ』
飛び降り自殺、その文字を見たときまた胸の奥がズキッとした
『人魚姫がここにいるのも飛び降り自殺をしたからじゃないかな?』
『多分、そう。なんかその飛び降り自殺って文字を見ると胸が痛くなるしそのせいじゃないかなとは思う』
ホワイトボードを見せながら考える。
「なんで私死んじゃったんだろ?」
自問自答しても当然答えは返ってこない。でもずっと上を、希望の水面を見ててわざわざこんな海底にやって来るヒトを『もったいない』なんて言ってたのに自分自身もやったことは一緒だったとはしょうがないな私も。
『でもさカナウに見えているのって私だけでしょ?ということは私は他の人とは違うなにかがあるからだと思うんだけど』
カナウと話してからなにか急に脳が活性化した気がする。というか今までずっとただぼうっと上を眺めていただけで漠然と物を考えていただけだけど今は次から次へと考えが言葉に出てくる。
『それは間違いないと思うけど情報が少なすぎるよ。どんなことでもいいなにか知っていることを教えて』
『そう言われても』
私の知っていることなんて正直あやふやものばかり、どうでもいい知識ばかりは覚えているけど肝心なことはさっぱり覚えていないんだから困る。
でもなにか思い出さないと・・・・こんなカナウみたいな人と出会えたことを無駄にする訳にはいかない。
ぎゅっとホワイトボードを握りしめ思考を巡らせる。
目の前にある希望の水面、今はそれの前にカナウが手足を動かし私の視界に入るように姿勢を維持している。
私の髪が海流に流されているようで左へと流れていく。
なんだっけ?この辺りの海流は特殊で死体が上がってこないとかそんな話をどこかで聞いたことがあるような。
音は聞こえない、辺りは静かで暗くて寒気がする。
カナウは私のことを人魚姫と呼んだ、なぜか?それは私の足がベタな幽霊みたく足が見えないから。
それを私はカナウに言われて初めて気がついた。
「ええっとつまり・・・・。」
頭の中で一つの答えが出る。答えといってもいいんだろうかそのキーワードは些細なことで正直こんなことをカナウに伝えてもどうしようもないのかも知れない。でも逆に言えばそこからなにか忘れていた記憶を思い出せるかも知れない。
『私は上しか見ることができない』
その言葉を書いたホワイトボードをカナウに見せる。
するとカナウはなにかに気がついたのかじっと腕を組み考え事を始めてしまう。
『どうしたの?』
『もしかしたら人魚姫がここにいる理由がなんとなくわかったかも』
「本当!?」
思わず叫んでしまったがカナウに声は届かない。慌ててホワイトボードを受けとると改めて私の言葉を文字にする。
『本当!?』
『あくまで推測だけどね。人魚姫はここで誰かが来るのを待っているんだと思う』
誰かが来るのを?私はずっと上を見上げていたのは自分が希望の水面に行きたいからだと思っていた。
『でも誰を?というかなんでこんなところで待ってるの?』
『誰をってそれは人魚姫の大事な人、まぁ例えるなら王子様ってとこだね』
大事な人?誰のこと?全くもって頭に浮かんでこない。
『そして人魚姫がここで待っている訳は』
カナウが文字を一旦消し、続ける。
『人魚姫と王子様が一緒に心中して王子様だけ助かったから』
「なるほどそういうわけか」
カナウの考えが正解・・・・なのかは判断できないけど筋は通ってるしなにより私自身が納得していた。
『そのことが私、未練になってここにいるんだ』
でもそう考えると今の私は不毛な存在だと気付かされる。
私は死んだ、でも王子様は助かって生きている。私が心中してからはもう長い時間が過ぎている、きっとそれが意味する事は───
「私の事を忘れてちゃんと生きているのね」
別に悪いことじゃない、私はもう死んでいるんだから。
でも私はずっとここで待っているんだ、絶対に来ない王子様を。
『なにか思い出した?』
『全然。でもカナウの考えで合っていると思う』
ふと胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。
別に寂しかった訳じゃない、なにせ私がなにも覚えてないんだもの。けど心のどこかが欠け落ちたそんな感じだったのかもしれない。
『それじゃちょっとその線で王子様を探してみるか』
『探してくれるの?』
私の問いにカナウは大きく縦に首を振る。
『本人連れてくることは無理かもしれないけど写真とかでもあればさ、人魚姫の記憶戻るかもしれない。流石にずっとこのままじゃ人魚姫も嫌だろ』
記憶が戻る、そうしたら私はどうなるんだろう?悲しくなって泣いちゃったりするんだろうか?
『そうね。それじゃ王子様を探してくれるカナウは魔法使いって所ね』
『人魚姫の物語に当てはめてるのか。ただ魔法使いってのは男としては嬉しくないな』
なにか不服そうな様子のカナウ。私的にはスゴく合ってるネーミングだと思うんだけどな。
『なんで?』
『なんでも!そもそも人魚姫の話に出てくるのは魔法使いじゃなくて海の魔女だ』
『似たようなものじゃない』
『全然違う!とまぁ、そろそろ行くよ。これは人魚姫が持ってて』
カナウはそう書かれたホワイトボードを私に渡すと水を掻き水面の方へ昇っていく。
「あ、んもぅ。もうちょっと話したかったな」
どんどん遠く小さくなっていくカナウの姿を見上げながら小さく呟く。
カナウが帰った後、私の周りは再び静寂でさっきまでのことが嘘のように静まり返っていた。


「来ない・・・・。」
カナウが帰ってから結構長い時間が経った、と思う。あくまで私の感覚でだけど。今までここにいたときは時間の流れがこんなにもゆっくり感じるなんて思いもしなかった。
「んもぅ一日千秋ってこういうことを言うんだろうなぁ」
ぼんやりと水面を見上げながら呟く。
海底は、全ての物を受け入れる広さを持っているけど寒くて暗い、そして静まり返っている。
そんな中で私は今更ながら孤独を感じていた。
「これも全部カナウのせいだよ」
ずっとここで一人だと思ってたのにカナウと出会ってしまった。私の事見える人がいた、一人じゃないそう感じてしまったから、だから今ここにカナウがいないことが寂しくて胸が苦しくなる。
このままカナウはここに来てくれないのだろうか?あの一度は愛した王子様が私に会いに来てくれないように。
私の事を忘れてしまったのだろうか?
そうしたら私はまたただ無感情に水面を見上げていた頃に戻らないといけないんだろうか?
そう考えたら感情が込み上げてきて出ないはずの涙が目からこぼれ海水に溶けた気がした。
「んもぅ、本当情緒不安定過ぎよ私。そんなんだから心中しちゃうんだろうな」
理由は覚えてないけどきっと些細なことで感情的になって心中したんだろう、反省・・・・は今からしても遅いからしないけど。
「ぼーっとしているから変なこと考えちゃうのよ。絵でも描いてればそのうち来るよね」
らしくない、私は気を取り直してカナウから貰ったホワイトボードを水面に被るように掲げるとそこにペンを走らせる。
ちょうどカナウがいた位置にカナウの絵を描いてやろう。
「えっとなんかこんな外見でウェットスーツが黄色ってでもこれ黒一色しかないからしょうがないか」
ぶつくさ呟きながらペンを走らせ数分後、その絵は完成した。
「うん、我ながら酷い出来だな」
完成した絵を見て思わず嘆息する。ホワイトボードの中のカナウは辛うじて人の形をしているかなぁって程度。もう少し上手く描けるかなぁとは思っていたんだけどあまりの絵の才能のなさにちょっとへこんだ。
「せめてもうちょっと上手く描き直すかぁ」
そう思い再びペンを構えた、ちょうどその時だった。コンコンと私の持つホワイトボードの裏側をなにかが小突いた。
「え?んもぅ、なによ・・・・ってカナウ!」
下手くそなカナウの絵が描かれたホワイトボードをどけた先に本物のカナウがいた。しかもカナウが持つホワイトボードには『おひさー』なんて書いてある。
『遅い!』
汚い絵を一気に消すとそれだけ書いてカナウに見せる。本当はもっと違う、『会いたかった』とか『寂しかった』とか書きたかったんだけどなんていうかあっけらかんとカナウが『おひさー』なんて書いてくるもんだからつい違う言葉が出てしまった。
『ごめん、ごめん。色々調べてたら一週間もかかった』
「あ、一週間しか経ってないんだ」
なんかもっと長い間カナウと会っていないと思ってた。そう考えるとカナウの態度が軽いのも納得できる。
『それでなにかわかった?』
『わかったよ。けど人魚姫が三十年も前の人だとは思わなかったよ』
『そんなに前から私ここにいたんだ』
今までこんな暗くて三十年もいたなんてにわかに信じがたい話だった。カナウと会う前の私がどれだけ呆然とここにいたのかがはっきりとわかる。今の私なら一週間でもこんなに寂しくて不安になってたんだ三十年なんて考えただけでも嫌になる。
『そしてこれが生前の君の写真だ。名前は草加美凪』
カナウはそうホワイトボードに書くと一枚の写真を取り出し私の前に見せる。そこにはスーツ姿の男性とセーラー服をきた黒髪の美しい超絶美少女がそこにいた。
『これが私?物凄く可愛いじゃない』
『ついでに隣の男性が王子様、乾章さん』
「えっ!?」
学校の校門の前だろうかそこの前で笑顔でピースサインをする私の横で微笑ましく男性、年齢は三十歳くらいだろうか?
短く刈り揃えられた髪に彫りの深い顔立ち確かに格好は良いと思うんだけど。
『これって先生じゃないの?』
『そうだよ。人魚姫の通っていた高校の担任、それが君の王子様だ』
「あーそれはなんとなく心中する理由がわかる気がする」
記憶が戻ったわけじゃないけどそのカップリングは普通に考えても障害が多そうなのは間違い無い。
『やっぱりカナウの予想通りだったの?親に反対されたとか?』
私の問いにカナウは小さく頷く。
『その通りだよ。二人は高校卒業したら結婚するつもりだったんだけど御両親に猛反対されてね』
『その結果ここで心中したってわけね』
「そうして私だけここに取り残されちゃった、と」
高校生か、若いのに死んでしまうとは情けない。まぁ私のことだけど。
いろいろできただろうになぁ、こうやって上だけしか見れなくなって初めてわかった。
『そういえばその王子様は今どうしているの?』
『今は教師を辞めて塾の講師をやっている。結婚もしててちょうど一人娘が今年高校生だそうだ』
『そうなんだ、元気にやってるのね』
『今も人魚姫の命日にはここに来て花を供えに来ているよ』
その言葉を見て心の中が一気に晴れていくのを感じた。なんだろう全然記憶にないし気にしてないと思ってたんだけどどこか心の中では迎えに来てくれない王子様にを恨んでいたのかもしれない。
「でもここに来なかったのは正解ね」
私は小さく呟くとホワイトボードに文字を書きカナウに見せる。
『もし王子様にまた会うことがあったら伝えて。“私の事はもういいから幸せになって”って』
『そうか、わかったよ』
王子様がそうだったように私もそろそろ先に進まなければならないよね。全然思い出せないけどありがとう、そしてさようなら私の王子様。
そう考えた途端すっと力が抜けていく。かなしばりからゆっくりと解き放たれたようなそんな感覚。
「あ、あれ?」
そうして気がついたらいつの間にか上ではなく真っ直ぐ前を向いていた。今までとそう変わりなく広がる海、だけど初めて視界に入る海。
『どうした?なにか思い出したとか?』
急に水面を見上げなくなった私に驚いたのかカナウが目の前まで泳いでくる。
『うんん、なにも思い出してない。でもいいの魔法使いのカナウのお陰で私は自由になれたから』
『だから魔法使いじゃなくて海の魔女!まぁどっちでもいい、自由になれたってことは成仏出来そうってこと?』
「ま、たしかにカナウは魔法使いじゃない、魔法使いじゃなくて・・・・。」
私は見えない足で岩を蹴るとカナウの回りをクルクルと円を描くように泳ぎながらホワイトボードを見せる。
『成仏しちゃったらカナウに会えなくなっちゃうでしょ?』
『え?』
びっくりしたのかカナウのマスクから泡が漏れゆっくりとゆっくりと水面に向かって昇っていく。
「これからもよろしくね私の王子様!」
私は満面の笑みでカナウを見つめる、私の新しい王子様は目の前にいた。




                                                おわり

「冬の陽」

もちろん手帳を“忘れた”というのは嘘だった。
なんていうかこうでもしないと踏ん切りがつかなかった、それくらい僕は自信のない人間なんだ
「あの、えっとそうだ今から伺ってもよろしいですか?それがないと明日の仕事に影響するんで」
「ええ構いませんよ、お店開けて待っていますから」
「すいません、お願いします」
僕はいつもの癖で携帯電話を耳に当てながら深々とお辞儀をし、会話を終えると携帯電話の通話ボタンを切る。
電話口で少し話しただけだというのに胸の動悸が激しい。生まれて以来こんなこと初めてだった、そりゃまぁ僕だって学生時代に恋の一つや二つしたことはある・・・・どれも実ることはなかったけど。
僕───矢神久胡はしがない営業マン。独り暮らしのご老人向けの話し相手になる犬のぬいぐるみが商売の種。でも話し相手になるとは言っても別に人形が喋るわけでもなくそこいらの玩具屋で千円もだせば買えるような品物、それを毎月二千円の分割24回払いで売り付ける・・・・まぁ悪徳な営業マンってわけだ。
とはいえ僕がいままでこの人形を誰かに売りつけたことはない、おかげで会社じゃ給料泥棒呼ばわりだ。
けれども両親には「大物になるまでは帰らない!」なんて啖呵をきって上京してきたせいで辞めるにも辞めれずずるずると見気力な日々を浪費しているのだ。
だから仕事とはいえいつも会社を出てからいろんな所で時間を潰していた。駅前の本屋で立ち読みしたり、インターネット喫茶でネットゲームやったり、喫茶店でよくわからないサブカル雑誌を読んだり・・・・。
そんな無為無策なことを繰り返している中、ふと立ち寄った喫茶店で僕は彼女と出会った。
小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店『リチェルカーレ』のマスター、木崎友梨那さん。透き通るような肌に栗色の長いウェーブがかった髪、控えめでどこか薄幸そうなオーラを醸し出している彼女に僕は一目惚れをした。
けれども僕には自信がない。仕事はなんてったって悪徳セールスマンだし顔だって平凡、スポーツができるわけでも勉強ができるわけでもない本当は諦めるべきなんだろうけど諦めきれなかった。
だから我ながら情けないとは思うけど僕は手帳を“忘れた”んじゃない“置いて”きたんだ。
更に言えば置いてきた手帳は会社に入ってから使うと思って買った無駄に高級な本革の手帳。書くことが全くなかったんでさも大企業と関わりがある体を装って半年分の予定を書き込んでおいた。
「もうそろそろいいかな?」
僕は携帯電話の待受画面の時計を見ながら考える。手帳を置いてきてから店の斜向かいの路地に待機すること数時間、木崎さんから電話があって数分、そろそろいいだろうか?早過ぎやしないだろうか?ああ、平静を装うよりも焦っている感じの方が良いか?なら全速力で走っていった方がいいのか?
「ああ、もうわかんねぇ!」
色々考えすぎて混乱しかけた頭を振って大きく息を吐くと僕は決意を固める。
「とりあえず、今日はきっかけを作るだけでいいんだ。落ち着いてちょっと息切らせた感じでいこう」
まとまっているようでまとまっていない考えのまま僕は走り出す。信号二つを全速力で駆け抜け喫茶店『リチェルカーレ』の前に着いたときにはフルマラソンを走りきったくらい息が切れていた。フルマラソンなんてやったことないけど。
間抜けで下手くそな演技をしながら扉を開けるとカランと小さくカウベルが鳴る。
「ゼェ、ハァ、す、すいませぇん」
「はい、いらっしゃいませ」
今思えば彼女はいつだって笑顔だった、どんな時でもどんな状況でも。
出迎えてくれた友理那さんはもう店を出るのかいつものエプロン姿ではなく灰色のダウンジャケットにワークハットという出で立ち、格好自体は地味ではあるが普段見ない友梨那さんの姿に思わず僕は少し心ときめいた。
「あ、いや、あのそのええっとこういうときはなんだったかそうだあの夜分遅くにスイマセン!先程電話した、あのその
ええっと手帳、そう手帳を忘れた・・・・」
「矢神久胡さん、でしたっけ?」
「そ、そう!それです!」
友梨那さんを目の前にしてなにがしどろもどろになりながら言葉を選ぶ僕に彼女はゆっくりと歩み寄るとそっと手帳を差し出す。
「あ、ああ!これです、これがないと明日大きな商談がいくつも入ってて分刻みのスケジュールなんですよ」
「まぁそれはお忙しいんですね。言っていただけたら私がお届けしましたのに」
と、届けてくれる?ってことは友梨那さんが僕の家に来るってことか?友梨那さんが僕の家に・・・・いかん、想像しただけで卒倒してしまいそうだ。
「い、い、い、いえ!!!そんなそこまで迷惑はかけられません!」
もう既にわざと手帳を落としたりして迷惑かけている奴が何を言う
「も、も、も、もうこんな時間だ。明日の商談の準備をしないと!えっとあの今日はありがとうございました」
挙動不審に腕時計のついていない袖を見ながら僕は頭を下げと踵を返し足早に去ろうとする。
ちょっと話しただけだって言うのに心臓の鼓動が激しい、友梨那さんの顔をまともにみることもできやしない。
もういいだろ、ちょっとだけどきっかけはできたんだし今日の僕は我ながらよくやったよ。そう考えてた矢先背後から友梨那さんの声がかかった
「あの矢神さん?」
「は、はい!」
振り返ると友梨那さんの顔がすぐ目の前にあった。もうそれはあと半歩でも前に出れば顔に触れるくらいの近さ
「ネクタイが歪んでます、ちょっと動かないでくださいね」
そう言うと慣れた手つきで友梨那さんはネクタイを直す
「はい、これで大丈夫ですよ」
「あ、あ、あ、ありがちょうごじゃいます」
あまりに緊張しすぎて口の中が乾き頬の筋肉が硬直、まともに言葉も喋れていなかった。そしてなにを思ったのか次の瞬間僕は
「あ、あの!またお店寄ってもいいですか?」
と、なんとも間抜けな事を口走っていた。許可制の喫茶店なんてないだろ、なにをやっているんだバカなのか僕は
これじゃ変な男だ、馬鹿にされる・・・・口走ってすぐに後悔の念に押し潰されそうになった、けど友梨那さんは違った
「はい、それじゃお仕事のお暇な時に来てくださいね」
そのとき屈託のない笑顔で答える友梨那さんの姿、それがずっと僕の瞳には焼き付いてしまった。


喫茶店「リチェルカーレ」に通いつめるようになって二週間
街が黄色い銀杏の葉で埋め尽くされるそんな時期
緊張は未だにするけどそれでも少しはまともに友梨那さんと話すことができるようになっていた。
ただそんな嬉しいこととは別に苦しいことも増えた。
僕は段々と嘘に嘘を重ねるばかりになっていたんだ。
僕の話は多分きっと普通の女の子なら「つまらない」の一言で一蹴されるような話ばっかりだろう、今度大手のメーカーとの飲み会があってその幹事をやることになったとか(これは嘘)
アイドルの誰々にキャンペーンをやってもらうことになったとか(これも嘘)大学時代の武勇伝とか(これはネットで拾ってきた話)、何一つ僕の話をしていない。けれども友梨那さんはいつも笑顔だった、僕はいつも友梨那さんと話がしたくて閉店間際に来て面白くもない話ばっかりしているのにだ。
そりゃそれが仕事だと言えばそれまでかもしれない、けれども僕はそこに彼女の本質というか心の清らかさのようなものを感じていた
だからこそ、嘘をつき続けている自分が酷くみっともなく思えたのだ
「コーヒー、もう一杯入れましょうか?」
「あ、ああはいお願いします」
カウンター席に座った僕と向かいに立つ友梨那さん。同じ人間なのになんでこうも差ができてしまうのだろうか
けど、だからこそ僕は友梨那さんに惹かれているのかもしれない。
「お待たせしました、ブラックコーヒーです」
「ありがとうござい・・・あれ?」
差し出されたものを見て一瞬僕は自分の目を疑った。
「あれ、なんでこれがここに」
ブラックコーヒーの横には実に見覚えのあるモノが置かれていた。僕の持ち物だけど僕がここで出すわけがないものだ
だってこれを見たら僕の嘘があっさりバレるじゃないか。
「これ僕の名刺、ですよね。あれいやなんでこんなところに?」
僕は恐る恐る尋ねてみる。いや聞きたくはなかったんだけど
「それはですね、意外と簡単なことなんですけど」
友莉奈さんは表情を曇らせたが少しづつ言葉を選ぶように続ける。
「この名刺二週間前に矢神さんがお忘れになったときに手帳に挟んでありましたよ」
しばしの沈黙、ああやっぱりそうなのか
「なるほど、いや本当なるほどですね。ということは」
「ええ、実は最初から全部知ってました」
友梨那さんのその言葉で僕は全てが終わったのを理解した。じゃあ僕が今までいい格好しいで嘘をついていたこと
これが全部バレてしまっていた、それはもう嫌悪されて当然なことを僕はしていたわけだ。
「ごめんなさい。本当はもっと早くに渡すべきだった、言うべきだったんだと思うんですけど」
「はは、いいですよ。友梨那さんが謝ることなんてないです、笑ってください、馬鹿にしてくださいよ」
「いえあの、でもこの名刺を出したのはそんなつもりじゃないんです!!」
嘘がバレてやけになっていた僕に慌てた様子で友梨那さんは言葉を挟む。
「矢神さんがあまりに楽しそうにお話になるので最初はこのまま黙っていようとも思ったんですけど、それだと私本当の矢神さんを知れないまま終わっちゃいそうで」
本当の僕、ああ確かに僕はずっとそれを知ってほしかった。
でもそれを友梨那さんに知られたら嫌われる、だから言えなかった。
「本当の僕なんて知っても良いことなんてないですよ。その名刺を見たなら知ってるでしょう?僕が普段どういう仕事をしているか」
僕の会社はニュースや新聞、ネットなんかでも度々悪徳会社として名前が出るような会社だ、それを友梨那さんが知らないわけがない。
「知ってます。けどそれが矢神さんの全てでは無いですよね」
「え?」
「矢神さんがどういう経緯でそのお仕事についているか私は知りません、けどこうやって話してみて矢神さんがそんなことをするような人じゃない気がしてだから少し気になってしまったんです、本当の矢神さんのことを知りたくて。だから気分を悪くしたらごめんなさい」
静かに頭を下げる友梨那さんに思わず僕は立ち上がる。本当は僕が悪いのに、僕が嘘をついて騙してたのになんで友莉那さんが謝っているんだ。
「あ、頭を上げてください友梨那さん!悪いのは僕なんです、僕が友梨那さんによく見られたくてこんなバカなことしただけで友梨那さんが謝る必要なんてないんです!」
「私によく見られたくて?」
「あっ・・・・。」
顔を上げた友梨那さんと思わず目が合う。そしてすぐに自分が言ったことがどんなに恥ずかしいことなのか理解した。
「ふふっ、そっかそうなんですね」
「あ、いやその・・・・」
今更取り繕ったってどうしようもない、微笑を浮かべるこちらを見つめる友梨那さんから僕はおもわず顔をそむけた。
「まさか今のも嘘ってことはないですよね?」
「それはまぁ、嘘じゃないです」
「そうですか、それはよかった。それじゃこれからもお店に来てくれますよね?
「え、ええそれはまぁ」
煮えきらない僕の言葉に友梨那さんはカウンターを指先で軽く叩きながら少し窘めるように呟く
「矢神さん、ちゃんと目を見ていってください。」
「は、はい」
言われるがまま友梨那さんの目を見つめる、真っ直ぐ心の内まで透けて見られているんじゃないかというその視線に
まるで初めて会ったときのように胸の鼓動が大きくなる
きっと今までは嘘の自分ばかり見せてきていたからだ
よく見られたいなんて、ちょっと自分の本当の気持ちを晒しただけでどっと身体中に血が流れ熱くなるのを感じる
「一度嘘をついたらそれを補うために余計な嘘をまたつかなければいけません。私達の間で嘘はやめませんか?」
その言葉と共に子供騙しのように友利那さんは右手の小指を立ててこちらに見せる。いわゆる『指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます』、今になって思えばこれも小さな極小さなではあるがちょっとした契約だ
「そうですね、僕もそう思います」
いい歳してなにをやっているんだろう?僕はそう思いながらも友利那さんと小指を結び、小さな契約を結んだ
それからだったのかもしれない。僕と友梨那さんが本当の意味で話をするようになったのは


骨ってのは一度折れ、治った時には以前よりも強くなる・・・・らしい。骨を折ったことがないんで正直わからないが
ともあれ僕は嘘が友利那さんにバレてからようやくまともに話せるようになった。
飾る必要はなかった、僕が思っていた以上に友利那さんは心が広いというか寛容だったというか。
いや同じ意味かとにかくあの一件以降僕は変われた気がする。
けど変わったのは僕だけじゃなかった。
友利那さんも今までずっと僕の話を聞いているだけだったのが最近はどんどん僕に話しかけてくるようになったんだ。
自分で言うのもなんだけどこんなにも友利那さんが僕に興味も持ってくれているなんて思わなかった。
「はぁはぁ・・・・」
営業周りも適当に僕は今日も喫茶店『リチェルカーレ』に向かっていた。あの日から二ヶ月が過ぎた11月23日、今日は友梨那さんの誕生日だ。
僕はプレゼントの入った紙袋を小脇に抱え走る。前々からプレゼントしようと思っていた真っ赤なストールがその紙袋の中には入っている。
「ぜぇはぁ」
息を切らし点滅する信号を走り抜けると見慣れた赤茶色の建物が飛び込んでくる。
「言うなら今日しかない、今日こそ言うんだ」
僕は決意を固め喫茶店『リチェルカーレ』の扉を開ける。何を言う?そんなこと決まっている、友梨那さんに告白するんだ、なんだかんだで有耶無耶にしてきたがやっぱり関係を先に進ませたい。そりゃ僕はなにも取り柄もないけどそれでも
友梨那さんは受け入れてくれる、そんな気がその時はしたんだ。
「こんばんわ、友梨那さん」
店に入ってすぐに僕はなにか違和感を覚えた。店の中が薄暗い、別に休業日でもないはずだし閉店時間でもないはず
「いらっしゃい矢神君。ごめんなさい、ちょっとでてくるのが遅くなって」
「あのどうかしたんですか?」
奥の部屋からでてきた友梨那さんも少し様子がおかしいように見えた、頬が少し痩け目が真っ赤に充血している
「うんん、なんでもないの今日は特別な日だからちょっと早めにお店を閉めただけなの」
「そうなんですか。あ、それじゃ僕来たらまずかったですか?」
「大丈夫、大丈夫矢神君が来るのはわかってたから。とりあえずいつものコーヒーでいいかな?」
「お願いします」
言葉を交わしながらカウンター席に座る。でも僕は気がついていた、いつも目を見て話す友梨那さんが先程から一度もぼくと目を合わせていない。
「はい、おまたせしましたコーヒーになります」
「どうも、いただきます」
コーヒカップを口元に近づけながら考える。間違いなく友梨那さんになにかあったのは間違いない、けど僕が聞いてもいい話なんだろうか?
「そういえばその大きな紙包みどうしたんですか?」
「あ、これですか。これはですねえっと」
僕が決意を固める前に友梨那さんから声がかかる。そのときはすでにいつもの明るい友梨那さんに戻っていた。
「あのこれお誕生日おめでとうございます。あのちょっと包装とかないですけど」
僕は友梨那の目の前に赤いストールを差し出す
「え、これって・・・・いいの矢神君?高かったでしょ」
「大丈夫ですよ。ちょっと前に友梨那さんが欲しいって言ってましたよねこれ」
「うん、そうなんだ・・・・ありがとう矢神君」
友梨那さんはストールを受けとるとぎゅっと抱き締める。僕はその姿にまるで自分が抱き締められているような錯覚を覚え一瞬ドキッとした。
「これ買うために仕事頑張ったんですよ」
「あれ?ということは成約は取れたんですか?」
「あはは、えっとそれは全く取れてないですね。」
「そうなんですか、これ買うために矢神君がお年寄りに一生懸命人形を売り付けたのかと思っちゃいましたよ」
そう言って微笑む友梨那さんにつられるように僕も微笑み返す。さっきまでの暗い雰囲気はなんだったんだろうってくらい楽しい時間だ、それに僕と友梨那の間では嘘はつかないって約束しているんだから先程の様子気にならないかと言えば嘘になるけど僕がそんなに心配するようなことじゃないのだとなんとなくだけど思う。
「そういえば友梨那さん、あのちょっと」
「ん?どうしたの矢神君?」
ちょっと勇み足だったかもしれない、けど今言わなければきっと後悔すると思ったら思わず言葉が口から出てしまっていた。いやけど僕は友梨那さんならきっとそう酷い結末にはならないとは思っていたのは事実だ。告白して受けてもらっても、断られても関係がそう悪くなることはないと思う言うなればノーリスク、ハイリターン・・・・自分でも思うけど打算が酷い。
「僕は、友梨那さんのことが好きなんです!!!」
ずっとこの時を願い待ち望んでいたその言葉は思ったよりあっさりと口から出た、でもなんだろう僕の気持ちとは裏腹に
自分でも物凄く薄っぺらい言葉だった気がする、もっとなんだろう告白するってことは重くて大事で心踊るものだと思っていた。少なくとも告白するその直前まではそうだったんだけどな
「そうなんだ、ありがとう矢神君。でもね、付き合うというのは矢神くんのためにもやめたほうがいいと思う」
ゆっくりとけれどもはっきりした口調で友梨那さんは答えた。
「やめた方がいい?それってどういう・・・・」
どういう意味?と言いかけて僕は思わず言葉を失った。友梨那さんの頬を一筋の涙がスッと流れたのに気がついたからだ。
「友梨那さん?」
「ごめんなさい矢神君。気持ちは嬉しいの、私も矢神君のこと好きだしお付き合いできるのならしたいのよ。でもねもう無理、無理なのよ」
涙を流す友梨那さんを前に僕はどうしたらいいのかわからなくなった。
「泣かないでください友梨那さん、べつになんとなく言ってみただけですよ。それに嫌われてる訳じゃないから大丈夫です。」
「理由、聞かないんですか?」
「理由とかそりゃ気になりますけどならないといえば嘘になりますけど、好きな人に泣かれるくらいなら知らなくていいです。」
それは心からの言葉だった。僕は自分の気持ちを伝えることができただけで充分、嫌われたわけでもないしこれからもっと仲良くなれる時間が一杯あるんだから
「やだなぁ、こんな姿見せちゃって。私がこの店をやりだしたのは皆に笑顔になってもらうためだってのに」
「笑顔になってもらうため?」
「そう」
友梨那さんは涙をハンカチでぬぐうと少し照れた様子で店内をゆっくりと見渡していく。
「この店に来てくれた人皆に笑顔になってもらうのが私の夢なの。そのためにはまず私自身が笑顔じゃないといけないのに、つい矢神君と話していると本音というか私の弱い部分がでちゃうの」
そう言って無理に笑顔を作ろうとする友梨那さんを見ると心が苦しくなる。
「あ、あの悩みとかあったらなんでも言ってください。なんか多分全然僕なんかじゃ役に立たないだろうけど」
きっと僕には話を聞くことぐらいしかできないだろう、けどそれでほんの少しでも友梨那の負担が軽くなればそれだけで嬉しい
「ありがとう矢神君、私あなたに逢えて本当に良かったって思うわ」
先程の無理をした笑顔ではなく心からの笑顔を見せてくれた友梨那さんの姿を僕は生涯忘れることはないだろう
この日は僕にとって忘れられない一日になった。

 

 

それからしばらくして友梨那さんは亡くなった。
僕と付き合えないというのは自分が長く生きられないということを悟っていたからだということに気がついたのは彼女がなくなる数日前のことだった。
彼女がなくなった後、彼女の親戚の人から色々と教えてもらったが僕が知っている彼女はほんの僅かしかない。
彼女がどんな人生を歩んできたか、何が好きで何が嫌いで・・・・そんな些細なことも僕は知らずに彼女のことを好きになっていた。一目惚れといえばそれまでだけど今思えば不思議なことだ。
そもそもあのお店「リチェルカーレ」は彼女が余命半年と聞かされてから最期にやりたいからと無理を言ってやりだした店だったのだ。
僕はなにもできなかった、いやもしあの時付き合えない理由を聞いた所でなにかできただろうか?
世の中ドラマや小説みたいに上手くはいきやしない。奇跡だの愛の力などで彼女が、彼女が───友梨那さんが助かるなんて都合の良い展開はなかった。
僕にできる唯一のことは彼女の想いを引き継ぐことだけ
「友梨那さん・・・・。」
僕はじっと目の前の建物を見つめそれからゆっくりと目を閉じる。今でも脳裏にやきついている、彼女の友梨那さんの
優しく微笑む姿、僕が心踊らされ惹きつけられたその笑顔
真似なんかできるわけがない、けど僕もそう生きれたらきっとどれだけいいことだろうか
「さぁ、店を開けるか」
僕は決意する、喫茶店「リチェルカーレ」そこは小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店だった。



                                                         END
プロフィール
HN:
氷桜夕雅
性別:
非公開
職業:
昔は探偵やってました
趣味:
メイド考察
自己紹介:
ひおうゆうが と読むらしい

本名が妙に字画が悪いので字画の良い名前にしようとおもった結果がこのちょっと痛い名前だよ!!

名古屋市在住、どこにでもいるメイドスキー♪
ツクール更新メモ♪
http://xfs.jp/AStCz バージョン0.06
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